Sfortuna o buon fortuna.


 家の中の陽のあたる場所でまどろんでいると、呼ぶ声が聴こえて耳を澄ます。
 その頃にはもう日常とは下らない日々の重ね合いで、それは過去もそうであったのは知っていた。
 そして過去の中の未来もそうであったように、過去から来た未来のはずの現在もその通りであると、フランは確信していた。
「フラン、おやつ」
 だから近頃は目に余るほどの無気力な日々を過ごしていた。
 しかしささやかな気遣いに直面すると、その下らなさ全てを幸福に感じることが出来た。
「サンキューです………でもいまそんなに食欲わかないので、ちょっとだけもらいますねー」
 起き上って茶の間へと向かい、座卓に置かれていた苺の色をした生クリームでデコレーションされているカップケーキをフォークで掬う。
 一度は拒否された菓子は、言葉とは裏腹にパクパクと平らげられていった。
「…………どう?」
 手作りのケーキをおいしくなさそうに食べるフランを、クロームはじっと見つめている。
「なかなかいい味ですよー。特にこの紙にくっ付いてる所が最高にいいと思います」
 紙の容器と接している部分までをフォークで擦り取って食べた。
 口の中へ残った卵の殻は食べられなかったから舌で避けて皿に出した。
「…………よかった……」
 胸を撫で下ろして微笑んだクロームを見て、フランは春の花を思い出していた。
「ごちそうさまでしたー」
 食べるだけ食べて結局は皿を空にした。
 終わった戦いの後々の平和に、碧の髪をしたこどもは長閑に一度欠伸をした。
 風に乗って飛来する薄紅の花弁も、香りも眠たさに拍車をかけさせた。
「まったくお前ときたら一日中そうしてぼんやりして」
「ちぇっ、ミーがどこでぼんやりしようとミーの勝手じゃね? ですよ〜」
「どこでそんな乱暴な言葉遣いを覚えて来たんですか。僕はそんな喋り方に教育した覚えはありません」
「あの集団にいたのがほんとならこんななりますよー」
 一応正座はしたものの、ちゃぶ台を挟んで座った師へ、口答えと減らず口を叩く。
「……未来の記憶の中の僕が、お前をヴァリアーに預けたのは失敗だったようです。XANXUSに一言文句を言ってやらねば気が済みません」
 さほどそう強く思ったわけでもないのに、大袈裟な溜息を吐いて頭に手を当てた。
「怒ってばっかのボスじゃなくなった元ボスとはあんま喋ったことないです」
「骸様も、ケーキ食べる? カップのだけど…」
「僕は後でいただきましょう。少し向こうへ行っていてくれますか? 凪」
「? はい」
「おチビさんに話があります」
「えこひいきですよー。なんでそんな態度違うんですー? 凪ネーサンも弟子なんだから平等にしてくださーい」
「凪は弟子ではありませんので、そんなことはありませんよ。平等という言葉は同じ立場において始めて発生するものです」
「早い話がへりくつですねー?」
「それで、話と言うのは」
 穏やかな中へ混ぜ込まれた普段とは同じない威厳に、フランは微かに肩を強張らせた。
「なんすかー? パイナップルのヘタみたいな素敵な髪型した師匠」
「こっちへ来なさい」
 それでもいつものように表面上だけは優しい声色で、骸はフランを呼び付けた。
「? 師匠?」
「だっこしてあげましょう」
「え〜? だっこですかー?」
 やはり拒否したが、大人しく立ち上がると正座していた骸の膝へと腰を降ろす。
「大きくなりましたね。お前は」
「……そんなことより、話ってなんなんですかー?」
 抱えられている居心地の良さと悪さに、骸を全く見ずに前を見た。
 窓の外にあった庭はすっかり春になっていて、誇る香りに緩い光が射していた。
「お前はあそこへ戻って、これから奴等の動向を見張りなさい」
 幼い頃のようにフランの頭を撫でてやり、捏ねてもいない駄々を宥める猫撫で声で囁いた。
「………あそこって……あそこですかー? 嫌ですー。あんなとこ戻りたくないです」
 何等かの打算を課す時の師の声音を鋭敏に感じ取って、口元も目元もひん曲げて厭そうな顔付きをした。
「おや、困ったおチビさんですね。どうしてですか?」
「ヤバンジンの集まりじゃないですかー? 夢の中で死んじゃうんじゃないかと思うほど、ミー毎日殺されかけてましたー」
「何度も言うようですが、あれらの全ては夢ではありません。お前は強いこどもですよ。あんな奴らに殺されたりはしなかったでしょう?」
「でもナイフが刺さるととても痛いのでー。痛いのはちゃんと覚えてるんです。………早い話、師匠はミーがジャマなんですねー? 用済みってやつなんですねー? あ〜あ、脱獄手伝ってそんした感じですよー」
「クフフ、そんなわけはないでしょう。お前は僕のかわいい弟子です」
「師匠ってウソ吐く時にクフフって笑いますよねー?」
「そんなことはありませんよ。お前がバカなことを言うから笑ったまでです、クフ」
「………………ミーが死んでもいいんですよ、師匠は」
「死なないでしょう、お前は」
「そうかも知んないですけどー」
「まったく、あれしきで弱音を吐くようでは立派なヒーローにはなれませんよ」
「…………えーっ?」
「お前には世界は護れません」
「そんなことないです。ミーは立派に世界を護れますよー?」
「いや、無理でしょうね。純然たるヒーローは迫り来る脅威に対して、そのような選り好みはしません」
「そうは言ってもですよー」
「与えられた使命すらも全うもできずに、世界を護るだなどとおこがましい話です」
 弟子が言い訳をしようとするのを遮って、瞑目しながら批難する。
「そうなんですかー?」
「それがお前の使命ですよ」
「う〜ん」
「おチビさん」
「ハーイ」
 また優柔な声と手の平で撫でられた頭をくすぐったがり、瞳を細めてフランは首を漸く後ろへと捻って、師の顔を見上げている。
「ヴァリアーへ入って、お前はお前の役目を果たしなさい。それが」
「………師匠」
「ひいては新しい世界のため、マフィア共を殲滅する第一歩に繋がるのです」
「………………わかりましたー。大事な役目なんですねー。ミーはこの試練を乗り越えて、立派なヒーローになろうと思います」
「クフフ、お前ならきっとなれますよ」
「あ。レッドはミーがやりますので、師匠とんないでくださいね〜?」
「いりませんよ」
 三叉槍を突き刺す代わりに、撫でていた手で握り拳を作ると軽く叩いた。
「師匠、ミーが痛くないと思ってるでしょー? 痛いんですよ、ホントに」
「これしきで痛くもないでしょう。さて、支度をしなさい。とうとう時期が来たようです」
「?」
 不意に立ち上がった骸の足から転げ落ち、フランも急かされるまま立ち上がる。
 さほど持ち物もなかったが、与えられていた部屋で服やら何やらを丸めて風呂敷へ包み始めた。


 外ではやはり緩急のない陽の光が射していて、殺風景な建物へと続く道を照らしだしている。
 断りもなく門から入って暫くの所で、紙袋を左手に持った金髪の青年は向けられた敵意の動きを感じた。
「かくれんぼ? オレちょー得意なんだけど」
 見つけた木の影の不穏な空気へと、躊躇もせずにナイフを投げ付けた。
「マフィアがなにしにきたびょん」
 ただの威嚇は彼等に当たることはなく、微かに驚かせただけで樹木へ当たって落ちる。
「おめーらに用じゃねえし。カエル出せよ」
 ベルの右手で弄ばれていたナイフはまた、行く手を塞ぐ二人の青年へとちらつかせられた。
「カエルなんかいないれすよー。帰れびょん」
 脅かしているだけの切っ先を、舌を出した犬が幼い言動で挑発する。
「だせよ。ださねってんなら、お前ら八つ裂きにして」
「やめなよ、犬。メンドイけど、骸様が来るまでは誰も通すなと言われてるからね。暫く待ってて」
 元より足止め程度にしか働くつもりのなかった千種は、眼鏡に反射した光で煩わしそうに目を細めている。然し宙を浮き沈みしているヨーヨーからは、容赦のない気の抜けた殺意が感ぜられた。
「犬、千種。ご苦労です」
 ちょうどその時、建物からは大きな影と小さな影が二つ並んで出て来た。
 一まとめにした濡れ羽の色をした長い髪は、尾のように彼の背中で揺れる。
「マフィアなんかがきたびょんれすよー」
「通しなさい」
「れすけどー」
「…………!? ……もしかしてー。ベルさん、ですかー?」
「もしかしなくてもオレだけど? ……さんじゃなくてセ、ン、パ、イ、な!! んっとモノ覚えのわりぃコーハイだなおめーは。かえんぞ」
「あんたのコーハイだったことなんか一度もないのでー。ミーやっぱりここにいたいです」
 危機を察知したフランは前にいた骸の影に隠れようとする。
「あんたじゃなくて、センパイだっつってんだろ、バカガエルっ!」
 だが骸も一緒になって避けた為に、ベルが取り出したナイフを問答無用で投げ付けると、それは吸い込まれるようにフランへと突き刺さった。
「でっ! ……なんでー」
「お前のこと連れて帰りに来たにきまってんじゃん?」
「よく来てくれました。どうぞこちらへ」
「むっ骸さん?」
「どういうことですか?」
「あ? ああ」
 快く迎えられたベルも骸の真意を汲めず、千種と犬と一緒になって不思議な顔になって歓迎した青年を見た。
「……フランをヴァリアーへ預けます」
 表情は変えずに狼狽している千種と、目を白黒させて状況が掴めないでいる犬に向かって諭す。
「なんれ」
「…………彼と二人で話します。お前達は外で待っていなさい」
「ですが……」
 眼鏡の奥の瞳を骸とベルへと交互に向け、命令ではあるものの頷くのを躊躇った。
「僕ならば大丈夫です」
「わかりました。行くよ犬、フラン」
「れ? 柿ピー? マフィアれすよー?」
「ミーもですかー?」
 フランのぶつけた疑問に骸は神妙な顔をしたまま頷いた。
「……おやつは一人150円までだからね」
「さっすが柿ピー、はなしがわかりますれ」
「ミーは50円だけ使って残りは貯金しますねー」
「みみっちい使いかたすんらねーよ」
「後先考えない犬ニーサンの単純なノーミソにはほんと完敗ですー。見習えません」
「フランっ!」
 晴れ晴れとしていたが霞みの空は澄み渡らずに、薄い雲が覆い被さって白々としている。
 駄菓子屋へ歩き始めた千種の後ろを、こどもの使いのように一つ二つと影が続く。
 昨日までの天候の悪さにぐずぐずになっていた地面は、今日の温かさで既に乾ききっていた。
 コンクリートの隙間から芽を出した雑草は青い小さな花を咲かせている。


 案内された応接用の部屋でクロームが出して来た紅茶へと、迷いもせずにベルが口を付けることはなかった。
「なー、六道骸」
 たるんだ甘えの強い口調で話を切り出したが、対する警戒と敵意は消えてはいない。
「なんでしょう」
「今日オレ誕生日なんだけど?」
 確実に持っている殺意を見せないまま、心を許しているていでさらさらと嘘を吐く。
「………そうですか、それはそれはおめでとうございます。それでそれが僕に何の関係が?」
 彼に見せられている本心を確認する為だけに、惚けて応対しながら骸は紅茶をすする。
「だからさ。あのカエル、オレにちょーだい」
「おや、それはまたどうして」
「ナイフの的にちょーどいーだろ?」
「あげませんよ。あれは僕のものです」
「もう用はすんだんじゃね? お前牢獄から出て来たんだし」
「でも君にはあげません」
「かえさねーし。だいたいさ、いっかいヴァリアーにくれたんだから、あれもうヴァリアーのもんだし。かえさねえから、ぜってー」
「ええ。ですからこれからこき使ってくださってけっこうですよ」
「……………マジ? サンキュー」
「しかし君のものではありません。勘違いしないでください」
「?」
「僕が世界を掌中に収めるまで、あれにはずっとお前達ヴァリアーと行動を共にさせます」
「王子に向かってお前とかさー、口の利き方しんねえパイナッポー。三途の川渡らせてやるよ」
 先程まではそれでも隠していた本意を剥き出しにする。ナイフはまた僅かな間にベルの手へと握られていた。
「黙りなさい」
「たしかオレのが年上だし王子じゃん? お前が黙れよ」
「万が一にもあれにもしものことがあれば、お前達は生かしておきません」
「…………へえ」
「ですがあのこどもの面倒を見てくれるのなら、これからも多少あなた方へ力を貸しましょう」
「おめーに言われるすじあいねえし。そういう交渉しに来たんじゃねえし。オレは逃げ出した腰ぬけのコーハイ連れ戻しに来ただけだから」
「ならミーはお断りですよー」
「ことわんな! クソガエルっ!」
「ゲロッ!」
 ベルが条件反射で投げ付けたナイフは、扉の隙間から不意を突いて現れたフランの腕へと的確に刺さった。
「盗み聞きは感心しませんね、おチビさん。大事な話をしている所です。向こうに行っていなさいと言ったでしょう?」
 入って来た弟子を咎める瞳をして骸は見据えていた。
「そう言われてもミーの生涯に関ることなのでー、黙っちゃいれませんよー」
「まとめた荷物を持って来なさい」
「え〜?」
「おチビさん」
「なんですかー、師匠」
「ここはお前の帰ってくる場所です」
「えー?」
「だからいつでも好きな時に戻って来なさい」
「そうですかー、なら良かったですー。堕王子のイビリに耐えかねたらすぐに帰って来ようと思います」
「……ですが、あまり頻繁には帰って来ないように」
「え〜? 二日に一日は帰って来ますよ。そんで凪ネーサンの作ったおいしいおやつ食べます。あと一回里帰りしたら三ヶ月は向こうに帰りませんのでー」
 当然の権利として帰郷を主張し、ついでに居付く主張もした。
「せめて十日に一日くらいにしなさい。居座るのは最長で五日間です」
「帰らせねえし! 帰れんのなんて盆と正月だけだから!」
「ちえっ」
 素早く立ち上がったベルに、また殴られた頭には痛みを感じなかったのにさも痛そうに擦った。
「荷物を取りに行きなさい」
「わかりましたー」
 そそくさと面白くない顔のまま踵を返し、荷物を置いておいた部屋へと取りに行く。
「ベルフェゴール」
「なに?」
「あの子を頼みます」
「パイナポー君に言われなくったって、できのわりーコーハイのめんどーぐれーちゃんとみてやるよ」
 ベルが頼もしい先輩として大口を叩くと、とてもそうとは思えない今までの態度に骸は微かに苦笑した。
「……それから君はなにか勘違いしているようですが、僕はパイナップルではありませんよ。不出来な弟子ですが、よろしくお願いします」
「ああ」
 密談の途切れた所で、風呂敷を抱えたフランがちょうど戻って来た。
「……骸様……フラン、行っちゃうの?」
 事情を聞いたクロームも不安げな眼差しで一緒に部屋へ入って来る。
「……ええ、ヴァリアーに入隊させます」
「そう……」
「でもミーは二日に一回は帰って来ますのでー」
 表情を曇らせて淋しがるクロームを慰めるように、フランはまたすぐに帰郷する決意を固めた。
「……うん。帰って来る時は連絡してね……ごちそうにする」
「わかりましたー。楽しみに帰って来ます」
「ダメですよ。十日に一日です」
「………だから盆と正月しかやすみねーって!」
「嫌です〜。休みますー」
 また八つ当たりで叩かれたフランは緩くベルを睨み付けた。
「なあ、」
「なんですー?」
「お前そんなヴァリアーにいんのがやなのか?」
「え〜? んなことありますけどー」
「あんのかよ!」
「センパイがそんなにナイフ刺さなきゃないです」
「ナイフは刺すの!」
「ちぇーっ」
 フランは結局ベルとともに外へと追いやられ、骸もクロームもついでに見送りに出た。
 庭では駄菓子屋から帰った犬と千種とフランが、フーセンガムを誰が一番大きく膨らませられるか競争している所だった。
 中から現れたフランに驚いて犬が隣を見ると、隣にいた幻覚の方はさらさらと消えて行った。
 フランが中から現れた時点で気付いた千種は驚きもせずにいる。
 骸から経緯を説明されても二人は良い顔をしなかったが、その意思に盾つきもしなかった。
「かえっれくっ時はちゃんろおみやげ買ってくんれすよ」
「犬ニーサンの立派な味覚に合うモノなんて見つけらんなそうなんでー」
「…………木彫りの熊とかいらないからね」
「それなんのアピールなんですかー? 買ってきませんよー?」
「では気を付けて」
「いって、らっしゃい…」
「ハーイ、行ってきまーす」
 何時までも名残惜しそうに後ろを気にしているフランの頭を掴んで、ベルは前へと向けさせる。
 進まなければならない道は絶望的な程に長く続く。


 数える程も出来ないぐらいの長い年月を経て、彼等は話すことなど何もなく暫く押し黙った。
 二人でいたことがあるという記憶だけが存在していて、懐かしむ思い出など一つとして持ってはいない。
「つかなんでさー、ヴァリアーの場所知ってんのに帰って来ねえわけ?」
 やがてベルがずっと不思議に思っていた疑問を切り出した。
「いやいやー、ミー元からヴァリアーとかいう暗殺部隊とはなんの関り合いもないですしー」
 いつかの記憶の片隅にしか置かれていなかった、事実ではなくなった所属の事実をフランは否定する。
「あんじゃん? お前はオレの出来のわりぃコーハイなんだから?」
「ちがいますー。あんたは最初から堕王子なセンパイなんかじゃないですもん」
「センパイだろ! 堕王子じゃねえけどな!」
「じゃあなんで」
 ずっと下に顔を向けて、フランは地面だけを見ていた。
「?」
「なんでもっと早く迎えにきてくれなかったんですー?」
「…………そっりゃー」
「あの日、もしかしたらーと思って待ってたんです」
「あの日?」
「十年前から数えて九年と二カ月後の出来事があった時の少し前です」
「いつだよ」
「ミーだっていつだかわかんないです。もうずっとずっと昔のことなんですよ。でもほんとはまだほんのちょっとしか経ってないかも知んないです」
「バーカ。バカバカバカバカバカバカバーカ。カバだろてめーなんて」
 息すら切らしてベルは、自分を忘れかけようとしていたフランを批難する。
「カバじゃなくてカエルです。……センパイが迎えに来たらー」
「きたら?」
「信じようと思ったんです」
「なにを」
「あれって夢じゃなかったんだーって」
「オレ探しに行ったんだけど?」
「ウソですー。ミー待ってました」
「ウソじゃねえよ。あんときオレはお前を誘拐したトコまで行ったの!」
「ホントですかー?」
「おめーが間違ってんだよ」
「待ってましたよ。でもあれ違うとこだったんですかねー? ほんとにそっくりな場所だったんですけど」
 化かされたのが自分かベルかそれとも双方ともになのか測りかねたが、心当たりにフランはそこで譲歩した。
「だろ、王子がまちがーわけねえし。霧の守護者代理はお前のこと知んねえっつうし、張ってたけど術つかってまた行方くらますし。六道骸はぜんぜん姿あらわさねえし! 沢田綱吉は個人じょーほーで教えらんねとかいうし! マフィアだっての! 個人じょーほーとかなめてんのか」
「師匠が色々根回ししてたみたいですよー。……本当はーヴァリアーに戻るのがすごく怖くてー」
「なに? もしかして、オレの華麗なナイフさばきに恐れなして帰ってこれなかったか?」
「そういうんじゃなくてー」
「じゃ、どーいうの?」
「そこに行ってー、怒りんぼなボスもー、アホなロン毛の隊長もー、クジャクなオカマもー、変態な雷オヤジもー、ちびっこな金の亡者もー、下っ端の人達もー」
「ちびっこい金の亡者ってマーモン?」
「そーです。それから」
「それから?」
「バカで無神経で人面獣心な堕王子もー。あ、ケモノにしつれいですよねー、これ」
 一通りの悪口を邂逅とともに並べ立てて、遠い存在しなかった昔を懐かしむ瞳でベルを眺めた。
「堕王子じゃねえから!」
「誰もいなかったらー」
「誰も?」
「そうですー。やっぱあれは夢だったんだーと、思ったりするのは嫌だったので」
「覚えてるっつったじゃん? お前」
 どういう理由でか微かに笑う目元になった後輩の頭を、ベルはいつかのどこかでと同じく殴り付けた。
「いてっ! 覚えてましたけど、でも半信半疑だったんですよ」
「オレさあ、お前のことけっこー探してたんだぜ? なのにお前は、なに夢ですませてんの?」
「ウソですよ、そんなのー。……それにセンパイには、記憶を共有した人達がいたじゃないですかー?」
「ウソじゃねえし。お前だっていんじゃん?」
「師匠とかいましたけどー。でも師匠と会えたのもなんだかんだで、前の時よりちょっと遅かったりで。あの記憶を覚えたのはミーがまだこどもんときでしたし」
「遅くったって会えたんだろ? ならオレとも会えるに決まってんじゃね? だってオレお前のセンパイだもん」
「師匠と会った時に思い出したのはただのデジャヴーで、センパイとそんな約束だって、本当はしてなかったんじゃないかと思ったんです」
「だからおめーはバカなんだっつーの」
「バカじゃないです。ミーは師匠を脱獄させた超天才術士なので〜」
「ほとんどクローム・髑髏のお陰だって聞いてっけど? そんであの騒ぎじゃん? ったく」
 数ヶ月前に起きた復讐者の牢獄からの脱獄事件を思い返して溜息を吐いた。
「脱獄させましたよー。ミー頑張りました」
「お前なんてチビな弟子もそういえばいたっけ? ぐれーのあつかい……」
「でもミーも頑張りました〜」
 まあそんで、とベルが続けたそうにした話をフランが遮った。
「あ、そー」
「頑張ったからご褒美ください」
「しししっ、いーぜ」
 最初から持っていたはずの紙袋の重い程の重さもない荷物を広げる。
 紙の袋は一瞬でどこかへ消えて、両手で後輩の頭へと歪な帽子を乗せてやった。
 フランの頭へと被せられた黒いカエルが夕暮れの光に染まってゆく。
「センパイ、ミーですね」
 満足そうに相哀れむように手の平で被せられたカエルに触れている。
「ん?」
「これーずっと持ってたんです」
 カエルから手を離してポケットからごそごそと取り出したのは、666の飾りが付いた指輪だった。
「へー」
「センパイがいなくても、ミーは666回の不運に遭ったのか」
 一からやり直しになった思い出は、昔の話ではないから追憶や追想はできなかった。だから唯の記憶として残っていた痛みや恨みやつらみを引き出した。
「あ」
「それとも不運はまだ666回も訪れてないのか」
「そ」
「どっちだと思いますー?」
 そうして持つ者には666の不運の後に、それらを覆す程の胡散臭い幸運が訪れるという指輪を陽の光に翳す。
「んなのしんねえけど、これからもっともっとお前のこと不幸にしてやるよ」
 ベルはまた口元の端で歪んだ哂いをフランへ見せ、手の指で挟んだナイフを突き付けた。
 怯むでもなくフランはナイフに一瞬だけ鳴らした喉を後ろへと反らす。
 暈を差した日差しに影すら優柔なオレンジの太陽の色になって、彼等の姿はもう跡形もなかった。


(おわる)



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