カエル色
日頃の悪い行いが祟っていて近頃の運気が悪い彼はその日も機嫌が悪く苛ついていた。
発端は数日前からのことだった。
探せども探せども後輩の姿が見当たらず、誰かを呼び止めて訊ねる暇もないほど皆は忙しなく働いていた。
王子である彼は常日頃から忙殺などという言葉とは縁遠かった。
だが雑務を押し付ける後輩が見当たらないことにより、彼の部屋は否応なしに日毎に荒んでいった。
「ねー、隊長。カエルどこの任務いってんの?」
漸く出張を終えて帰って来た作戦隊長を引き止め、募っていた腹立ちをぶつけ始める。
「知んねえぞお? 大体オレだって帰って来たばっかりだあ。そういえばいねえなあ?」
「チッ、役に立たねえの」
「ベル、てめえはオレに喧嘩売りにきたのかあっ!?」
「ちがーし。カエル捜してんだって」
「カエルなら庭にいんだろおっ!」
「…………そのカエルじゃねえもん。あとオレになんか言うことないの?」
「…………? なんだあ!? おいルッスーリア、なんか連絡あったか?」
「ちっとは自分で考えろよ、カスザメ」
後ろを振り返って同じく任務から帰宅したルッスーリアに助けを求めたスクアーロを、ベルは不機嫌に拗ねた口をして眺めている。
「んなんだとおおお! めんどくせえ奴だなあ!」
「んもっ、スクちゃんたらデリカシーがないんだから。ベルちゃんはお誕生日おめでとうって言って欲しいのよね☆ 夜までにはちゃんとパーティの用意するわよ、心配しなくたって」
「んなんじゃねえしー。あーあ、部屋もーどろっと」
二人を後にしてベルは部屋へと踵を返す。
建物の内部は外部の寒さと遮断され、何の温度も彼等は感じていなかった。
「なんだ、誕生日かあ?」
「忘れてたの?」
「忘れてたわけじゃねえ。ちょっと思い出せなかっただけだあっ!」
「疲れてるのねえ。そうよねえ、ベスターのお肉の調達大変だったもの」
終始面白くなさそうだったベルが踵を返して向かった先を眺めて、スクアーロは声を荒げていた。
ほとほと彼に同情しているようにルッスーリアはしみじみと頷いた。
うつらうつらと効いていた部屋の暖房のちょうど良い温さに、ベルは部屋のソファで居眠りをし始めた。
「……ル…ま、ベル様」
「…………なんだよ? 入れ」
扉を叩く硬い音とともに部屋の外で隊員が硬い声でベルを呼び、扉が開かれたら開かれたで古めかしい音とともに隊員はぎこちない敬礼をしながら立っていた。
「お荷物が届いております」
「オレ? なんも頼んだおぼえねーんだけど。なかみなに?」
「生もののようです。箱にはカエルと書いてありました」
「あ? カエル……? まあいーや、運んで」
心当たりのどこにもない贈り物を拒絶するでもなく興味を持った。
「それがですね」
「どーかしたんか?」
「それがどうにも不審なものでして、こちらにお運びするのは少々危険かと」
「不審物? 爆弾とか入ってんの?」
「なんといいますか、非常に大きな箱なんです。探知機で確認した所、爆発物の可能性は低いようですが」
「持ってこれねえの?」
「難しいかと。いかがなさいますか?」
「送り主は?」
「ジャッポーネの、六道骸となっています」
「あ゛? 六道骸?」
その余りに意外な依頼主に拍子抜けして、ソファから滑り落ちそうになった。
しかたなしに立ち上がると、案内されるままに絨毯の敷かれた廊下を抜けて階段を降りて玄関へと向かう。
廊下の窓から見えた外の風景には、凍えるような青空が輝いていた。
その青の厳しさは部屋の窓から見えたのと少しも違わず、ただ冷たく凍えていたようだ。
ひどく鮮やかな後輩の髪と似た色の包装紙を眺めて、ベルはフランがいないことをまた思い出した。
「も、行っていーぜ」
「ですが」
不審な贈り物を警戒し、部下はベルの傍らから離れるのを躊躇っていた。
「行けよ」
まだ治まらない苛立ちで荒げた声に隊員は肩を微かに竦め、失礼しますと言い残して立ち去った。
腰の高さ程度の大きな箱と一緒に取り残されたベルは、暫く考えあぐねて結局箱を開くことにした。
包装されていた包みを解いた所で、メッセージカードが添付されているのに気が付き、シールで留めてあった封を開いて中に入っていたカードを取り出した。
“親愛なるベルフェゴール
いつも愚かな弟子がお世話になっています。
僕からのほんのささやかな贈り物です。
君に多くの幸福が訪れるよう祈っています。
六道骸”
カードを破り捨てようとした薄気味の悪さを堪えて箱の蓋を開く。それと同時に軽い爆発のような音がした。
顔を目がけて飛んで来た物質を避けるのに、首を軽く傾けて取り出したナイフを投げ付ける。
「あっぶねーんだけど」
手応えのあった目の前の箱から意識を離さずに、後方の床へと瞳を向けてゆく。
火薬の香りは確かに鼻へ付いたが、そこへ落ちていたのは色の付いた紙ひもだけで単なるゴミに見えた。
「センパーイ、おたんじょうびおめでとうございますー」
振り返った時に長閑な声がして軽い苛立ちを覚えたベルは、条件反射的に目の前の物体を殴り付けた。
「なにやってんだ、クソガエル!」
「あだっ! なんで殴りましたー?」
「なんかムカついたから。どこいってたんだよ」
「ジャッポーネから箱に入って飲まず食わずで空輸と運送されてましたー」
「あ゛っ? なにマジで送られてきたわけ?」
「そりゃそうですよ。師匠に頼んで」
「…………なんなの、お前。お前の師匠もとめねーのかよ! きもちわりーカードまで付けやがって!」
「ミーの輸送されたいという情熱は誰にも止められませんでした。師匠はむしろノリノリでしたよ。……なにってプレゼントです」
フランの一度輸送されてみたいという無益な願いは、ここまで誰にも阻害されることなく易々と叶えられた。
「へー、プレゼント」
「そうなんです、プレゼントなんです」
「んじゃお前がオレのものになるってこと? んじゃこれからメイドなメイド」
「…………あ〜。でもメイドとかではなく、おきものとかとして使用してください」
「働けよ」
「嫌ですよ。そんなつもりじゃないので、そういうのは用途がちがうんです」
「んじゃおきものだったらデコピンとかされても騒ぐなよ?」
「あ〜それもちょっと。あんま痛いと壊れちゃうと思うんですよ」
「ナイフ刺したって死なねーやつがよくいうの」
遠慮の必要性を全く感じずに、ベルは口答えばかりする全く可愛さのない後輩へと久しぶりに思い切りナイフを投げ付けた。
「わっわっわ〜っ」
最初の数本は勢いよく避けたものの、最後の方は避けきることが出来ずに結局いつものようにナイフが刺さる。
「しししっ♪」
命中したナイフに満足し王子はいつもの上機嫌な声で嘲笑った。
「もっと大事に扱ってくださいよ〜。ほら壊れ物って書いてあるじゃないですか〜?」
箱の包み紙に貼り付けてあった伝票を指で差したが、そこにはその文字は書かれていない。
「生ものって書いてあんじゃん? 壊れ物なんて書いてねえし!」
「…………あれ? 確かに書いてもらうように頼んだのになー。師匠最近忘れっぽいんですよねー」
意図的に書かれなかった注意事項は忘却したことにされた。
「くだんねーの」
ベルはそう言いながらも嬉しそうに取り出したナイフを次から次へとフランへと投げている。
「なら刺すのやめてください」
「だっておきものっつったらナイフ当てて遊ぶじゃん?」
「そんな遊びしませんでしたー。ミーの田舎ではおきものは大事に箱に入れられて飾られてますのでー」
「うるせーよ、バーカ」
性能の良いナイフの的をプレゼントされて楽しそうに愉快そうに、ベルはそれから暫くの間フランへとナイフを刺してははしゃいでいた。
フランはゲロゲロとナイフを抜いては、王冠やカエルやミンクなどの形に折り曲げてゆく。
寒さや暑さなど彼等の居場所には存在せず、居心地がよく満ち足りた空気だけが蔓延している。
やがて台所からスポンジの焼けている甘い香りが漂い始め、何かが手際よく調理される音が聞こえ始めた。
フランは腹が鳴った音で飲まず食わずで空腹だったのを思い出した。
ポケットを探るベルは、適当に入れてあった駄菓子を取り出して袋を開けた。
ベルが取り出した菓子を一つずつ放ったから、フランはそれを上手く口でキャッチしてサクサクと食べてゆく。
一頻り食べ終えると暫くは始まらない夕刻を楽しみにして、彼等は外に出て痛々しい青い空を眺めることにした。
(おわる)
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