七日目の墓碑2 霧らふ
橙の果のなった楽園をうろうろと歩き回る。
空腹を感じて手にした果実は甘い香りを放った。
初めて目にした形の芳香にも覚えのない果物を、それでも不審に思わずにフランは口元へと運ぶ。
「甘すぎじゃないですかー? もうちょい甘さ控えめでもいいですよ」
果実に向かって話しかけたが、当然返事などあるはずもなく、白い蝶の舞う音だけが聴こえている。
楽園の中では深く濃く輝く末葉も本葉も光を遮らない。
影すらない地面はそこかしこに彩光が満ちていた。
「あ。このぐらいがちょうどいいです」
次いで二口目を口に含むと、果実は先程よりも甘味が薄くなっていた。
「なに食ってんだ。クソおとーとのアホなコーハイ」
「これがなにかはよく判りませんが」
一つの実を食べ終えて芯と種を捨て、近くの木にあった二つ目の果実をもいだ。
「おいしいので。あんたも食べますか? いっこぐらいならあげてもいいですよ」
二つ目を食べながら既に三つ目に手を伸ばしている。
「いんねえし」
「おいしいもの食べたら、ちょっとは人に優しくできんじゃないですかー?」
「………お前はなに落ち着いてんだよ。ちんたら食ってねえでさっさとベル殺して来い!」
「いえ〜この木のヤツ全部食べきってからきっちり殺ります。あとめいれいしないでください。目障りなんで」
「王子に向かってなんて口ききやがんだ」
「あんたこそ王子なのになんでそんなに根性ひん曲がってんですかー」
食べ切れないほどの果実が様々な形に生る楽園は、いつまでも橙色が馥郁としていた。
木の半分ほどを平らげた所で満腹になったが、フランはそれでも欲張って果物を持ち帰ろうと木登りして収穫を始めた。
「てめえっなにしてんだっ!」
「いらないならもらって行きますね、これ。………あ〜、うわっ」
「…………いい加減に起きろっての」
不意に足元を引っ張られ、下へと引き摺り下ろされた。
木から落ちたフランとともに、せっせと集めた果物も一緒に地面へ落下して、周囲にオレンジの水玉が転がってゆく。
地面に落ちる寸前に目にした大きな空には太陽がなかったのを知り、光が差していたのを不思議に思った。
「………あいた〜」
「目え覚めた? カエル」
「……ベルセンパ〜イ? なんてことしてくれたんですかー?」
果実も全て消え去った部屋では、ベッドから盛大に床へと転がり落ちた所だった。
「おめーがいつまで経っても起きてこねーからだろっ! 王子がわざわざ起こしに来てやったんだから感謝しろ。ボスかんかんだかんな」
寝台から抜き取ったシーツを、フランの上へと放り投げた。
「ちぇっ。今すごいおいしいの食べてたのになー」
未だ眠気を引き摺っている体を無理に起こす。
腕を伸ばし、呼吸を整え、漸く瞳をしっかり開いてベルを眺めた。
「くだんね」
「十時と三時のおやつに持って帰ろうとしたのにな〜」
名残惜しく橙色の果実の味を思い返して、さも口惜しそうに無表情で後悔している。
「夢だろ」
「いや、あれは本物でしたね」
「夢だし。んなのどーでもいいから、さっさと支度しろ」
「はいー。あーあ、がっかり」
「………今度もっとうめーの食わしてやる」
「…………食べれるものにしてくださいねー」
疑心でまたベルを盗み見て、更に伸びをして酸素を深くへ吸い込むと、窓の外へと目をやった。
珍しく霧が濃密に犇めいて淀んでいた空気が体の奥底へと入ってゆく。
(つづく)
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