七日目の墓碑4 熱界雷


 湿度を含んだ冷えた風と熱気を帯びた空気がせめぎ、やがて落ちた雷が草を薙ぎ払って辺り一面の枯れ草に燃え移る。
 畏怖を感じず、敬意も払わず、ただ草原が緑の炎に包まれて燃え盛るのを眺めていた。
 雷光が激しくなるほどに、大概は伴う雷雨を近づける。
 しかし棚引く草の野原には、稲光だけが薄い緑色をして落ちるばかりだった。
 降らない雨のせいで草原は燃え続け、一本の草本さえ残さずに焼き尽くす勢いで燃え続ける。
「…………からー、………つ……な…………だ…………えのっ」
 突風が緑の炎を余計に拡がらせる。
「えー? あー? なに言ってんですかー? 雷がやかましいのでちっとも聞こえないんですがー」
 止むことなく吹く風の合間だけに怒鳴る声は聴こえた。
 急に目前を飛んだオニヤンマが銀の筋を描く。
 フランは一瞬だけ驚いたが豪快な翅の音はやはり雷に掻き消された。
「……え…が、…………の……こ……れる……に…てや……しっ」
「?」
 届かない声を一応聴こうとして耳を構えた。
 だが少しも収まらない雷と風で、歯抜けて欠けた言葉しか聴こえては来ない。
 口元を読んでも意味は全く通じずに、フランは首を傾げている。
 最後にジルの口元へと歪んだ笑みが見えたのに唾を飲み込んだ。
 雷鳴の轟きの前に走った閃光で、空気が電気を帯びてぴりぴりと肌を震わせる。
 避けるのに跳躍しようとした足首に、草で作られた罠が絡まって体勢を崩す。
 その時確かに聴こえた数度目の轟音が体を直撃し、気付けばフランは気絶して跳ね起きていた。
「あ〜びっくりした〜」
 衝撃を受けたまま微睡みから醒めて、午後からの任務があったのを思い出して支度を整える。


「おっせえんだよ。先にきてオレのクツみがけっていつも言ってんだろ」
 珍しく時間通りに集合していたベルは、フランが玄関に来るなりに苦情をぶつけた。
「? あんた誰でしたっけ? なれなれしくしないでください」
「なに言ってんだ? お前」
「………貴様、記憶喪失にでもなったのか?」
 傍らで話を聞いていたレヴィが会話に割って入る。
「ミーが記憶喪失ですかー? 変なこと言わないでくださいよ、レヴィさーん。そんな機会にたらしこもうとしてもそうはいかないのでー」
「なぬっ! 人が心配してやってるというのにフラン、貴様というヤツは」
「変態の雷オヤジになんか心配してもらう筋合いありませんー」
「…………………フツーだな? カエル」
「カエルってなんなんですかー? だからあんたはさっきからなんなんですか?」
「オレ? 王子に決まってんじゃん? お前そんなこともわかんねーの?」
「知りませんがー。あんたみたいなのが王子なわけないじゃないですかー」
「ちゃんとベルセンパイって呼べ」
「知らない人をセンパイとか呼べませんよー、ベルさん」
「……………マジで熱でもあんの? カエル」
「熱なんかありませんー。きやすく触んないでくださいー。セクハラですよー」
 頬へ当てられそうになったベルの手を、心底嫌な無表情になって逃げた。
「わかんねんなら、体で覚えさせっから」
 リングに灯った赤色の炎が取り出した匣にキラキラと移る。
「?」
 匣から風を切って出て来た白い動物を目を丸くして見た。
「ミンク、やっちゃえ」
「そんなちびっこい獣にやれるわけないじゃないですかー」
「しししっ♪」
 肩から跳ねたミンクはフランへと向かって勢いよく飛びかかった。
「うあっつ、なんなんですかー、この生き物」
 緩い動作で簡単に避ける普段とは違い、最初から避ける素振りもなくミンクの体当たりを受けた。
 驚いたフランに振り払われたミンクも驚き、バランスを取って床へ着地するとキィと一声悲鳴を上げる。
「なぁ、お前ほんとどうしちゃったの?」
 燃え盛った炎は簡単に消えて大事には至らなかった。
「……………ル…………セ……ン…………イ……?」
 掠れた声に目頭を伝わった色のない涙をベルは指で掬う。
「フラン?」
 だがフランの流した涙の理由も解せず、右手の親指で滴りを掬って舐めた。
 首を傾げたベルの横で、定位置に戻ったミンクも一緒になって首を傾げている。

(つづく)



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