6 いくつかの消えてしまった物


 そうそうちょうど、こんな時間を創ってたんです。
 そしたら張り巡らせていた宵闇の中に穴が開いたんですね。
 気配はさせずに、いつも勝手に人が創り込んだ空間へと忍び込んで来たんですよねー。
「くものひとー、ボンゴレリングって知ってますー?」
 ミーは後ろを見ないで、夕方の空をぼーっと眺めてました。
 本当にいい空でしたよ。自分で言うのもなんですが。
「君、それ誰に聴いたの」
「ええとー、いやーさあー?」
「答えるなって忠告したよね?」
「名前、聞いてませんからー。あの人が誰なのか知りませんしー」
「……そう」
「ボンゴレリングってなんなんですかー?」
「さあね、僕は知らない」
 知らないという顔でもなく、よく知っているという顔でもなかったんですよ。
「そうですかー」
 いつもみたいにミーはいつかビデオで見てた人達の銃撃戦を思い浮かべたんです。
 幻覚の陰に隠れて、いくつかのボタンのスイッチを押しました。
 そうすると壁の縦横に無尽蔵に取り付けられた自動で弾丸を発射する台から、次々に銃弾が乱発されてゆくんです。
 規則性はなかったんですけど、まるっきり不規則でもないようだったんですよ。
 何万回も砲弾される内にようやく帳尻が合うんだと思います。
 数えたわけじゃないから、実際はわかんないですけど。
 それでもくものひとは軌道を全て覚えているように、軽々と弾丸をある時は弾いてある時はかわしてましたよ。
 負けじとそれに覆い被せて幻覚を作るのは楽しかったですねー。
 ……………? センパイなんか怒ってます?


 それで、それから何日か後にやって来たクロームさんは、いつもよりも思い詰めた表情をしてたんです。
 気付かないフリをした方がいいのか、気付いたフリをした方がいいのかわかんなかったんで、ミーは普通にいつも通りに会話を始めました。
「クロームさん、ボンゴレリングって知ってますー?」
 くものひとにしたのとそれはまったく同じ質問だったんですけど。
「……知ってる」
 少し考えてから頷いて、ミーの方じゃない中空を見てたんです。
 ちょうど猫が空の何もない部分を見るようにでした。
「それってどういうものなんですかー?」
「普通の指輪」
「見たことあるんですかー? あさりじゃないんですかー?」
「うん、指輪。持ってた。くものひとも」
「持って、それ見せてくださーい」
「ゴメン…捨てちゃった」
「……だいじなものじゃないんですかー? 捨てちゃっておこられないんですかー?」
「ボスの命令だったから」
「ボス?」
「ボンゴレの」
 よく解らなかったからきっと大あさりなんじゃないかなーとミーは思ったんですね。
「それでー」
「そう」
「なんでくものひとは知らないって言ったんですかねー?」
「…捨てるの、いや…だった? みたい」
「そうなんですかー」
 その時はイメージが湧かなかったから、ミーはアサリの殻で作った指輪を想像したんです。
 違うと言って、銀色の紋章が付いた指輪を出してミーの掌に載せたんですよ。
「七つあったけど、これが、霧のリング」
 借り受けた幻影の指輪を摘んで四方から眺め回してみました。何の変哲もない指輪なんですね、あれって。
「へえー、これがー。フツーの指輪ですね〜。じゃあくものひとは雲のを持ってたんですかー? クロームさんは霧の人なんですかー?」
「私は、代理。霧の人は骸様」
 彼女の言ってた“雲の人”の意味をやっと納得したんですよねー。
 因みにセンパイは嵐の人になり損ねた人です。
 ゲロッ! 殴んなくてもいいじゃないですかー。
 なり損ねたわけじゃない? 譲ってやった?
 じゃ嵐の人を譲ってやった人ですねー。
 ちえっ、ほんとのこといっただけなのにな〜。センパイの顔立て上げんのも楽じゃないですよね〜。
「ろくどうむくろさんですかー?」
 ミーがその名前を言ったらクロームさんはまたおかしな表情をしたんですよ。
 そりゃそうだろ? ……まあ今にして思えばそうなんですけどー。
「うん、そう。他に大空、晴、雨と嵐、それに雷があった」
 じゃあ雲じゃなくて曇りじゃないんだろうかと、今度はそんな些細な疑問が湧きましたよね。
「君達、いつまで群れてるつもり?いい加減にしないと」
 いつからいたのか、どこから話を聞いていたのかはわかんないんですけどー、戸口にはくものひとが立ってたんですねー。
 盗み聞きとか性格悪いですよねー。
「はーい、今すぐやりますのでー」
「…うん、やる」
 そうして始まった修行の時間は、どこか重苦しくて息苦しい耐えられないようなものでしたよ。
 彼女は本当にどこまでも思い詰めていたみたいなんです。


 そしてまたそれからしばらく後のことでした。
 いつものように群れを作るなとかなんだとか怒られながら、ミーたちは幻術を創っては消してたんです。
 ミーには彼女の実体の攻撃は見えず、さけたはずの槍がいくどか体中をかすめてたんですよ。
 痛かったけど、手加減されてたのはわかりました。
「変な人ですよねー。いつも群れ群れ言っててー。アイツきっと友達いないですよー」
 用が入ったから休憩してもいいと言って、くものひとは戸口から外へと出て行ったんです。
「?」
「でもー」
「うん?」
「あの人が群れてると弱くなるって言うの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけですがーわかる気がするんですー」
 なんかそう思っちゃったんですよ。
「……どうして?」
「人がいてもミーは護るだとか護りたいだとか、そういうのよくわかりませんのでー。足引っ張られるのかなーと」
「……そう」
「他人なんかいてもいなくてもイッショかなーと思うんですー」
「そんな、ことない」
「クロームさん?」
「私は骸様や犬や千種や、みんながいるから戦える…」
「だいじな友達なんですねー?」
 本当に大事そうにその人達の名前を言ったんですよ。
「………みんながいなきゃ私は強くなれない。みんなを守りたいから、強くなりたい。みんなといっしょにいたいから強くならなきゃ…。ムギのことだって…困ってるなら助けたい…。……ゴメン」
 彼女の気持ちは判ったんですが、でもミーにはやっぱりどこかで理解出来ない感覚でした。
「いーんです、いいんですー。ミーは特に困ってないです……でも、ありがとございますー」
 理解は出来なくともそういうのは居心地がよかったですねー。
 それから後にクロームさんはどこからもいなくなっちゃったんです。
 もうそこには来ませんでした。
 どれ程の間を彼女と過ごしたのかも判らなかったんですけど、死んだわけではなさそうだったんです。
 だから泣くでもなく喚くでもなく、大事な友人と別れた時のように、思い出しては時々淋しさを感じましたよ。
 もちろんセンパイともし離れることがあったとしても、そんな風にはいっさい思わないのでー。
 ナイフ刺さないでくださいよー。
 こんなならいなくなってくれた方がむしろ喜ばしいです。
 なら試しに一度死んでみてくれませんかー? え〜、嫌なんですか〜?
 お前が死ね? ミーも嫌です〜。
 …………嫌な気分になってきたので、今日はここらでやめますねー。
 べつに拭いてくんなくていいです。泣いてないので〜。

(つづく)



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