イブイブナイト
大事な百円玉を二枚、こどもはとても大事そうにてのひらに握り締め、道端に佇んでいた。
ショーウインドウを熱心な眼差しで覗き込んだこどもに、道をゆく人々は微笑ましいものを見る目をしたり、不審な表情を作ったりして通り過ぎる。
「なんか買うの?」
傍らに立たれたのにも気付かずに、碧の眼差しは店内の一点を見つめている。
「たいへんおいしいおやつを買います」
それはいつだかのいつものようで、話しかけられたのに何の逡巡もなく返事が返った。
「なんだよ、それ」
「お店の人のおすすめなんかを」
だがかけられた声の方を一瞥することもせずに、店内を穴があくほどの熱心さで見続けた。
窓に吹きつけられていた白いスプレーのクリスマスを祝う文字と、リースやサンタクロースやトナカイの模様すら目には入っていなかった。
「ふーん」
暫くこどもが見ている方を眺めていた少年は、徐に店の扉を開けて中へと入った。
さほど迷いもせずに愛想のない店員へと注文を告げると、並んでいた中の一つの菓子は手慣れた様子で綺麗に箱へと包まれた。
店から出るのにもう一度ドアを開くと、扉の繋ぎ目の錆び付いた不快な音が辺りへと残った。
片手で抱えてきた軽い箱は、まだ店の中を覗き込んでいたこどもへと差し出した。
「やるよ。オレサンタだから」
「はあ? サンター? そんなのいるわけないじゃないですかー。それに毒とか入ってたら困るので、いりませんー」
差し出された箱と自分を見下ろす少年を交互に眺めて、こどもは丁重に受け取りを拒否した。
「毒とか入ってねえし、お前を殺んならナイフだな」
無遠慮な断り方に腹立ちを感じた少年は、どこからかナイフを取り出してちらちらと光らせて見せている。
「じゃあナイフ刺されそうだからいりませんー」
「受け取んねえと刺すぜ?」
「……ならいただきますー」
本当に仕方なしに憤然とした顔で、半ば押し付けられるように包みを受け取ってやった。
「んじゃな」
「あ、ちょっと待っててくださいー」
こどもは一目散に思い切って店へと駆け込み、体に悪そうなカエルの色でカエルの模様が描かれている菓子を一つ購入した。
どうにか二枚の百円玉で足りたクッキーを、紙の袋に入れてリボンをかけてもらい急いで店を出ると、少し離れた所で待っていた少年に袋をぶっきらぼうに押し付けた。
「なんとなく借りがあるのは気に入らないので、ミーもこれあんたにあげますよ」
「クリスマスプレゼント?」
「いいえー、誕生日です。あんたの誕生日知らないですけど、クリスマスにクリスマスで返すなんてちょっとありきたりでつまんないので」
よほど捻くれているのかこどもらしいだけなのか、こどもはとにかく理屈のない感情論で少年へと接している。
「ふーん」
「メリーおたんじょうびー」
「メリークリスマス。バイバイ」
「さようならー、フォーエバー」
「ししっ、次に会ったら永眠させてやる」
それを別れの挨拶にして、見知ったような見知らぬような彼等は、道を違えるようにブーツの爪先を持ち上げる。
空は厭きれるほどに雲の一つもなくよく晴れていて、こどもにとっては何も面白くないものだった。それでも太陽の光の方角へと向かって、積もって遊べるような雪が降ることを願っている。
少年は少年で木枯しが吹き荒び、雨交じりの雪が降るような荒れ狂った天候を望みながら、太陽へと背を向けた。
今日から少しだけ長くなった昼間がもうすぐ終わって、クリスマスイブの前の日の宵が始まろうとしていた。
(おわる)
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