7 終わる箱庭
ええっと、その時の話はもう少しで終わりですね。
自分で創った公園のベンチに腰を降ろして、ミーは目の前にある噴水の光がキラキラ流れるのを眺めてたんです。
「くものひとはー、何かを守りたいがために戦えますかー? ペットとかー家族とかー友人とかーその他仲間とかー」
彼はまたその日も一人でせわしなく動いてました。
あ、ベンチに座ってたミーはもちろん幻覚です。
本物のミーはその時幻術に隠れて、ミサイルとかバンバン撃ちまくってましたので。
ボタン押してただけじゃん? 大事な仕事ですよー。幻術もしました。
「何言ってるの、君? 僕に群れを作れって言ってるの?」
トンファーを幻術の方のミーの喉元に当てて、非常に不愉快そうな顔をしてましたね。
もっとも愉快な顔などは見たこともなかったんですがー。
「群れとかじゃなくー。その鳥を連れてるのってそういう感じなのかなと思ってー」
「鳥は関係ないよ。勝手に付いてくるから。強いて守るものを上げるとするなら僕の町の風紀だね」
「…ふーきー?」
ばたばたしながら黄色の鳥は、戦うのをやめたくものひとの頭の上に、いつもみたいに停まったんです。
幻術はかかってましたが、弾丸も手裏剣も全てもう撃ち落とされてました。
「ああ」
「もしー。もしもですけどー、その大事な町から人が一人もいなくなっちゃったらーどうします?」
「どうもしないさ。そんなこと町がある限りあり得ないって断言できるけど」
「まー、そうなんですけどー。誰もいなくても町を守るんですかー?」
「町があればね」
「そーですかー。そんな一人芝居でこっけいでおかしくてバカみたいですねー」
それもまたやはり理解できませんでしたよー、ミーは。
だから自分で創った青い空をちょっと眺めて考えこんだんです。
あ、こっちは幻術じゃない本物のミーです。
誰一人町から人がいなくなったら、町並みが乱れることもないですよね〜?
思ったんですが、口には出しませんでした。みすみす痛い目に遭うの嫌なので。
痛くもねえじゃんって? ほんとそう思うんですか? 痛いことは痛いんですよ〜。
スイッチを押すと、青い空から不意に槍が降って来ました。
ミーは卑怯じゃないので、ちゃんと見えるように創ってあげましたよ。
異変を察知した鳥は、また羽ばたいてすぐにどっかにいなくなってましたー。
単なる幻覚も有幻覚も全て打ち払われてすぐに消えてました。
数本だけ降らせた本物の槍も払われて、ミーが座ってたトコのすぐ傍の畳に減り込んでいったんですよ、あれ多分わざとです。
「こっちに集中してくれる? ただでさえ大したことないんだ、君の幻術は」
「はーい、わかりましたー」
一応答えたんですけどー、あんまり気乗りしなかったんですよー。
だから適当に大雪が降った平和な町を映したんです。そこにどこからかでっかい雪だるまが出て来たんですよ。
それとは明後日の方向に実際に飛んでたのは、追尾レーダー搭載した小型のミサイルだったんですけどねー。
気前よくあと二つミサイルのスイッチ押しと来ました。
楽な仕事でよかったですーって、その時はまだ心の底からそう思ってたんです。
そう思ってたら、幻覚に隠れてたはずのミーのトコに、一機目のミサイルが軌道逸らして来たんです。
いや〜、驚いちゃいましたよ。
「ワンパターンだね。君の隠れる場所って」
ミサイルは当たっても、ケガですむ程度の威力しかないって言われてはいたんですけどねー。
でもスピードも出てるし、当たったらものすごく痛いでしょうね〜。
どの程度のケガで済むのかも教えてもらってませんでしたし〜。
びっくりして解いた術の代わりに、今度は身を守るのに防御壁を創ったんです。
当たったミサイルの爆風で砂埃が舞ってましたー。
「ひどいじゃないですか〜?」
「戦場でミサイルがわざわざ君のことを避けてくれると思うの?」
今度はトンファーで次に向かった二機のミサイルを打ち払って爆破させると、幻覚の瓦礫の中からこっちに歩み寄って来ました。
「ミーは戦場なんかに行かないと思うのでー」
「そう? まあ行かない方がいいだろうね、すぐに死ぬよ」
「ちょっとひどいんじゃないですかー?」
でも死にたくないですし、やっぱり戦場には行かないでおこうと思ったんですよね。
センパイのせいでこんなとこに来る破目になっちゃいましたが。
恨むんなら師匠を恨め? もうとっくに恨んでます。
それでまたそれからどのくらい日々が経ったのか定かではないんですが、突然の別れでしたよ。
「もう家に帰っていいよ」
毎日の日課になってしまった幻術を創って、創り終えて部屋に戻ろうと思ったら呼び止められたんです。
「クビってことですかー? あのー、退職金とかもらえますー?」
「……そうだね。後で哲に訊いて」
「そうですかー。おきゅうりょーよかったんで、とっても残念ですけどー」
「ああ、元気でね」
「お世話になったっていうほどでもないけど、お世話になりましたー」
「持って行っていいよ、それ」
ミーが指から外した指輪を指してなんの思い入れもないように言ってましたよ。
いくつあろうと、どれほどのものであろうと、喪ったリングに敵いはしないんでしょうねー。まあ属性も違ってましたしねー。
センパイはどう思いました? あの指輪が廃棄されるって決まった時。
悲しかったですかー? べつに、ですか。そうですか。
「でもー」
「あげる。でもここから出たら必ずこの鎖に付けといて。鎖、外したり失くしたりしないでね、面倒だから。面倒になった時は自分でなんとかしなよ」
ついでに鎖も持っていた指輪の上に置かれたんです。
「ありがとうございますー。あのーくものひとー」
「なに?」
「死なないでくださーい」
「心配されなくたって僕は死ぬつもりはない」
「嫌だなー、心配じゃありませんよー。あと、怒らないで聞いてくれますかー?」
本当に心配とかじゃなかったんですよ。
どこかで遭ったら今度は化かしてやろうと思ったものでー。
やられっぱなしは癪に障るので。
「聞いてから考えるね」
「その髪型、ずっとこけしみたいで面白いなと思ってたんですー」
「君、失礼だよ」
「ほめてるんですがー?」
「……あの時さ」
「はいー?」
「なんで逃げなかったの?」
「逃げられなかっただけですがー」
「じゃあどうして嘘を吐いてるの?」
「嘘なんか吐いてませんがー?」
「僕は手加減したつもりはなかったよ。君が避けたつもりじゃなくても。それに…まあもうどうでもいいか」
最後の最後にミーは目だけ愛想笑いしたんですけど、最後の最後まで彼が仏頂面を崩すことはなかったんですよ。
あの日からどのくらいかは知らないんですけど、大分経ってた公園に、ミーは置き去りにされたんです。
どうせなら家まで送って下さいって言ったんですが、拒否されました。
ケチンボな人ですよねー。
あんまりにも久しぶりで、家までの帰り道忘れてるかと思って焦っちゃいましたよ。
思い出した方向で坂道下ると、見慣れた黄色のコンビニがあったのでちょっと立ち寄りました。
求人情報誌とかあるじゃないですかー? そういうの見てこうと思ったんですねー。
幻術って特殊技能とかに入るのか疑問でしたよ。検定とかは受けてなかったですし。
ろくどうむくろってどこかで聞いたことあるなーと思ってたんですけど。
そう言えばあの人の名前だったってのを思い出したんですよ。
だっていつも違う呼び方してるからわからなかったんです。薄暗くて顔もよく見えなかったので。
言ってくれればよかったのに、水臭いですよねー?
え? 水槽にいるだけに? そんな寒いこと考えてないです。
ミーはレヴィさんみたいなオヤジじゃないので。
いえ、本当に本気でフリとかじゃなくてですね、単に忘れてたんですよー、幻術使えるのも師匠の名前も。
あるじゃないですかー? そういう時って。
もしかしたら忘れさせられてただけかも知れませんが。
季節はもう少しで夏になる頃でしたー。
ミーはしばらくぶりに、公園のベンチに座って本を読んでたんです。
以前とは違って梅雨が明ける季節のせいか息苦しくて、殺伐とした青い空に清々しさは感じられなかったんです。
それでも見える空はただきれいな空だったんですよねー。
え? 指輪ですかー? さあどこいっちゃったんですかねー、そういやもう大分前から見てない気がします。
ほんとですが?
新しいリング買ってくれるんですか? なんでですかー?
ミーには至上最高に立派で優れている術士にしか使えないヘルリングがあるので、いんないです。
(おわる)
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