黒の時間




「アキラァ……っ」
 頭の中が白く弾ける感覚に包まれて、ケイスケはアキラの中へと白濁を放った。そして荒くなった自らの吐息に満足しながらすでに気を失ってしまっている彼の頬にある涙の跡をゆっくりと舌先でなぞりとる。
 アキラが苦しむ顔。
 アキラが恐怖に怯えた顔。
 アキラが泣いた顔。
「見た事ない顔、たくさん見れたよ……アキラァ」
 フッと笑いをこぼしながら、中から自らの雄を出す。すると気を失っていてもそれを感じたのか、アキラが小さく呻いて身を捩った。
 そんな動作一つとっても全てが愛しくて愛しくてたまらない。そしてそれと同じくらい憎くて憎くて仕方がない。
 温かかったアキラの中を思い出し、ケイスケの体が歓喜に震える。捲り上がったTシャツから見える白い肌に顔を埋め、思いきり息を吸い込んだ。
「やっぱり、いい匂い……」
 さっきまでの狂気が嘘のように静まり、辺りの静寂に溶け込んでいく。微かに入り込む光はアキラの肌を青白く照らして、生気がない人形のように見えた。
「アキラァ……」
 髪を撫で、その指は頬をなぞって唇に触れる。人形とは違う生ある者がもつ温もり。これを奪ってしまえば、アキラの全てが手に入る。肌をなぞるように指を動かしながら、その時を考えて喉が鳴る。
 思っていたよりもずっと温かな血の感触。
 きっとアキラのそれは、穢れなく綺麗なものだろうと考える。それだけで気持ちが高ぶった。
 いっそのこと今ここで……。とも思い唇に触れていた指を首へと下ろしていくが、なぜか力を込める事ができない。
 どこよりも静かな空間にアキラと二人。それはとても心地がいいと思えた。ケイスケの中に残った微かな何かが今この静寂を愛しいと感じてアキラを生かしている。
 ……アキラ。
 何度呼んだかわからないその名前。恐らく自分は他の誰よりもアキラの名前をたくさん呼んだだろう。言葉にする度に愛しさと憎しみがケイスケの中に芽吹いて茎を伸ばしていく。

 好きだった。本気で。おかしくなるくらい。
 だから、アキラの役にたちたかった。ずっと前から。
 だから強くなれば、苛立たせないですむと思った。守れると思っていた。
 だから――だけど。

 かつてケイスケが一番に願っていた事が、そんな記憶とともにゆっくりとラインに増幅された憎しみの波に飲まれていく。ずっと一人で抱えてきた思いが、決して望んではいなかった形で叶おうとしている。
 それでも、根付いてしまった憎しみは止まらない。愛しさとの狭間すらもうわからない。
 呼吸によって穏やかに上下する肌を見つめて、そしてその唇へケイスケは唇を重ねる。これが最後だと自分の中の何かを嘲笑いながら手で顎を押し上げて、微かに開いた口内へと舌を押し入れた。動くはずのないアキラの舌にそれを絡め、軽く吸い上げてゆっくりと離す。

「アキラ……っ」

 体が小さく疼いた。このままここにいれば、押さえきれない思いが望むままにアキラを手にかけるだろう。
「でもさァ、まだ楽しませてよ。アキラァ」
 今にでも殺めてしまいたい名残惜しさをその言葉で打ち消して、ケイスケはまだ露出したままだったアキラの下肢に落ちていたジャケットをかける。
 アキラをどうにかしていいのは自分だけ。
 どうせ予備のラインも切れている。それを得るついでに辺りを掃除すればいいだろう。

「だからさ、ゆっくり眠りなよ」

 返事がないのは承知でゆっくりとその場所を後にする。
 そして店を出たところでまたアキラを全て手に入れる時の事を思い、低い声で笑いをこぼしながら闇に身を消したのだった。

終わり

*あとがき*

 ドライバーの後、アキラが起きた時に「ジャケットが下肢かかってた」って描写を見て、考えてみたクロスケの話です。時間軸が短いため、話も短め。
 全てを終わりにしようと思うのが雨の中でのシーンみたいなので、まだキレきってない少し儚いケイスケもちょっとだけ交えてみました。
 視点はラインによって増幅していく真っ只中のケイスケ。そう考えながらも特に意識してなかったので見返すと境目が謎ですが、ケイスケはケイスケでクロスケもケイスケって事で(笑)
 ここまで読んでくださってありがとうございました。
10/20

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