2 似せた猫


 どこまで話しましたっけ?
 捕まって庭園みたいなとこに連れてかれたとこでしたかー。
 その建物の中は木造のようで、漆喰の塗られた壁の所々にぼや〜っとした行燈みたいのが灯されてたんですねー。
「君は幻術を知ってるかい?」
「知りませーん」
「そう。無知だね」
 いきなりで失礼な人ですよねー?
 最近の若者は礼儀とか知らなくて参っちゃいますよねーまったく。
 なんで嘘吐いた? なんのことですか?
「平たくいうと、こういうものだよ」
 どこからか取り出した指輪をはめると、灯った炎が強く強く美しい紫と藍の入り混じった色で輝いたんです。
 そしたら周囲が一瞬の内に唯の広い何もない畳の間から、さっきの見慣れた公園へと変化していったんですよ。
「なん、なんですかー? これ、なにこれー」
 あんまりにもおどろいたんで、同じ言葉ばっかり繰り返しちゃいましたよ。
「これが幻術だよ」
 その人が指輪を外すと、また元通りの何もない道場のような場所へと戻りました。
「幻、術ー?」
「ああ。卑怯者が使う術さ」
 それから憎々しげに独り言のようなていで空を睨んで呟いてからミーの方を見たんです。
「それがここに来たのと何の関係がー?」
「紹介するよ。…入りなよ」
 だだっ広い部屋のさっき入って来た扉が開いて、背の高いリーゼントの男の人と、小さな女の人がそこにいました。
「…こんにちは」
 遠くから少女だけが近付きながら挨拶をしてきたんですね。
 男は彼女がこっちへ向かったのを見届けるとドアを閉めて外に出ました。
「こんにちはー。こちらの方は?」
「君には幻術を覚えて貰う」
「はあ、幻術ですかー。さっきのあれって機械かの映像かなんかじゃー?」
「違うよ。いいかい?」
「うん」
 その女が手で持っていた三叉の槍を地面へと突き立てると、先程の比ではない本物の町と本物の怪獣がそこにいたんですー。
 でっかくって圧巻でしたね。
「よけて」
 怪獣の尻尾がばたばたと地面に打ち付けられて、その人達の髪をさらさらと揺らしてました。
「よけれませーん」
 ミーの方にゆっくり歩いてきた怪獣が足を下ろした所で、とたんに幻は消えちゃったんですよ。
 ほっとしました。危機一髪でしたよ、あれは。
「避けないと死ぬよ。………こういうの出来るようにしてくれる?」
「できませ〜ん」
「やりなよ。君はここで働くんだから、僕の命令には従って貰う」
「はたらきませ〜ん」
「もう決めたから、働いてもらわないと困る」
「強情な人ですねー」
 決めるのはミーじゃなくてこの人なのかと思いました。
 めんどうなので、それ以上は拒否しませんでしたがー。
「後、頼んだよ」
「わかった…よろしく」
「はあ。よろしくー、お願いしまーす」
 大分警戒してたんでミーはそのまま丁寧に話を続けたんです。
「じゃあ」
「その前にー、あんたの名前はー?」
「クローム・髑髏」
「クローム・ドクロさん、珍しいお名前ですねー」
「うん」
「なんて呼んだらいいですかー?」
「なんでもいいよ」
「じゃあ、お名前はー?」
「…クローム・髑髏?」
 自分の名前のはずなのに、彼女はどうしてか疑問形でミーに答えて来たんです。
 聞かれても知んないですよね、そんなの。
「結果フルネームじゃないですかー…? じゃあクロームせんせー? で」
「クロームでいい。あなたは?」
「ミーのはー」
「うん?」
「覚えなくていいですー」
「変わった名前……」
 一瞬本気なのか考えこんじゃいましたよー。
 だっておぼえなくていいなんて名前の人がいるわけはないじゃないですかー?
 いたとしてどこまでが名字でどこからが名前なんですかー?
 でもクロームさんの方を見たら、本当に不思議そうな顔してミーのことじーっと見つめてるんですよ。
 この人本気だなーと思いました。やんなっちゃいますよねー。
「そんな名前のわけないじゃないですかー。名前じゃなくてー、え〜っと」
 だからちゃんと教えてあげたんですね。ミーは堕王子と違って親切なので。
「わかった。ムギって呼ぶ」
 何かに気付いた顔をして、やっとミーの言ってること理解してくれたみたいなんです。
「ムギー?」
「うん」
「なんのなまえー? ですかー?」
「猫…前に知り合いだった」
「……そうですかー」
「ダメかな?」
 それでムギって呼ばれるようになったんですよ。
「ちょうどいいですよー。あの〜あいつ幻術嫌いみたいなんですがー? なんでー?」
 だからってそれはどうかと思ったんですけど、呼べる名前がなくても不便なのでまあそのままにしました。
「クモノヒト? さあ?」
「そーですかー。くものひと? ……さんっていう名前なんですかー?」
 そんなに親しい間柄には見えなかったんですよ。
「本名は…。ゴメン、思い出せない」
 だからといってそこまでだとも思わなかったんですがー。
 はあ? エース君ですかー? 違いますねー、そんな名前でもなかったです。
 クロームさんはそんなに申し訳なさそうにする必要もないのに、そんな顔をしてちょっと俯いたんです。
「そういえば聞いてないなと思っただけですのでー、気にしないでください。そんなに知りたくもないですからー」
「じゃあ、始めるね」
 一匹の黒い猫が目の前に出て来たんです。
 ああいうのも燃えたりしない限りはいいんじゃないかと思うんですけどー。
 どっかの堕ペットと違って。あづっ! ……部屋の中で火使うのやめてくださ〜い。
 威嚇もしないでくださ〜い。
「うわあー」
 とりあえずちょっとぐらいは撫でてやってもいいかなと思ったんです。
「猫好き?」
「べつに悪くもないと思いますよー」
「そう。私も猫好き」
 ミーは別に好きだと言ってるわけじゃないんですが。
 でも少し笑ってくれたからまあいいかなーって感じでした。
「飼ってた猫ですかー?」
「…ううん」
 今度は少ししょげたんで、それちょっとかわいいなと思ったんです。
「どうやって出したんですかー?」
「こうやって」
「こうやってではー」
「…頭の中で、ここに本物の猫がいると思うの」
 ミーもがんばって、近所の塀の上にいた猫をちょっとだけ思い浮かべてみたんです。
「出てきませんねー、なんにもー」
 ちょっとがっかりしちゃったんで畳の床をぼんやり眺めちゃいましたよ。
 なんでできないフリ? いえ、フリとかじゃなかったんですがー。
「もっと。………ゴメンネ」
 クロームさんは謝ってミーの方へと槍先を向けて来ました。
 槍先からは藍色のミーが出してたよりもキラキラしたキレーな炎が出て来たんですよ。
 攻撃されると思った瞬間にミーの指もまた燃え始めました。
「うわあ〜っ」
 あんまりに俊敏な動きで向かって来られて焦っちゃいましたよ〜。
 避けらんないかと思いました。避けたんで結果オーライです。
 何回も何回も槍で突いて来られて当たるかと思って、あれは恐怖の瞬間でした。
 そうして攻撃されてる内に、必死になってて何時の間にか猫が出て来たんです。
 猫を庇おうとして、ミーの方から気を削がれて一瞬隙が出来たんです。
 もうそこからは死に物狂いでしたよ。
 正直なにをどうしたらああなったんだか今でも解りません。
 あ、めんどうだからその辺の説明ははしょりますんでー。
「そろそろお時間です」
 そこでまた最初に少し見かけたリーゼントの人が部屋を一度叩いて入って来たんですよ。
「じゃあ帰るね」
「クロームさん、これをどうぞ」
「ありがと……」
 遠慮はせずに、彼女は差し出された封筒を中身も見ずに受け取ったんです。
 金銭が入ってるっぽかったです。
「さようならー」
「さよなら。またね」
 部屋を出る前にミーの方を振り返って微かにだけ笑ってくれたました。でもミーは恐怖の記憶を思い出したので、笑わないで手だけ振っておきました。
 えー、はいーまだまだ続きますけど? なんかめんどくせえって、人が話してる時に言う言葉じゃないですよねー?
 聴くのめんどくさくなる程度なら、最初から訊かなきゃいいのに〜。

(つづく)



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