さんがつじゅうさんにち
半ばの春の香りが冷たくアジトの庭を彩っている。
「ふんふふふ〜ん」
庭では機嫌のよいルッスーリアが、忙しなく忙しいように目障りに動いていた所だった。
「きもい鼻歌やめろ、おかま」
ずっと響いていた安眠を妨げる鼻歌を聞きかね、ベルは楽しさに水を差す。
「んまっ、失礼しちゃう!」
「ほんとのことだし。オレここで昼寝してんのわかんない?」
「ベルちゃんマモちゃんったらそんな所で怠けてないで、少しはお手伝いしてちょうだいな」
庭に出したテーブルへと生花を飾り付けていたルッスーリアは、木の上で問い掛けに答えたベルとマーモンへと応援を要請する。
「王子つかれることやだし」
ピカピカに光るティアラへと太陽の光をキラキラと映して、ベルの頭は王子のように一際輝いている。
「お金にならない労働なんて冗談じゃないさ」
「そんなこと言わないで、今日はスクちゃんの誕生日なのよ。いつもみんなで集まれるとは限らないんだから、こんな時ぐらい盛大にお祝いしたいわ〜♪」
「スクアーロのたんじょー日なんか、大してめでたくもねえじゃん? 毎年来るし」
「毎年迎えられるからおめでたいのよ、ベルちゃんったら」
「でも肝心のスクアーロは任務じゃないのかい?」
「午後には帰って来る予定になってるのよん」
「ふーん」
「へえ」
「それでねちょっと二人にお願いがあるのよ」
「やんねって」
「僕も面倒ごとに付き合わされるのはごめんだよ」
「ミモザの花を飾りたいんだけど、お庭に咲いてないから摘んできて欲しいのよ」
「スクアーロは花なんか喜ばないだろうけどね」
「んなもんそこらの雑草でも飾っとけよ」
「そう言わずに、ね、お願いよ。摘んできてくれるならそうね…マモちゃんにはお小遣いあげるわ」
「へえ、いくらくれるんだい?」
「そうねえ、これでどうかしら?」
ルッスーリアは屈強な指を折り曲げて感謝の値段を示す。
「悪くない額だね」
折り曲げられていた指の数にマーモンは思わず口元を歪に綻ばせた。
「そうでしょ? ベルちゃんは頼まれてくれたら、今日はお寿司も作ってあげるわ〜」
好物で気持ちを釣ろうと試みて、ベルが一番喜びそうなものを挙げた。
「……板前呼べよ?」
「板前さん手配してる時間はないの〜。アタシが作るわ〜」
「…………ピンクのと赤いのと黄色のと、あとな」
「よくばりさんねえ☆ いいわ、そのくらいならお手の物よん。あら、どうしたの、マモちゃん」
「前払いだよ」
時折ツケ払いも許容することはあったが、乗り気でない作業のモチベーションを上げるために今回は前金での支払いを要求した。
浮かれて貼り切り出したルッスーリアを尻目に、二人は気力なく外へ出て行くことにした。
だが外へ出た所で駄賃に見合った労働はせずに、ミモザの木の下へと寄りかかった。
アジトの城へと続く道の門よりも少し手前の所で、黒い車が一台停止し、中から長い銀髪の男が一人降りて来た。
「お前らそこで何してんだあ?」
花びらの降る中に座り込んで暢気にうつらうつらとしていた二人を見つけ、必要以上に大きな声で呼びかけた。
「おかえり、スクアーロ。君の誕生日の準備さ。迷惑料払ってよ」
利益を二重にせしめようとマーモンは近寄って来たスクアーロへと返事をする。
「なんでオレが払うんだぁっ!」
「君の誕生日なんか祝ってやってるんじゃないか」
「俺は頼んでねえぞお!」
「ルッスーリアから頼まれたんだよ。飾る花摘んで来いって」
「余計なことしやがって」
薄い黄色い花弁を見ていると、ベルはそれをカエルへと投げ付けたくなった。
然し投げ付けられるカエルがいないので、しかたなしにスクアーロへと落ちていた花弁を投げ付ける。
「ああ゛っ? ベル、てめえなにしやがるっ!!!!」
「隊長たんじょー日だから祝ってやるよ。フラワーシャワー?」
「どういう風の吹きまわしだあっ? まったく嬉しくねえがなああっっ!」
「王子がせっかく祝ってやってんだから喜べよ、カスザメ」
「つっかかんじゃねえっ、舐めたマネしてんじゃねえぞおぉっ! やんのかあっ?」
振り翳した剣は春先の輝きを集めて、彼の銀色の髪へとも輝きを反射していた。
「やんねえし。あ、そだこれ」
どこかから取り出したプラスティックのケースが、透明の冷たい色をして光りを帯びた。
「なんだあ?」
ベルの手に出現した長方形の小さな箱を不審な目で見詰めている。
「たいちょーの歯、これに改造したらいんじゃね?」
ナイフを投げる強い勢いで不意に箱は投じられた。
「あ゛? ああ゛っ?」
突拍子もなく投げ付けられた箱を、スクアーロは苦もなく中空で拾うと、透明な蓋から中に入っていたものを見て取った。
箱の中には脱脂綿が敷き詰められていて、中央には鋭く尖った灰色に光る矢尻のような物が置かれている。
「サメの歯。あげるよ、誕プレ」
「できっかあっ!」
「しししっ♪ いこ、マーモン」
「無駄に用意がいいじゃないか」
陽気に嘲笑うベルはマーモンを抱きかかえて立ち上がる。
「うん、だってオレ、王子だもん♪」
「なんの答えにもなってないけどね」
太陽の光が育む美しさや慈しみは、彼等とは縁遠い方向へと向かって真っすぐ伸びている。
伸びる影も滔々と珍しい程の安穏なミモザの甘い香りで満ちていた。
花は摘まずに芳香だけをまとうと、嬉しそうに鼻歌を歌いながら、王子と赤ん坊は城へと続く道を歩く。
(おわる)
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