二人は今日一日のことを話しながら、工場の近くへと戻ってきた。
「……あれは」
アパートが視界に入ってすぐに、アキラの視界の隅に一台の車が飛び込んでくる。
「あ、工場長の車だね。アキラ、挨拶していこうよ」
「ば、バカ! 待てっ」
駆け出そうとしたケイスケのブレザーの端を掴み、それを引き止めると、アキラは全力でアパートの方に向かって走り出した。
「あ、あれ? アキラァ……ちょっとっ」
ずるずると引きずられながら付いてくるケイスケの不思議そうな声が聞こえるが、今はそれどころではない。
もちろんいつもだったら普通に挨拶をしていた。
しかし、今自分達は制服を着ている。こんな格好で挨拶になんて行ったら、恐らく明日からの話題は決まったようなものだ。それじゃなくても普段からケイスケとのことをよく突っ込まれているというのに、考えただけでも困る。
そんな思いで必死になってアパートに向かって走り続け、なんとか部屋の前にたどり着いた。
「ケイスケ、鍵は?」
「う、うん。えっと。あれ?」
どこにしまったっけ。と呟きながら探す様子すらもどかしい。じれったさを感じながらも待っていると、今度はアパートの二階でドアが開く音が聞こえた。
「……なっ」
大人しく待っていられなくなり、アキラはケイスケの服へと手を伸ばす。
「わっ、ちょっ……と、アキラっ」
上擦った声が聞こえたが、気にしている余裕もない。鍵を見つけ慌ててドアを開けケイスケを中に押し込んだ。
内側から鍵をかけた時に、ちょうど階段を降りる足音が聞こえはじめたため、見られていないことに安堵の息を吐く。
「あの……アキラ」
「ん?」
すぐ近くでした声に、今の自分の状況に気がついて顔を上げた。
「……っ」
息がかかる程の距離にケイスケの顔があって、思わず息を飲んで後ずさる。
「アキラっ」
しかし、次の瞬間逆に壁に押し付けられ、唇が重なってきた。
「やめっ、……んっ」
やめろと言おうとするがあまりの勢いに言葉にできず、吐息と共に飲み込まれていく。そしてすぐに舌がアキラの舌を絡めとり、あっという間にケイスケのペースに持ち込まれてしまった。
「ん、ぅっ」
苦しさにまたブレザーにしがみつく。屋上の時とは違い今度は勢いが止まりそうにない。だんだんアキラの体も熱くなり、頭がぼんやりとしてくる。しかし、外から聞こえてきた工場長とアパートの住人の話す声が聞こえ、意識が一気に現実へと引き戻された。
「ケイスケ……っ」
唇が離れた一瞬に名前を呼ぶと、ケイスケは息がかかりそうなくらい近い距離で見つめてくる。
「やっぱり、似合ってる……すごく」
同じように聞こえているはずの話し声には触れず、昼間よりも熱がこもった声で囁かれ、そのまま軽く耳朶に口づけてきた。
「んっ」
「アキラ……」
再び唇が重なって、今度はケイスケの手がネクタイに伸びる。それを軽く緩めると、シャツの上からそっと指を体に這わせてきた。
「っ、ん……ふっ」
舌を軽く吸われ、そしてゆっくりと甘噛みされる。その間にも指が胸の突起を掠め、二人の唇の間からアキラの声が微かに漏れた。一度こうして煽られてしまえば、その先の快楽を知る体は簡単に熱を帯びてしまう。しかし、外から聞こえる話し声が、完全にそこに意識が入り込むのを許さない。
「んっ、ぁっ」
ますます深くなるキスに、とにかくケイスケにしがみついて倒れないようにするのが精一杯になる。すると、苦しそうな表情をしているのに気がついたのか、ケイスケがゆっくりと唇を離した。
「アキラ、もしかしていつもより感じてる?」
「だ、誰のせい……だっ」
「だって、なんかそういうの嬉しくて」
「喜ぶなっ……ぁっ」
壁に体ごと押し付けられ、服の上を這っていた指がベルトを外しチャックを下ろした。
「こ……らっ」
「でも」
「ぅ……っ」
下着の上から雄に触れられ、ビクリとアキラの体が跳ねる。ゆっくりとその形をなぞるようにケイスケの手が動いて、否が応にもそれが勃ち上がっているのがわかった。
「ぁ……ぁっ」
手の動きに合わせるように腰が勝手に揺れて、吐息と共に甘い声があがった。すると、ケイスケがアキラの額に自分の額をくっつけて、低い声で囁く。
「キスしてるから、声は平気だよ……多分」
「だから、……ぅ、んんっ」
お前の多分は当てにならないと返そうとした声は塞がれ、手が下着の中に入り込んできた。雄を引き出され、ゆっくりと扱かれる。
そんな中でも耳にはまだ工場長達の会話が届いていた。その中にアキラやケイスケの名前が聞こえる度、体が反応してしまう。
「ん、ぁ、ぁっ」
先走りが滑りをよくして、下肢の間から水音が響いてくると、唇を重ねていても声が漏れた。
全然平気じゃない。
心の中で精一杯文句を言ってみるが、もうアキラも自分から止めることはできないくらい追いつめられていた。
「アキラ」
「んっ、は……ぁっ」
一際大きく体が跳ね、もう限界が近いことを察する。とにかく声だけはあげないようにとケイスケにしがみついて、必死に唇を押しつけた。
「んっ、ふ、ぁ……んんん――っ!」
頭の先から足の先まで一気に何かが通り抜けていくような感覚に襲われて、ケイスケの手の中へ白濁を放つ。
「……んっ」
がくりとうなだれるように額を肩へ押しつけ、乱れた息を整えた。
「平気?」
「見れば……わかるだろ」
「ごめん……」
「別に……怒ってない」
嫌だと本気で思っているなら、ケイスケの舌を噛んででも止めている。それをしないのは、こうして伝わる気持ちもあるとわかったからだ。
そして、ケイスケの全身でぶつかってくる思いは、嫌いじゃなかった。
もちろん所構わずなのは困るが、今回はこうなると思ってなくても自分が煽ってしまったのをわかっているだけに強く拒否できない。
そんなアキラの考えをよそに、怒ってないという言葉を聞いたケイスケは嬉しそうに笑う。
白濁を受け止めた手でアキラの手をとると、それを目の高さに持ち上げて手首に唇を寄せた。ゆっくりと落ちていく自分の白濁が舌に絡め取られるのを見て、羞恥の色が顔に浮かんだ。
「お前……っ」
「工場長達、部屋に戻ったみたい」
「え?」
そう言われて耳を済ませてみると、確かにさっきまで届いていた声はもう聞こえてこない。ホッと安堵して大きく息を吐く。
「またキスしても……いい?」
「なに言って……っ」
達したばかりだというのに、熱のこもった声でそう囁かれただけでアキラの体の中に新たな熱が生じた。息を飲むと喉が小さく音をたてる。
それを見たケイスケも同じように息を飲んで、繋いでいた手をゆっくり離した。そして唇を重ねながらまだ白濁が残った指をアキラの後孔へ伸ばして軽く中に埋める。
「ん……っ、ぅっ」
呻くような声が漏れ、違和感に腰が逃げそうになるが、アキラの体を支えるケイスケの腕が、それを悠々と阻止した。
今度は再び現れた熱を増大させるように中で指を動かされ、煽られる。
「ん……ぁ、ぁっ」
しばらく中を慣らしながら弱い場所を擦られ、いつしか離れていた唇がケイスケを呼ぶと、指が引き抜かれた。
「アキラ、しっかり掴まってて」
「……ん」
言われた通りケイスケの首に腕を回し、声をあげないようにギュッと唇を閉じた。
ケイスケは自分のベルトを外し、下着を軽く降ろしてすでに勃ちあがった雄を出すと、アキラの膝裏に腕を通し片足を抱えるようにして、後孔にあてがう。そしてゆっくりと慎重に体を繋げていった。
「うぁ、あぁっ!」
それでも押さえきれない喘ぎが部屋の中に響く。もう何度も繋がっているのに、この違和感は消えることがない。しかし、微かに感じる痛みすら、ケイスケの気持ちを代弁しているように思えて、アキラは声をあげながら瞳を閉じた。
「ふ……っ、くっ」
ケイスケも苦しそうな声をあげる。熱がこもった吐息が首筋にかかり、それさえも互いの快感を煽った。
「ん、ぁ、……っ」
大好きだよ。と何度も何度も繰り返され、答えのかわりに回した手に力を入れる。うっすらと瞳を開いて顔を上げると、ケイスケと視線がぶつかった。
「あ、ぁ……ぁっ」
「ア……キラ」
小さく微笑まれて、体が一段と熱くなる。
「ぅ……ん、んん」
引き寄せ合うように唇が重なり、絶頂の波に飲み込まれていく。そして、互いの体をしっかりと抱きしめながら、一気にのぼりつめた。
「……ん」
身をよじって瞳を開く。
ここは……。
ベッドの上で目が覚めたアキラは、淡い光が差し込んでいる窓に視線を向けた。時計に視線だけを向けてみると、もう朝になっているようだ。
あのまま、寝たのか。
無理もないと思う。結局あの後どんな状況になったのかは、正直思い出したくない。
ただ、はだけたままのシャツや、ほとんど首にかかってるだけのネクタイ、そしてズボンを履いていない状態が思い出すまでもなく全てを物語っていた。
「あ……アキラ?」
ため息をついていると、ケイスケも目を覚ましたらしくおはようと声をかけてくる。
「あぁ」
「体、平気?」
「……あぁ」
二度目の返事は、心なしか声が低くなる。しかしそれに気づいていないらしいケイスケの手がそっとアキラの髪を撫でて、頬を包み込んだ。
「アキラ」
「なんだよ」
「へへ、呼んだだけ」
無邪気に笑ったケイスケは、昨日の大人びた様子とはずいぶん違って見える。少し置いていかれた気持ちになっていたせいか、アキラはその様子にどこかホッとしていた。
抱き寄せられてふとケイスケの姿を見ると、シャツは僅かにはだけているが、自分と比べるとほとんど乱れていない。ネクタイもそれなりについていて、どうして自分だけという気持ちがわきあがってくる。
どうも腑に落ちない。
じっと見つめていると、その視線に気がついたケイスケはやはり落ち着かないらしい。
「あの……アキラ?」
「……」
無言のままアキラはうごめいてネクタイに手をかける。
「ど、どうしたの?」
その問いには答えず、結び目を押さえて思いきりそれを引き上げた。
「う、ぅ……っ、く、苦しいっ」
もちろん加減はしているが、苦しそうにケイスケが呻く。
これくらいで、いいか。
パッとそれを離し、何事もなかったように布団の中に潜り込んで目を閉じた。
「ぐ、は、ぁ……アキラァ……」
「俺は二度寝する」
「え、えぇっ」
咳き込みながらそんなぁ。と声をあげたケイスケを無視して、アキラはしっかりと二度寝したのだった。
終わり
*あとがき*
制服があまり関係ないうえに、ケイスケにはかわいそうなオチになってました(笑)
でも、実は無言でネクタイをひっぱり上げるアキラが書きたかったりしたり。
創立祭ではケイスケの言うことをたくさん聞いていたので、きっとこれくらいした方がいいかと思って。
それでもケイスケは二度寝から起きたらアキラに引っ付いて寝てそうですね。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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