カエル石


 肌にも瞳の奥にも痛みを起こす太陽の光を浴びて、日輪へと向かう花は大きく咲き誇っている。
 神々しい日差しを受け止めて、オレンジと黄色の中間の色をした花弁はひらひらと時折散ってゆく。
『ミーはそういうのに対して一家言もってるタイプなんですよー』
 何の話だったかカエルのようなこどもが、とても偉そうに誇らしげに理想を語っていたのを思い返した。
『……いーかげん?』
『一家言です、大変な理想ですよ。ミーのはすごいんですよー』
 酔っているかのように小さな手を拳骨にして重々しいテーブルを叩いた。
 その後で痛みに耐えかね涙の溢れた目頭を擦った。
『なんかしんねえけど、お前ぜってー意味わかってねえだろ?』
『そんなことないんですよー。ちゃんとわかってますのでー』
『わかってねえだろ』
『わかってますー』
『んじゃどんなりそーか言ってみろ』
『え〜っと、え〜っとですねー』
 否定を重ねられ首を左右に振りはしたものの、最終的には持っていたはずの理想すら掲げられずに考え込んだ。
 それは夏頃だったか、今が夏なら、いやそれは夏の来る大分前の出来事だったのだろうと、王子は思った。
 もう一度夏になったのを思い出して、沢山の向日葵に光が注いでいたのへと目を向けた。


 昨年か一昨年に、その中にあった一輪の花が喧しく歌っていたのを見つけた。
「ゲロンゲロン♪ ゲロンゴロン♪」
「ゲッゲロゲーゲッゲロゲーゲッゲロゲッゲロゲー♪ ゲロッ!」
「………おいカエル」
「カエルじゃなくて花です」
「どっからどう見てもミドリだしっ! 鳴き声カエルだろ!」
 沢山の花々が揺れる中に一輪とは呼べない、どの角度から眺めても花ではない碧色の頭があった。
「でも花なのでー」
 だがそれは風が吹いては揺れる花の群れの中で、風が吹いては一緒に揺れていた。
「あっそ。んだよ、今度は花でも売りつけにきたんか?」
「もうあったかくなって大分経ちました」
「……そーだな」
「これからまたどんどん暑くなります」
「そーだけど」
「そしてから、またどんどん寒くなるんです。こないだの寒さはちょっと身に沁みましたよ」
「だから?」
「なので、遠い所へ行くことになったんです」
「? どこ行くんだ?」
「あてどのない旅です」
 理解しているのかいないのか、自らの行く先を適当に答えにもならず答えた。
「しっしっしっ。死ぬんか?」
「そういうヒユ的な意味じゃないです」
「ならここにいりゃいんじゃね?」
「ダメなんですよー」
「っそ。ならさっさと行きゃいーじゃん。わざわざアイサツにくんじゃねえよ!」
「…………どっか行く時はアイサツしてけって言ったじゃないですかー? わざわざ来てやったのになー」
「言ったけど」
「あとこれ払いに来たんです」
 またガラクタばかりが入った風呂敷を広げて、ガラクタの中からきれいな赤色をした石を取り出した。
「なにこれ?」
「こないだの薬代ですよー」
「あれか」
「そうです、それです」
「んっでこんな石?」
「う〜ん、なんか夢ん中であんたがそんなかんじの持ってた気がしたので返します」
「…………もしかして医師と石かけてんのか? お前」
「ミーはオヤジじゃないので、そんなオヤジギャグ言わないんですよ。言ったの師匠なのでー」
「金じゃねえし」
「でも本物なのでいい石です。これで払いなさいと師匠が言ったので。ミーこれすごい苦労して掘り当てました。それも修行の一環だとかで」
 スコップを持って山へ籠もり、ザクザクと地面を掘り返したいい思い出を思い出した。
 そうして削ったりして石を頑張って加工したのをついでに思い返す。
「んなもんでジル様から受けた恩かえせっとおもーのか?」
「足んないんですかー?」
「ぜんっぜんたんねえから!」
「王子のくせにみみっちいですねー」
「お前なんしに来たんだよ!」
 少しも恩を返そうとはしないカエルのようなこどもに呆れて、王のこどもは痺れを切らした。
「だからお金はらいにです。ならしかたないので、もし遠い将来に再会してあんたが困ってたら、ちょっとだけ助けてあげますよ。ごはんくれたので」
「メシもらったら助けんのか?」
「微妙な大してありがたくもない恩を受けたので。一宿一飯の恩っていうじゃないですか」
「カエルの恩返しか? いんねえよ、んなの。お前はオレのペットだからメシやっただけだし。なあこれなんなの?」
「でっかい赤いとんぼの目玉じゃないですかねー、多分。かじっても中々割れませんし頑丈ですよ。あ、それめじるしにします。カオは忘れちゃうと思うし」
「お前これ食おうとしたろ! ゼってえ今てきとーに作ってっし! どー見てもトンボじゃねえし、さっきどっかから掘り起こして来たっつったろお前。返すとかわけわかんねえし、元からオレんだったら支払いになんなくね?」
「気のせいです。伝説の赤とんぼなので地中奥深くに眠ってたんですよ、きっと。掘り起こしてきれいに磨くの大変でしたよ。磨いた分が代金ですので」
「やっぱ磨いてんじゃねえか! ……………んな石だって」
「なんでしょう?」
「すぐに忘れんじゃね?」
「それはそうかも知れません」
「なら助けらんねえだろ? 恩返せねえな?」
「そうですねー、そん時はしかたないから返しません」
「いっしょー借りっぱなしかよ」
「しかたないですよねー、それもそれで」
「ほー」
 やる気のない恩返しに王子は呆れてカエルのこどもを見た。
「ほほー」
 カエルのこどもも呆れたように王子を眺める。
「ほー」
「ほほー」
「ほー」
「ほほー」
「意味ねえし!」
「あの〜……ミーそろそろ行かないとならないので」
 それを暫く続けていたらどちらからともなく面倒になり、カエルのこどもは唐突に別れの挨拶を切り出した。
「なあ、また来る?」
「……………もう来らんないかも知んないです」
「っそ。どこいくの?」
「今度行くとこはずっとずっと遠いとこですと、師匠が言ってたんですよ。飛行機で地面がつながってないとこまで行くんだそうです。金星とかよりは近いと思うんですけどねー」
 嘘は吐かずにカエルのこどもは少しだけ淋しそうな目元をした。
「もし戻ってきたらさ」
「う〜ん、どうなるかはわかんないんですが」
「ちゃんとアイサツしに来いよ」
「みかじめ料っぽいもの要りますかー? そういうの持ってないんで」
「オレ正統王子だし! そういう商売じゃねえし! でも住むんならちゃんとぜーきんはらえよ」
「ならちょっと考えときます」
「考えときますじゃねえよ、きっちりアイサツしろ」
「わかりましたー。おいしいの食べたいので行きます」
 以前に食べさせてもらった美味しい食べ物を思い返して涎を垂らす。
「食わせねえよ!」
「王子のクセにけちくさいなー」
「……………んじゃ、すげえまずい飯よーいしといてやる」
「! あのカサカサしたお菓子みたいのとか、すごいいいまずさでしたよ。あれがいいです」
 美味しくもなかった食べ物も思い出して、また涎を飲み込んだ。
「あっそ」
「…………そんじゃ」
「そういやさー、お前の名前きいてなかった気がすんだけど? 名乗りもせず無礼じゃね?」
「? 勝手にカエルって呼ぶからじゃないですかー? フランですよ。あんたの名前も覚えといてあげます」
「ふーん、フラン。オレは正統王子ジル様な」
「せ……? …………予想以上に長かったんで覚えらんなそうです」
「んじゃジル様だ」
「んじゃじるさまださん?」
「もージルでいいから」
「もーじるで…」
「ジル様」
「ジルさんですかー。わかりましたー」
「ジル様っ!」
「ジルさんですねー」
「さま!」
「いやーないですねー。様とかは」
 王子の拘りは然しカエルのようなこどもには理解されないままに、ごみの袋へと分別されるように適当におざなりに呼び方は定められた。
 まだまだ続いてゆく真夏が何時まで経っても終わらないような気がしていた。
 風の中でもう一度向日葵が揺らぐと、もう既に碧の髪のこどもの頭は、緑の葉っぱに紛れて見えなくなっていた。

(おわる)



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