かき氷サマー
チリチリチリンと涼しい風が吹いては抜ける。
風だけは涼しかったがアスファルトの熱気は止まらず、照り返した日差しが彼等の肌を射る。
シャリシャリシャリシャリ。シャラリシャラリシャラリシャラリ。
遠い所から聴こえる音のようにも思えた。
微かに冷ややかな空気の流れに気付いて顔を上げると、駄菓子屋の軒先ではこども達がはしゃいでいる。
赤や、黄色や、青や、緑色の思い思いの味のかき氷を手にしては盛り上がっていた。
こども達が見せ合いと食べ比べを終えてかき氷を食べながら去ってゆくと、店の軒先は途端に午後の静けさを取り戻す。
中くらいなのとものすごく小さなのと、アスファルトの熱気で満ちた坂を上って来た二つの影法師は狭い駄菓子屋の前で足を止めた。
平常から商っている菓子の他に、夏季の間だけ売っているかき氷の宣伝の暖簾がはためいている。
「メロン、イチゴ、ブルーハワイ、レモン……じゃなくてパイナップル……? どれにするマーモン?」
「……パイナップル? レモンじゃないのかい?」
「パイナップルって書いてあんぜ?」
「……ふ〜ん、なんだか嫌な味わいだね」
「…………ん。オレメロンにしーようっと」
「僕はいらないよ、こんなの氷にシロップかけただけのぼったくりじゃないか」
「しししっ、そういうと思った。おごってやるよ」
「悪いね、じゃあイチゴミルク。ミルク多めで頼むよ」
王子の奢りだと知ると、全く悪くはなさそうに小さな赤子は即答で注文を出した。
「あ、ずっりー。ならオレあずきかけてあずき」
物静かに注文を聞いた主人は頷いて物静かに響く音を立てて氷を削り始めた。
何もなかったプラスチックの器の上へと、冷たさが少しずつ少しずつ降り積もってゆく。
『なんですかー、その組み合わせ。メロンにあずきのミスマッチさとか、サイアクだと思うんですけどー』
思い出したのは耳の奥の方にいつからか残っていた生意気で可愛げのない呟きだった。
「どうかした?」
不意にぼうっと暗がりになっていた店内を見ているのか見えてはいないのか定かではない。
考え事をし始めた様子のベルを不審に思ってマーモンが声をかけた。
「メロンにあずきサイアクーだってさ。マジムカーっ」
問いかけられて現在がどこなのかを思い出して、彼は微かに未来から持ち越した苦笑を返した。
「? 合わないと思うね、確かに」
「うまいもん」
否定された旨みの存在をムキになって擁護した。
『かと言ってイチゴミルクとかはなんの面白みもない味ですしー』
溜息を吐いてはまた考え込むのを繰り返した挙げ句、小一時間ほど大して種類のないかき氷の中からどれにするかを迷っていた。
「イチゴミルクは面白くねえ味なんだって」
蒸し返して巻き込むために、普通の味の普通のかき氷すら認められていなかったのを報告した。
「ムッ、失敬だね。誰がそんなこと言ったんだい?」
「未来のコーハイ」
「そいつにいつかどこかで会ったら、締めてあげるよ」
海中にいるように宙空を浮遊したまま口元を不愉快に歪めて、未来の後輩の無礼へと怒りを見せた。
「ただ? ラッキー」
「まあ今日奢ってもらったからね、それに言うだろ?」
「なに、謙虚じゃん?」
「タダより高いものはないってね。君に借りなんか作りたくないのさ」
ベルの胡散臭い顔を見てにやりと笑ってから、マーモンは店主へと向き直って出来上がったイチゴミルクのかき氷を受け取った。
「タダはタダだし、しししっ♪ 今日はだってさ」
ベルもサクサクと食べるのに夢中になり出したマーモンを眺め返して、頭を軽く二度か三度叩いた。
「なんだい」
「誕生日じゃん? マーモン」
「覚えてたのかい」
「あったりまえじゃん」
切りのいい所で差し出されたベルの分には、緑の鮮やかなシロップがかけられあずきが乗せられていた。
「プレゼントはお金でいいよ」
「いーぜ」
駄菓子の中から数枚の五円と五十円と千円の形を模っているチョコを乱雑に手に取り、それも一緒にカードで会計をする。
袋に入れられた菓子と氷の入った器を手にして、二人は駄菓子屋を後にした。
『やっぱこれが最強だと思うんですよー』
カエルを被った後輩は、まっしろなミゾレのシロップをかけた上に駄菓子のアンズのジャムを捻って大盛りに盛った。
満足気に掬い上げて口に運んでから、美味しそうに背筋を震撼させる。
『ミゾレにアンズジャムかけて食うヤツに言われたくねえっての』
『ミーは通なんですよ』
『なんのだよ!』
『ゲロッ! かき氷のですー』
『んなのねえし!』
『いえ、ありますー。ミーかき氷スペシャリストの試験受けて合格したので』
『ウソつくなっての。あんならショーコ提出な』
『センパイじゃないから、そんな下らないウソ吐きませんー。ちなみに二級です。ほら合格証もこの通りー』
『マジ? ……この紙なんかちゃっちくね?』
どう見ても胡散臭い証明書を受け取って粗を捜し、名称以外に取り立てておかしな部分を見付けられなかったのに、それでも真偽を疑った。
『妥当な紙だと思いますー、言いがかりはやめてくださ〜い』
『こっち食ってみ』
『え〜、う〜ん』
『ほら』
ベルは渋々と迷っていたフランへとあずきとメロンのかき氷を乗せた、赤い線の入ったスプーン型のストローを差し向けた。
また一瞬だけ戸惑った顔をしたが、大人しく先輩の言うことを聴き入れてフランはベルの手からかき氷を食べる。
『!』
『ど?』
『予期していなかった新感覚で画期的な味ですね〜。正直すみませんでした〜』
『な? こっちのがうめーだろ?』
『センパイが奨めて来たにしてはまあまあいい味だと思います〜。でも暫定三位ぐらいですねー』
微かでにこやかさに乏しい目元で嬉しそうな感情を伝える。
『てっめーは一言多いんだっつの! スナオにうまいって言え』
だが余計に付け足された不要な感想へとまたナイフが投げ付けられた。
『あー、いたい。……言ったのになー』
『もっとスナオにな!』
売り言葉や買い言葉は好きな時に売買出来るわけでもなく、結局その店でも彼はいつかどこかで売られた言葉と買われた言葉を今日はもう使えなかった。
振り返った店舗の軒先に見えたのは風を受けて翻っている風鈴の短冊だった。
また前を向くと夏の日差しは地面に激しく照り返していて、道行く人々の視力を奪う。
元から奪われる広い視界を持っていない彼等は、太陽すら存在していないように滞りなくかき氷を食べながら歩き始める。
坂を下ってゆく暗さが濃くなった影法師は、上って来た時よりも少しだけ長く伸びていた。
(おわる)
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