真夜中奇想曲


 夜空は乾いていて、雨は降らず、雪も降らない。
 寒くて暗い冬に入る前の夜は月の明りにすら照らされず、幾千の星の一つすら見えない。
「……こんな時間になにしてるんだい」
 眠れずに外をぼんやり眺めていて、微かに見えたような気がする人影を追って、庭へと降りて来た。
「修行です」
「なんで、今真夜中だろ……?」
 部屋で見ていた時計の時間を思い返して、表には出ていない瞳を怪訝そうに顰めた。
「闇の中でも闘えるように、目を慣らしているんですよ。こんな晩は本当の闇に近くて、修行に打って付けなもので」
「ふーん」
「あなたも修行ですか?」
「術士には光も闇も関係ないさ」
「まあ、そうなんでしょうが……。用事がないのなら、少し修行に付き合ってくれませんか」
 真夜中の庭へと出て来た理由へはそれ以上触れられず、彼は既に次の話題へと内容を移していた。
「なんで僕が」
 尋ねられても返答し辛い理由を訊かれることなく、安堵して息を呑みこんだ。
「折角外へきたんですから」
「僕は体術なんかできない」
「では、その辺りにある石なんかを投げ付けてくれませんか?」
 判然としない弱い否定を、曖昧で謙虚な肯定と受け取っていた。
「……わかった、いくよ」
 渋々と頷いてしゃがみ込んで拾った小石を、右手で力任せに投げ付けた。
 だがあまりの非力さで、小さい石すら青年の所まで届かずに途中で地面へと落ちてゆく。
「できれば私の所までお願いします」
 構えの姿勢を取っていた彼は、肩透かしを食っても笑わずに真剣に受け止めただけだ。
「…………悪かったね!」
 フードから見えていた頬を微かに染めて、届かなかったのを彼女は自分でも不満に思っていた。
 そうして、もう一つ土の中から見つけた白く見える石を、また風の方へとぶつけるために投じたつもりだった。
「……どうして届かないんでしょうね?」
「…………しっ、しかたないじゃないか。だいたい、体術は得意じゃないって言ったろ」
「体術という程のものではないような……、あなたは少し腕力を鍛えた方がいいかも知れませんね」
「そんなの、僕の勝手だろ! よけいなお世話さ」
「でもあまり怠けていると、体が使い物にならなくなりますよ」
「術が使えれば困らないさ」
「私でよければ、相手になります。どうぞ打ち込んでみてください」
「いい!」
「偶にはいいじゃないですか?」
「いいってば!」
「さあ、早く!」
「なんでそんなにやる気なんだよ!」
「どうぞ、私の腕のこの辺りをめがけて打ってください」
 姿勢は崩さず、意見を退く気もなく、不必要なアドバイスをした。
「もうっ」
 いい加減にうんざりと苛立って少女は近付いて腕を振りかざした。
 だが素早く振りかざしたつもりの腕は、最小限の小さな動きで封じられる。
「この辺の筋肉の付き方がイマイチですかね…」
 何時の間にかバイパーの右腕は風に掴まれ、動作ができなくなっていた。
「ちょ、……なにするのさ!」
「一日に五十回程度の腕立て伏せと、腹筋から始めた方がいいでしょう」
「やだ! そんなのやらないからね!」
「それから、持久力ももう少しあった方がいいですよ。十分程度は走った方がいいと思います。私も朝、少し走ってるんですが、一緒にどうですか?」
「やなこった!」
「朝の空気はとても心地よくて、一日が始まるのが嬉しくなるものですよ」
「もういい! 僕は部屋に戻る」
「バイパー、待ってください」
 少女が怒った理由を計りかねて、踵を返そうとしているのを視線でだけ追っていた。
「……本物の暗闇の中で修行したいって言ったよね」
 何事かを思い付いたのか、立ち止まって振り返ると、青年の方をじっと見つめているようだった。
「ええ」
「だったら、見せてあげる。一条の光すら届かない闇をね」
 景色が変化してゆく瞬間が来たのを悟って、彼らは一斉に固唾を呑んだ。
 周囲には先程あった真夜中よりも黒くて暗い、瞳を凝らしても何も窺い知ることのできない暗闇が突如として訪れる。暗い物質に満たされている、宇宙の一角がそこにはあった。
 空気の中から鋭利な音が響いたのに気付いて、青年はその音を軽く避ける。
「ありがとうございます」
 彼は彼女の苛立ちを好意と受け取り、次から次へと表出する真黒な影を感じるために意識を傾けた。
「そんなこと二度と言えないようにしてあげるよ」
 攻撃的な復讐を受けても、風はどこか楽しそうに攻撃をかわし続けてゆく。
 外側の世界の自然の闇が明けるまで創られ続けた暗がりと幻は、明け方の光を浴びると夜露と同じく消えてしまった。


(おわる)



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