がらんどうの部屋


 たったの七日で荒れてガラクタと化した部屋を見回して、フランは大きく息を吐く。
 わざわざ繁雑するのに出来得る限り散らかされた風な部屋へと疑問を覚え、首を傾げた。
 だがあれこれと考えを巡らせても部屋の状態は変わることはなかった。
 夕刻頃までに部屋を整頓し終えなければ、いつもの如くナイフが飛んで来るだけだった。
 また幻で済ませるのを考え、だが以前に自分が就寝して術が解けた瞬間に殴り込まれたのを思い出した。
 それすら諦めて足元に落ちていた深緑と黒のボーダーの長袖を拾う。
 投げ出された洋服の下には、埋もれたスナック菓子の袋や、カエルのぬいぐるみが乱雑に更に投げ出されている。
 どうしようもないので、散らばった物をまた片っ端から悉くゴミ袋に詰めようとした。
 だがそうやってゴミとして片付けた袋を、外出から帰ったベルがぶちまけて中身を取り出したのを思い出した。
 何が気にくわなかったのかフランには全く理解出来なかった。
 理解したいとも理解出来るとも思えずに、先にとりあえず洗濯物をまとめるのに衣服へと手を付け始める。
 余りに頻繁に駆り出される事態に、慣れたくもないのに適宜に慣れ、今となってはさほど時間もかけずに、部屋中の物を分類するようになった。
 洗濯する服をランドリーバスケットに入れ廊下へと押し出した。


「おい、カエル。今日ヒマか? ヒマだよな?」
 他人の都合などお構いなしにその命令が下されたのは、三ヶ月ほど前にあった清々しい休日のことだ。
 それは暇を前提とした問い掛けで、以外の返答など聞き入れられる筈もなかったから、文字通り命令だった。
「ヒマじゃないです。劇的に忙しくてめまいがしそうです。じゃ、失礼しまーす」
 嫌な予感をどうにか回避すべく、フランはベルから目を逸らして素早く逃げようとした。
「なんでもいーけど休みだろ? オレのリング捜しとけ」
 だが後ろから左腕を捕まれ動きを抑止された。
「………リングどうしたんですかー?」
 恐る恐ると首だけで振り返り、目は合わせずに注意してベルの方を見た。
「きのーから見当たんねーんだよな」
「失くしたんですかー? リングと匣紛失したら自腹で弁償って聞きましたよ」
「だから捜すんじゃん? お前が」
「そんなの雑務係に頼んだらいいじゃないですか? センパイだって休みですよねー?」
「いーから捜しとけ。コーハイなんだからそんぐれーやれ」
 多角的な面から抵抗を試みたが、結局は無理に空いた時間を作らされ用事を押し付けられた。


「この部屋をどう捜したら見付かるんですかー」
 踏み込んだベルの部屋は、全ての物があるべき場所にはあらず、本来あるべきではない場所にあった。
「シュミわりーベッドですねー」
 紅の天蓋と揃いのシーツが付いている寝台を、気分が悪そうに眺めている。
「…………!? センパイ、女装の趣味あるんですかねー?」
 かと思えば今度は部屋の片隅のトルソーが着ていた、ゴシックロリータ系のドレスに目を丸めた。
「うわーなんか見ちゃいけないもの見ちゃったサイアクな気分ですよー。見なかったことに」
 逐一と部屋にあるものに独り言の感想を述べた。
「しときますからー」
 バサッとその辺にあったベッドカバーをトルソーにかけた。
「床に落ちてるのは全部ゴミですよね〜? 大して重要そうなものもないですしー」
 どうにも捜しようのない部屋を眺め回して、キッチンでゴミ袋を大量に貰って来た。
 そうして床に乱雑に放り出されていた物を、燃えるゴミと燃えないゴミに分けて片っぱしから詰めることにした。
 一日中続けていたら何時の間にか廊下へはゴミ袋の山が出来ていた。
 とりあえずすっかり閑散と物が消えた床までぴかぴかに磨く。
 当初の目的だったリングは、雑巾がけの途中でティアラの飾られた棚から見付かった。
 リングも見つけ出し綺麗になった部屋を見回したフランは、やり遂げた充足感に胸元で腕を組んで頷いた。


「カエル! てめーなんだよあの部屋! 部屋のモノいじれなんて言ってねえだろ!」
 にも関わらず、どこかからふらっと帰って来ると、ベルは突如としてフランの部屋へと怒鳴り込んできた。
「んぐえっ! え〜、イキナリなんなんですかー? そーとー居心地よくしたと思うんですがー。 いつもギスギスしてるセンパイのために緑まで用意したのに。あ、そういえばリングありましたのでー。ティアラ置き場にあったんですが、センパイ自分で置いたの忘れたんですかー?」
 部屋へと入るなりに飛び蹴りをして来たベルの攻撃で、フランは床へと蹲る。
 そうして出窓に庭から引き抜いてきた植物まで飾ってやったのを思い出した。
 張った根に土は付けたまま嫌がらせのように、いや早い話が唯の嫌がらせにと置いてきた。
「あ………、サンキュー」
 何かを思い出した表情を一瞬だけ作って、フランが差し出したリングを取った。
「どういたしましてー」
「………じゃねえよ! オレの気に入ってるボーダーの長ソデどこやったんだよ」
「そんなのクローゼットにいっぱい入ってるじゃないですかー」
「それ以外の! ムラサキのとかあったろ! 外出てたやつ」
「あー、それなら多分燃えるゴミの袋に捨てましたー。床に放り投げてあったのぜんぶ」
「はあ゛っ? なに勝手に捨ててんだよ」
「だって捨てないと捜せないですもん」
「オレはリング捜せっつったの! モノ捨てろなんつってねえし、よけーな世話だってのバーカ」
「文句あるなら自分で捜せばよかったんですよー」
 礼を言われるのかと思いきや、突然の殴り込みを掛けられ尤もな怒りを覚えた。
 頬を膨らませて瞳をツンツンさせてベルへと反論してゆく。
「そういうのはお前の仕事だろ」
「なんでですかー」
「コーハイだから」
「意味わかりませーん」
「ジョーシキだっての」
「非常識なセンパイから常識とか教えられたくありませんが」
「やんならやるでもっとちゃんと片付けろよ。ちっと来い」
「べつにやりたかったわけじゃありませんのでー」
 ソファに座って寛いでいた後輩の腕を取って立ち上がらせ、強引に自分の部屋へと向かった。


「これとあとこれも、部屋に運べ」
 廊下に積み上げられていたゴミの山を崩して、その三分の二の袋をまた部屋の中へと戻す。
「ほんとなんなんですかー?」
 自ら進んで労使された分だけムッとして、フランは更に目をトゲトゲしくさせた。
「これはいっから、これいんね」
 何点かだけを出して見本に分別して見せた。
「後は自分でやってくださいよー」
「お前がやんの」
 ベルはフランの胸元へと袋を押し付ける。
「そんなこと言われても、センパイの要るものと要らないものなんかわかんないです」
 反射的に袋を受け取ってしまったが、協力するつもりは全くあるはずもなかった。
「わかんだろっ。これなんかどっからどー見ても生活必需品じゃねえか」
 取り出した衣類をよく見せるのにフランの目前へ突き出した。
「だってボーダーばっかそんなに要りますかー? まだあっちにいっぱいあるみたいなんですがー」
 開いたままになっているクローゼットをちらっと見る。
 多種多様なボーダー柄のトップスが、そこにもやはりごちゃごちゃと積み重なっている。
「いんの!」
「そうですかー。ミーは要らないので、やらせるなら捨てます」
「捨てんな。オレのシュミは全部知っとけ」
「え〜? めんどうなので」
「いーからやんの」
 当然ごにょごにょと渋っているフランから、ゴミと分類された袋を奪い返す。
「ちょっと遠慮します〜」
 そうしてフランが遠慮しているのも聞き入れず、ベルは次々に袋の中身を取り出した。
「これは?」
 仕分けさせるのに手渡して考えさせる。
「う〜ん、一応衣類なので必要な方ですかね〜」
「ちげえって、それはとくにお気にだから、こっち」
「そんなの知りませんけどー」
 とりあえず必要な方へと置かれた服を奪って、ベルは勝手に新しくカテゴライズする。
「オレの好みゼンブ覚えろっつってんの」
「嫌です〜」
「こっちのは手洗いしてきちんとアイロンかけてシワ伸ばせよ」
「…………………。やりませんのでー」
 うんざりと必要ない物と必要な物の山を恨めしそうに睨んだ。
「よし、今日はこんなもんでいーぜ」
「そんな一言で終わらせんのかよ〜。もっとミーを褒め讃えて労えよ堕王子〜」
「もの覚えわりぃお前がわりいんだろ?」
「ミーのせいにしないでください〜」
 それからはげっそりと本当に表情のない顔をしてベルの部屋を後にした。
 余分な疲労はうとうとと翌日の任務に差し支えるほどだった。


 捨てるのに折角まとめたゴミを再度荒らされるのにまたうんざりし、無理に教えられた分類方法を思い出した。
 しかたなく今日もベルに押し付けられた雑用を、フランは渋々とこなす。
 それからタグの表記を無視して洗濯機で洗った服を、表記温度以上のアイロンでなぞって焦がし始めた。


 すっきりとした部屋へと帰って来たベルは、部屋の隙間を埋めるようにまた着ていた上着を脱ぎ散らかした。
『センパイのがヒマじゃないですかー』
 他愛ない反抗を楽しみにしながら、キャンディーバーの袋を後ろの床へと放る。
 がらがらに空いていた空間はそんなにも簡単に、繰り返し汚れた部屋へと戻されて行った。
 クローゼットに皺くちゃに畳んでしまわれた焦げた服を見て、今日もベルはフランの部屋へと怒鳴り込む。


(おわる)



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