日の中さなか


 木の軋む音がして観音開きの扉が開いた。
 薄暗い室内へと響き渡る足音へと耳を澄ませながら、ベルは暑気の煩わしさを本当に鬱陶しく思う。
「………………オカマ」
 呼びかけではなくそれは唯の独り言だった。
 歩き方の癖と靴の形で変わる音を分析して単に答えを当てただけだ。
「あんら、どうしちゃったのベルちゃん。そんなところで」
 呟きで小さな教会の中にいた珍しい先客へと気が付いて、ルッスーリアは立ち止まる。
「あいつさー」
 寝転んでいた椅子から腰を起こして片膝を立てて座り直す。
「あいつ? 誰のことん?」
「あいつったらあいつに決まってんじゃん」
 容易い判断が出来なかったルッスーリアを決め付けた口ぶりで蔑んでいる。
「…………フランちゃん?」
 口に出してはならない呪われた名前のように、珍しく重たい口調でその名を呼んだ。
「ん」
「そう」
「なあ。お前なんかきいてる?」
「きいてるってなにかしら。私は全然知らないわ〜」
「…………あいつがどこにいんのかとかさ」
「やだもう、ベルちゃんったら! 私が知るわけないじゃない!」
「だよなー」
 はぐらかされているのかは意に介さずに、消息を知ることのない事実に安堵した。
「そうよ」
「ほんとはさ、ここもどってきたくねえのかな?」
「そっ、そんなことないと思うわ〜」
「んじゃなんで、帰ってこねえの?」
「それは…………きっと忙しいんじゃないかしら?」
 迷った挙げ句にルッスーリアは優しさを持った簡素な慰めしか出すことができなかった。
「いそがしい?」
「……ほら師匠のこととか色々あるのよ、元気にしてるわよ、きっと」
「そ?」
「そうよ」
 途切れた話に興味など持ってはいなかった風に、ベルは座っていた椅子から立ち上がる。
「ルッス」
「なにかしら?」
 どこからか取り出されたのはくしゃくしゃに丸められていた紙切れだった。
「これぶらさげといて」
「ごみじゃないの?」
 渡されたゴミのようなものを広げると、それは細長い願いごとの書かれた大事な紙へと戻る。
「みんなにナイショね」
 安らかで健やかな場にそぐわない物騒な文字へと、ルッスーリアはサングラスの奥の眼差しを向けた。
 “どんくせーバカコーハイ、さっさと帰んねーとマジで殺る”
 目で追った文字で口元へと笑みを浮かべた。
「OKよんっ、かけておくわね〜」
「みんじゃねー」
「んもう、いいじゃない、ちょっとくらい」
「んじゃな」
 ベルが扉の方へと歩くのを見送りながら、ルッスーリアはそこへ来た用事を思い出す。
 半分に折り畳まれた紙はとりあえずポケットへとしまわれた。
 外に出た所でベルが見上げた快晴の空には、まだ星一つ雲一つなく青かっただけだ。
「こんな所でどうかしたのさ、ベル。ルッスーリアは中かい?」
 ルッスーリアの後を追って浮かんで来たマーモンは、ちょうど出くわしたベルを不審気にフードに隠した眼差しで眺め回した。
「昼寝してた。ルッスならまだいんぜ」
「ふむ……捜し物があるんなら、」
「ん?」
「いつでも言ってよ」
「へー、捜してくれんの?」
「勿論、僕は報酬次第じゃいつでも喜んで引き受けるさ」
「あんがと」
「ムギャっ! 暑苦しいから放せよ」
 不意に抱き付かれて頭を撫でられた真夏の不快さに悲鳴を上げる。
「しししっ♪ もしもん時は頼むけど、まだいーや」
「そう、残念だね」
 報酬を当てに出来ないのを不満そうに諦めきれないように諦めた。
「マーモン、遊び行かね?」
 腕をマーモンから離して背を伸ばし、休暇の暇さに欠伸をしているのにもベルは飽きた所だったのを思い出す。
「折角だけど僕はルッスーリアに用があるから行けないよ」
 今度は急に頭を離されて自由になると、またマーモンは辺りへ漂い始める。
 風船が浮き沈むように宙を浮遊すると、時折吹いている風で攫われそうになっては元の位置へと戻る。
「時間かかんの?」
 ベルは今度はそのマーモンの足を引っ張って飛ばされる前に確保した。
「そうかからないと思うけど」
「んじゃ、終わったらいこ」
「ああ、いいよ」
「ん」
 軽い短い間の挨拶のつもりでベルはおざなりに上げた手を振る。
 念力で扉を開くと小さな黒っぽい影は音もなく建物の中へと消えて行った。
 再び見上げたあまりにもきれいな空の色に、それでも叶わない願いを想ってベルは酷く愉快な口元で哂う。


(おわる)



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