特別な当たり前




「一日遅れちまったけど、メリークリスマス」
「……あぁ」

 グラスが軽くぶつかって、静まり返った部屋にその音が響く。しばらくの間互いにグラスに入ったワインを無言のまま飲み続けていたが、それが半分の量になったあたりでアキラを見ていた源泉が口を開いた。
「悪かったな。昨日はせっかくの日だったってのに」
 申し訳なさそうな表情を見せて、そう呟く。
「仕事なんだからしかたないだろ。俺は別に気にしてない」
 元々それで駄々をこねるような歳でも性格でもない。クリスマスにさほど興味がないアキラにとってそれは些細なことに過ぎなくて、気にされても困ることのためそう返したのだが、当の源泉はなぜか楽しそうに瞳を細めている。
「相変わらず若いのにクールだねぇ。そこはもっとごねてくれてもオイチャン的には嬉しいんだがな」
「……なんでだよ」
「そりゃかわいいから」
 真顔でそんな事を言われると、言い返す気も失せる。残ったワインを喉に流し入れ、言葉のかわりにため息を吐いた。そしてやり場のなくなった視線を部屋の小さな明かりを反射するグラスの光に向ける。
 昨日はそれどころではなくてクリスマスという事すら忘れていた。
 本人はいつもと変わらずおちゃらけてはいるが、時には危険が付き纏うのが源泉の仕事だ。変な奴らに狙われて怪我をして帰ってきたことだってある。だから今回戻ってくるのが予定よりも一日遅れるとわかった時は、その時のことを思い出して頭がいっぱいになっていた。
 特別な一日よりも、当たり前に続く毎日が大切に思える。
 今こんな風に思っていることを言ったら、源泉はどんな反応をするのだろう。やはり子供だと笑うのだろうか。
 空いたグラスを弄びながらそんな風に考えていると、同じくグラスを空けたらしい源泉の腕がアキラの肩に掛けられた。
「どうかしたか? お前さん今日はいつになく無口だぞ」
「……別に。そんなんじゃない」
「やっぱり本当は拗ねてるんだろ」
「違う。ただ俺はオッサンが……。っ」
 のせられたことに気がついたのは、言い返そうと身を乗り出したアキラの頬に源泉が優しい笑顔を向けながら手を差し出してきた瞬間だった。
 ハッとして元の場所に座り直そうとしたがすでに遅く、しっかりと腕が捕らえられている。

「ん? オイチャンが何だって?」
「なんでもない」
「好きだー。とか?」
「違うっ」
「おいおい。それを否定されちまうとオイチャン傷つくぞ」
「だからそういう意味の否定じゃない」

 気がつけばすっかり源泉のペースにはまっていて、完全にからかわれている。
 そう思うとこうして必死に否定していることが恥ずかしくなり、顔を反らすようにして源泉の肩に額を押し付けた。
 ……心配、だった。
 そして耳をすましていなければ聞き取れないような声で、本音を呟く。
 信じていないわけではない。むしろ信じているからこそその存在が自分の中で勝手に大きくなっていってしまう。困るくらいに。
「全く、かわいいこと言ってくれる」
「……」
「アキラの中でオイチャンはクリスマスに勝っちまったってことか」
 本当に嬉しそうな声でしみじみ言われ、アキラはゆっくりと顔を上げて視線を合わせる。すると今度はなぜか急に源泉の方がうろたえはじめた。
「ん?」
「はは、こりゃまいった」
「どうか……したのか?」
 こんな源泉を見るのはあまりないことで、軽く首を傾げると急に腕を強く引かれて再びその腕の中へと抱き込まれる。
「無自覚なのは罪だな」
「だから、なんのことだよ……」
「酔って潤んだ目で見つめられるこっちの身にもなれって」
 押さえきれなくなるだろうが。と、熱がこもった声で呟くように吐き捨てられた言葉の後、源泉はアキラの頬へと口づけた。
「っ」
「お前さんがそうやって無自覚に誘うから、簡単にたがが外れちまう」
「ん、ふ……ぁっ」
 今度は唇が重なって、それはすぐに深い口づけに変わる。
 ワインがまわっているせいか、それともこのキスに酔っているのか、細くなった視界の先にある瞳もどこか潤んで見えた。そんな熱が浮かぶ視線に引かれるように、アキラも源泉の舌に自らの舌を絡ませる。

「こりゃ、来年はクリスマス前後は休業かねぇ」
「どうしてだ?」
「そりゃ……あれだ」
「なっ、おいっ、降ろせ……っ!」

 ふわりと抱き上げられ、体が浮かぶ。言い返して暴れようとしたのだが酔いのせいで回った視界に思わず瞳を閉じている間に、窓際へと運ばれゆっくりと降ろされた。
「せっかくのこれを大人の余裕で楽しめなくなるだろうが」
「……これ?」
「オイチャンとしてはここからの景色はなかなか気に入っててな。アキラに見せてやりたい場所の一つだったんだぞ」
 自分ではここまで酔っているとは思っていなかったが、もう立っているのが精一杯の状態のせいで、アキラは源泉のシャツを掴んだままその視線を追うように窓の外を見た。
 部屋との温度差で曇った窓ガラスの外には、街に飾り付けられた電飾がチカチカと瞬いている。しかし、クリスマスはもう昨日で終わってしまったというのに、なぜまだイルミネーションが光っているのだろう。そんなアキラの疑問を汲み取ったかのように、源泉が口を開いた。
「こっちは年明けまでこのままのことが多いからな。にしても……綺麗なもんだ」
「そうなのか……。確かに綺麗だな」
「だろ? なのにアキラは俺から簡単に大人の余裕を奪っちまうからなぁ」
「俺のせいにするな」
 小さな声で呟き笑った源泉の指が、アキラの顎を捕らえてゆっくりと唇をなぞる。
「……っ、やめろって」
「いーや、お前さんが悪い」
「だからなんでだよ」
「俺が嬉しくなるようなことを素直に言ったりするから……だ」
 ずっとおちゃらけたままだった雰囲気がそこで一転したのがわかる。絡まるように合わさった視線が、アキラの鼓動を強くさせていく。

 特別な一日。
 でもそれもやはり当たり前に存在している一日。

 どれだけそれが自分の中で大切な時間となっているかを思い知りながら、引き合うように再び重なった唇にゆっくりと溺れていくのだった。


終わり


あとがき
 サイト初の源アキです。
 しかもクリスマスだけじゃなくて、年も明けてしまってからの更新になってしまいました。
 でも、ケイアキのクリスマスも季節外れに書いたので、いいか(笑)
 源アキってED後もかなり雰囲気的に甘めなイメージが強いです。多分小説のせいだろうなぁ。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。

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