喪わされてしまった季節



 清々しい大空はいつも、彼等から大切な物を奪ってゆく。
 いくつかの共有していた物事を一つまた一つと失くしてしまっていって、残されていたのは僅かな同等の意識だけになった。

 影が落ちる。
 今の直前に落ちたわけではなく、さっきまでの既に落ちていた影が日輪の傾きに沿って濃くなっただけだ。
 真昼の空の鮮やかさばかりに気が向いていて、目に入ってはいなかった影が不意に瞳へと映る。
 日射しから感じる温もりは昼よりも弱くなったようなのに、近付いた闇のせいで異様なまでに伸び拡がり、必要以上に大袈裟に感じられた。

 また沈んでゆく夕陽が浮き上らせた、空気の不穏さに捕らわれて逃げ出せなくなった足を、無理矢理に動かした。
 やがて来てしまう本来の喪失を思って、流していた涙を彼女は藍色の服の袖で拭う。
 見えていたのは同じ意識のみがマイナスされた、彼とは何等交わることのない不善な結末だけだった。
 肥大した影はまた少し濃くなって、世界の大部分を侵食してゆく。
 膨大な長い時間を待ってみても、彼等を救う恵みの雨は降ることがなく、土は乾いてゆく。
 季節を感じて吹き荒れる大地は、一緒に不必要な砂埃ばかりを立てて雲を流す。

 鋭い耳鳴りと雷光のようなめまいは暫く止まなかった。

 喪わされてしまった季節でもまた巡って来るのだと、彼等はあの日からずっと後に気が付いた。
 誰からともなく、誰彼かまわず、咲かないと思っていた花すら、色を移し朽ちてゆくのを見た。

 氷になった指先で影の深い所へ触れると、影すら固まっていった。
 擦り減らした感情を刃のように向けて、霧霞の中から抜けられなかった彼女は今日もまた彼を傷付けた。
 傷付けるつもりもなかった彼の優しさは、不用意な他愛ない言葉の端々で彼女の心を抉り続けていた。
 花びらのようにひ弱い心を、純粋な実直さで嵐のように乱暴に掴んでしまっていた。
 強さゆえの鈍さや清廉であるがゆえの奢りで、それすらを悟ることができずにいた。
 だが今は、殺風景な色彩の中に靡いてゆく赤い服の袖を気にもかけずに、彼は彼女が望郷かなにかの表情を唇へ浮かべたのだけを黙って眺めている。
 


(おわる)



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