Northern Lights
待ち侘びた闇夜の中に、数多の星の輝きが降り注いでいる。
彼らの元まで光が届くことはなく、姿を照らしてはいない。唯見えていただけだ。
程遠い星空を掴むように青年は背伸びをして、外套で防寒していた両腕を伸ばす。
「心が洗われるような星空ですね」
見上げた寒空へと上げられた感嘆の声に相槌は返らない。
「あんな無益なものになんか、興味ないさ」
僻地までの任務のついでに寄り道を促されて、気付けば極北まで連れて来られていた。
彼がすることは不満に思うよりも、呆れが先に出るようになっていた。
「せっかく来たんですから、空を見上げてみてください」
「ただの空じゃないか」
促されて見上げたが、その時にはまだ何の変哲もない夜が見えていた。
「ほら、始まりました」
その瞬間、空で光源は爆発した。
「…………なんだい、あれ」
見つめた空の狭間から眩い白色の混じった緑の光が荒々しく拡がってゆく。
「極光のブレークアップが始まったんです」
「へえ」
「まったく不思議です。なにもないように見える所から、あんなに光が降り注いでくるんですから」
「おもしろい現象だけど、得るものが何もないよ。僕に幻術であれを創れとでもいうのかい?」
「それも素晴らしい案ですね。あなたは何でも創れるんですから」
彼はただ禍々しい悪夢ばかりを創り続ける少女に、清らかなひと時を与えたかっただけだ。
「嫌だね、あんなの作っても僕は一円も得しないじゃないか」
「気晴らしにはいいと思いますよ、あの風景も」
「……でも、あの音は嫌じゃない」
耳を澄ませて彼女はオーロラの音を聴いている。
実際にその音が聴こえるわけはなかったが、彼女の耳にはいつまでも音が残っていた。
オーロラの光から溢れていたのは、喜憂に満ちた凛とした響きだ。
磁力線に沿った光の波は留まることを知らずに、形をすぐに変えてしまう。
その度に流れてくる音も目まぐるしく変化していった。
「音ですか?」
「うん」
少女の白い頬がほのかな紅に染まって、冷気に触れてはいないのに体の隅々までが凍えたように冷たい。
彼女の芳しい香りすらも、氷点を回った空気が凍らせている。
「私も一度聴いてみたいものです」
少し近い距離に気が付いて、青年は少女から瞳を避けてしまった。
そうして願うように自らの生かされている空をまた仰ぐ。
必ずしも輝かしく存在するとは言い切れない未来を、二人は緑天の映った瞳で睨み付けていた。
(おわる)
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