4 壁のスイッチ


 ああ、昨日の話の続きですかー。今日は寝ないでくださいよー?
 翌日になったのかどうかはよく解らないんですが、住み込むことになった部屋がノックされて、見知らぬ人が迎えに来ていたんです。
 その人もやはりリーゼント頭で何事かを説明してたんですけど、くものひとはどこかへでかけてるとかそんな風な大して興味の湧かない話だったんですよね。
 時計一つなく窓一つなく、何一つを知るすべはなかったです。かといって自分がここへ呼ばれた目的も知ったので、もうその時には特に不安もありませんでした。
「こんにちはー、今日もよろしくお願いしまーす」
「よろしく…」
「ところでクロームさーん、ろくどうむくろさんって、知ってますかー?」
「骸様? 知ってる……あなただって……」
 ミーを見つめて不思議そうな顔をしてたんです。
「さま?」
 でもそれより何より、ミーはそっちの大袈裟な呼び方の方が気になってしかたなかったんですよ。
「私、内臓がないんだけど」
「じんぞーかなんかですかー?」
 一つくらいならなくても平気かなー? と思えた内臓はその辺しか知らないので。
「さあ? そのない部分を作ってくれてたのが骸様」
「ないぞー、お医者さん? ですかー? どこ住んでるんですかー?」
「幻術……今は水槽の中にいる」
「命の恩人ーですか……。ああ、それでー」
 必要以上の敬語なのかとミーは思ったんですねー。
 水槽の中で人は何日間くらい暮らせるのかなとふと思ったんです。でも、あんまりそういう詮索も良くないと思ったので、それ以上は訊きませんでした。
 それからミー達はまた幻術を始めたんです。


 そこに連れ去られてからしばらくのある日に下った命令は、簡潔で判りやすかったんです。
「そこの壁にスイッチがあるから、幻術かけながら適当に押してくれる?」
 まあ楽勝だなーと思って幻術をかけて好きなスイッチ押したんです。
 作ってはどこからか攻撃しだから、その間も割と忙しいことは忙しかったですよね。
 そのスイッチはなんだったのかって?
 あれです、ミサイルとか槍とか手裏剣とかが飛び出すんですよ。
 面白かったですよ。
 それで桜の園を作った時には、桜の匂いに嫌な顔をされたんです。
 嫌な顔をされるのが面白かったんで、しばらく桜並木や、日本の学校に立ち寄った時に見た桜の木を作って遊んでました。
 でも校庭の隅の桜は何を思ってかくものひともよくよく眺めてたんですよー。
 それで気が向かなくなったので、もう桜を作るのは止めることにしました。


 自分しかその部屋にいない間に、ミーはときどき風景を作って遊んでたんですよ。
 でもその時のそれは無意識に作ってた風景だったんですよね。
 草原の中にある白い病院みたいな建物へ、白い光が反射してました。
 雑草は風に触れて心地よく揺れてて、一面の明るい黄緑に波が立つんです。
 ミーはどこからその風景を視てるのかは解らないんですが、大体はいつも同じ角度で偶にその内部へと入ることも出来たんです。
 だからと言って入った所で、中にはただ廊下があってその廊下には書類が散乱しているだけで、他の部屋へ行けた試しはないんですが。
「なんだい、これ」
「おひさしぶりですー。帰ってたんですねー」
 前に会ったのがいつのことだったのか思い出せなかったんですよー。
 三日前か四日前か、数時間前か、あるいはもう何年も見かけていなかったような気さえしたんです。
 時折戻ってはミーに幻術を使わせて、そしてまたどこかへ行ってしまう人でしたねー。
 もし自分がペットだったら、ほとんど餌をくれないからこの人を飼い主だとは認識しないだろうと考えました。あの小さい鳥はちゃんとえさもらってるんだなーと思ったんです。
 鳥は気紛れで偶にはちょっとなでさせてくれたんですけど、エサあげなかったらすぐに戻ってったんです。現金なヤツですよねー? べつに撫でたくもなかったですけどー。
「ああ。ここ、どこ?」
「さあー? どこか知りませんが、ずっとみえるんですー。この場所。原風景ってゆうんですかねー?」
「ふうん」
 ミーの話には興味も持たずに、くものひとも唯そこに突っ立ってその風景を眺めてたんです。
 そうしてそこから離れて建物のすぐ傍にある大木の木陰へ行くと、そこへ寝転がりました。
「くものひとさーん?」
「ねむい、おやすみ」
「そうですかー。おやすみなさーい」
 小一時間ほど経って、ぽつりぽつりと水滴が頬に当たり始めたんですよ。
「おっかしいなー」
 そこはミーが視ている限り、ずっと長い間晴れてたんです。
 晴れていた、これからも晴れ続けてくはずの空を、急に俄かの雨の雲が覆って来たんです。
「起きた方がいいんじゃないですかー? 濡れてますよー」
 ちょっと声かけるの遅かったから、小雨は急に小雨から雷雨に変わっちゃってました。
 ミーが起こすまでもなく起きて、それでもゆっくりと彼は木から離れて来たんです。濡れることなんかどうとも思っていない様子でしたよ、あの人。
「…もういいよ」
「そうですか〜」
 幻術を解いても道場の中は水浸しでした。
 ずぶ濡れで擦れ違ったくものひとは、拭いておいてねと言うだけ言って部屋を出てったんです。
 幻術で乾かそうと思ってものすごい太陽を出したんですよー。
 でもさっぱり乾く様子なくて、ミー泣きそうになりながら畳に雑巾をかけましたー。
 だいたい半泣きだったんじゃねって? そんなことないですがー。
 その風景創れ、ですか? それが、それからはいくらやってもその景色だけは創れなくなっちゃったんです。おかしなことに。
 あー、そろそろ任務の時間なので、続きはまた今度。

(つづく)



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