繋ぎ目のほつれ
乱暴に幾度も幾度も叩かれた部屋のドアに、フランはさほど表情を変えずに顔を顰めた。
その後も見ていたテレビへと顔を向けて、音には何も気を取られていない素振りをする。
「これやるよ」
居留守を使おうかと思った矢先に扉は遠慮のなく開かれ、無遠慮に入って来たベルは自分の用件だけを簡潔に述べた。
「…………。なんですかー?」
寝そべっていたテレビの前からやる気なく体を起こして、仕方なしにドアの方へと近寄ってゆく。
「あけてみ」
ベルが差し出していた長方形の箱には赤いリボンがかけられている。
「どーせビックリばことかでしょー?」
フランは不意の贈り物へと不審な眼差しを向けて、受け取った荷物へと耳を当てて軽く振っただけで、一向にリボンを解こうとはしない。
「いいからあけんの」
それでも強引にベルはフランの手を取るとリボンに指をかけさせた。
「いんないです。タダより高いモノはないっていいますしー」
疑って耳を当てたままフランは箱の反対側の床へと目を反らしてゆく。
「いんの。さっさとあけろって」
取った手は握り締めたまま、何時になく狂気を孕んだ見えない瞳でフランを睨み付けている。
「……………? 服、ですかー?」
視線に気づいていたのかいなかったのかは定かではない。
だが押し付けられて渋々と紐を解いてがさがさ包装紙を開いて箱の蓋を開くと、意外にも箱の中からは何の変哲もない衣類が整然と折り畳まれた状態で出て来た。
「かっけえだろ?」
「………センパイが今着てんのと形いっしょですねー? 色違うだけで」
いい加減な動作で広げた服は、上下が繋がった身の丈ほどもあるオーバーオールだった。
床へと拡がったっ黒い服の裾は良いとも悪いとも判断が付かずに、フランは考えあぐねていた。
「そ」
「なんでおんなじなんですかー?」
軽く顰めた眉をより一層に顰めて丸いような三角なような目でベルを眺めている。
「お前カワイクねーじゃん?」
「そんなことないですけどー?」
酷く主観的な意見をさも周知の事実のように述べるベルに呆れて、上瞼だけをまっすぐにして瞳を下半分だけ丸くしている
「あんの」
「…………そうだったらなんなんですかー?」
根負けというよりも、ほとほとに厭きれてベルが口の端へと不機嫌に寄せた笑窪に同じる。
「オレとおんなし服着たらちっとはかわいくなんじゃね?」
至極当たり前のように、続けてベルは後輩の可愛げのなさを改善する主張を出した。
「センパイにかわいがられてもしかたないっていうかー」
「かわいがられろっての」
「イミ分かんないしー、シュミ悪いセンパイといっしょの服なんか着たくないので。これ返しますー」
差し出された服を押し戻してフランは拒否に拒否を重ねている。
「着んの。着ねえならサボテン」
それをまたベルはフランへと押し付け、威嚇のためにナイフも一緒に取り出した。
「考えさせてくださいー」
「なんで考えんだよ。今すぐ着ろ」
「んじゃまあ着るだけ着ますんでちょっとそっち出ててください」
「カエル脱ぐなよ」
「着替えらんないじゃないですかー」
「下だけ脱いで着りゃいいじゃん?」
「うわっセクハラやめてくださ〜い」
「バカ、セクハラじゃねえし。着方教えてやってんだろが」
「教えらんなくてもそんぐらい知ってますよ。いー、もーいいですー。これいりませんー」
「それお前のだから」
「違いますー。どうぞセンパイが着てください」
「オレこんな脚短くねえし」
「ミーも短くないんで着れないですー」
「みじけえだろ! どうみても、ちょーどいい長さだろが、ほらっ」
股下からをフランの脚へと当てて長さを比較した。
「いえー、ちょっと足んないので〜。うわ〜っ」
脚を攣りそうな程に伸ばして無理に長さを長く見せようとしていた。しかし伸ばし過ぎた瞬間にバランスを崩して床へと滑って、服を巻き込んで頭から転がった。
「バーカ」
「いった〜。あっ」
痛い筈のないカエルを撫で擦りながらフランが立ち上がろうとした時に、見頃の繋ぎ目が引っ掛かってびりっと裂けた。
「ああ゛っ? なにやってんだよ、バカガエル」
「バカとかカエルとかはジンケン侵害なんで〜」
「カエルに人間の権利とかねえし! お前が破いたんだからちゃんと着ろよ」
「え〜、ミーが破ったんじゃないですー。不可抗力ですよー」
「………………なあ、そんな着たくねえの?」
「着ようとしたらセンパイがジャマしたんじゃないですかー?」
「なら着んだな?」
「…………じゃあもう外に出ててください」
「? なんで? 着替えりゃいいだろ」
「センパイが見てる前でそれはちょっとー」
「………んじゃ着たら出てこいよ。捨てたりしたら燃やすかんな?」
「わかりましたー」
フランの頭のカエルの上へと服を乗せて、靴音もさせずにベルは部屋を出て行った。
扉が閉まるのを待ってからフランはふと窓へと目をやる。
窓の外では緑の葉が枯渇してゆく所だった。
高い空の青い眩しさを眺めていたら不意に外へと出かけたくなり、ベルが待っているのを忘れて窓を開けた。
そうして暫く気を抜いていた時に部屋の外から声をかけられ、用があったのを思い出して履いていた服を脱いだ。
「どー、ですかー?」
数分後に試着室から出るように自室を出たフランは、ドアの脇の壁に凭れてやはり暇そうに窓の中にある蒼穹を眺めていたベルの様子を伺った。
「……………。やっぱなに着てもカエルはカエルだな? たいして変わんねえし、着してみただけがっかり」
廊下の絨毯へと胡坐をかいたまま顔を上向けて、ベルはフランの頭から足元までを見回した。
「……………。着ただけ損だったなーとミーもいま心の底から思ってます。気が済みましたー? ていうかカエルがかわいくないなら、カエル脱がさせてくださいよー」
合っているのかは判別出来ない視線を足元のベルへ合わせて、結局はまた悪態を吐く破目に陥った。
「ダメだし。………せっかくだからそこらに出かけんぞ」
「このダサいカッコでですかー?」
「どっこもダサくねえから。お前がさっき着てた服のがダセえし。いかねーのかよ?」
「ダサくないのでー。まあいいですよー」
ほつれた糸の繋ぎ目も気にせずにお揃いの服で彼等は屋外へと出てゆく。
秋のいつも入れ換えられているような清々しい空気を吸い込むと、植樹された金木犀の香りが俄かに漂っていた。
(おわる)
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