いなくなった窓
出窓に両手で頬杖を附いたフランは下らなそうな顔付きで下を眺めている。
庭には落葉してゆく一本の鈴懸の木があって、周囲の地面に散った飴色の枯れ葉を踏むと耳に障る音を立てた。
「ベルセンパーイ」
秋の色に染まった歪な地面の円の中には、ベルと白い毛皮の塊がいた。
「あ゛?」
ナイフを投げて一枚ずつ木の葉を落としていたベルは顔を上向けて後輩を睨み付ける。
舞って来た枯れ葉をミンクに燃やさせようとしていたが、珍しくうまくいかずフランに八つ当たりの苛立ちを見せた。
「顔にさっきのお昼のごはんつぶついてますー」
その下らない修行に先程まで付き合わされていたフランは、昼食後に漸く解放された所だった。
「ついてねーし。見えねーだろ、そっからじゃ」
「ついてますよ。さっき付いてましたもん」
「んじゃとって。つかさっき教えろよ」
「いつ気付くかなと思ったんですよね。こっち来てくれたらとります」
「なんでオレがお前んとこ行かなきゃなんねーんだよ。おめーが来い」
「それって人にモノを頼む態度なんですかねー?」
「…………そのうち落ちんじゃね?」
「取ってあげますんでー。みっともないでしょ?」
「…………めんどくせぇけど行ってやるよ。みっともねえし。そこどけ」
「はい」
笑わない笑みを向けて出窓から離れたフランへベルは口元だけで笑う。
階段も使わず外壁の何箇所かへ次々に飛び乗って足場にすると、フランが覗いていた窓へと上がった。
「取れ」
「こんなのくっ付けてるって大人としてどうかと思うんですー。あとですねー」
右の人差し指でベルの頬へと触れて米粒を取ると指先を鳴らして窓の外へと払う。
「………なんかした?」
「ミンクにはエサをやりながら教えた方がいいと思うんですよー。やる気出ると思うので」
何かを探るのにごそごそとポケットへと手を忍ばせた。
「へー」
「センパイって生き物飼育したことないんですかー?」
「あっとおもーの?」
「ないでしょうねー。生き物って現金なんですよー。大体ごはん上げたら従うし、あげなきゃ従わないので。エサあげたら余分に従うんじゃないですかね?」
「へー」
「これあげますんでー」
一応納得したベルはフランが推察したミンクの好きそうなものを持って、そのまま飛び降りるとまた庭へと着地した。
茶けた秋はまたかさりと踏まれてベルの足の裏で粉々に砕けた。
降り立った時にふと誰かに呼ばれた気がして建物の上方を振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。
開け放たれた窓へと入ってゆく静かな風の流れは見えず、気配すら漂わなかった。
はためくカーテンを不審に思ってベルは揺らぐ布を眺めていた。
階下へと降りる途中で急激に掏り替わってしまった未来のせいで、その部屋が先程まで誰のものであったのかを思い出すことが出来ずにいた。
手にして来ていた菓子が何のためだったのかも思い出せなかった。
匣から出したミンクが不可解に物を言いたげに首を傾げたので、とりあえず菓子を少し分けて口元へと手で運んでやった。
だがミンクは匂いを嗅いだだけで菓子には口を付けなかった。
「んなの、食わねんじゃね?」
誰にともなく呟いて残りの菓子を少しだけ自分の口へと入れた。
取り立ててうまくもまずくもなかったが、昔に食べたような気がしただけの味がして食べた覚えがないのを不思議に思った。
「に、匣兵器のエサって炎だし。………わっかんね」
自分で出した筈らしい結論の前の顛末に納得がいかずにいた。
食べ終えた袋をどうしても捨てることができず、ベルは隊服のポケットへとしまう。
(おわる)
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