追い着かれない朝


 眠れるような眠れないような刻限に一度ぼんやりと目を覚まして、寒く暗いカーテンの隙間から地平線が輝いているのを眺めた。
 それからまた眠りに就こうとしたが、思うようにいかずにただうとうととしていた。
「ヒマだから出してみただけなんですけどー」
 薄暗がりに灯った薄明かりが、窓の周辺を仄かに照らす。
 誰かに言い訳を聴かせるようにそうして独り言を呟いた。
「寒くてやんなっちゃいますよねー。ミーもカエルみたいに冬眠したいです」
 コートの上から掛けていた毛布へと強く丸まった。
 フランの手の平にはそこに満たないほどの大きさの小さな匣が一つあった。
 伸びたバネから繋がった揺れる金色の頭部を、親指で撥ねた人差し指で弾く。
「センパイ、聴いてますかー?」
 バネを軽く引いて伸ばすと、引っ掴んだ頭を今度はゆっくりと離す。
「ねー堕王子ー、なんとか言ってくださいよー」
 揺れながら顔だけの小さな王子は口元にいつもの嘲笑を浮かべたが、一向にフランの問い掛けへと返事をしなかった。
「………今頃なにしてんですかねー?」
「………? フラン、どうかしたの?」
 隣で眠っていたはずのMMが何時の間にか目覚めて欠伸をした。
 窓際に座っていたフランが何事かを話していたのに気付き、擦った眼差しを半分寝惚けたまま向けている。
「………べつにーなんでもないです」
 幻で創られた匣は一瞬で消えて、後には霧の香りだけが残っていた。
 一際冷やされた空気が散乱し、幻に触れていたフランの凍えた指先に当たる。
「しばらく大変なんだから、ちゃんと休んでおきなさいよね」
「わかってますよー」
 そっぽを向いて、興味もなかった窓の外の明るいような暗いような空を眺めた。
「ねえ」
 ペットボトルに残っていた紅茶へと口を付けると、寒さに彼女は少しだけ背筋を震わせてから体全体でフランを覗き込んだ。
「なんですかー?」
 だが顔を背けたまま、フランはMMの方へと目をやろうとはしない。
「これが終わったら上等な服選んであげる。でも支払いはあんたがしてよ」
 ボトルの蓋をまた閉めてテーブルに備わったドリンクホルダーへと戻す。
 飲み残された紅茶は紅い色に暗闇で表面を波立たせて、静かな水音をさせる。
「え〜っ? なんなんですか、急に。要りませんので〜。ムダ遣いさせられそうなんで、けっこうです〜」
 迷惑さを隠さずに顰めた目元でMMを振り返る。
「なによ、親切で言ってやってるのに」
「………じゃあ、一着だけお願いしますー。その代わり安いのにしてくださいねー? おやすみなさいー」
「安物なんて知らないわよ。でもいいわ、あんたの安月給で買える服探しといてあげる。おやすみ」
 目を瞑ったフランをそれ以上は構わずに、彼女もまた椅子へと深く背を凭せ掛けて瞼を閉じた。
 後ろから追って来る陽光はまだ飛行機雲には押し迫らず、彼女らは暫く暗がりの夜でもなく朝でもない時間を過ごす。

(おわる)



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