「……っ、やめろっ」
「嫌だ」
目の前のケイスケが腕の中でもがくアキラを見て笑う。その瞳はやはり暗く濁っていて、それを見た瞬間恐怖が体を駆け抜けた。
無理矢理アキラの中に雄を押し込み、そのまま勢いをつけて出し入れを繰り返す。苦痛しかないそれはまぎれもない悪夢だと思っていても、アキラは必死に抵抗するしかない。
「ケ……イスケっ、う……ぁっ、く」
「いい顔だよアキラ。もっと……もっと見せてよ」
「う……ぁあっ」
両手を押さえつけていた手が離れ、今度は足を高く抱え上げられる。そしてふと掠めた場所にアキラの体が跳ね上がった。
腕を解放されても結局抵抗できない。何かに縋ろうとする指が床に這ったが、それもかなわないままアキラはケイスケにしがみついた。
「ここ、イイんだろ? だってアキラの顔……めちゃめちゃよさそうに歪むから」
「んっ……うぁっ、ぁ」
「たまんないんだよ……アキラァ」
数回揺さぶられるだけで、表しようがない感覚が突き抜けていく。頭や言葉では否定しても、漏れ出す声はそれに反比例してしまい逆らえない何かにアキラの体が小さく震えた。
楽しそうに笑うケイスケの顔。
感じる痛み。自分がそれに声をあげていることへの羞恥心。そしてそれでも体の中で確実に根付いていく熱。
その全てが限界まで登りつめた瞬間、アキラの意識は急激に浮上した。
「――っ!」
反射的に身を起こす。しかし、そこはさっきまでいた場所ではない。いつもと何も変わらない部屋の中だった。
夢か。
それがわかってもあまりにもリアルだった感覚に、アキラは自分がかなり汗をかいていたことに気がついた。
こうしてトシマでの夢を見ることは度々あったが、ケイスケに襲われた時のことが夢に出てきたのは久しぶりだったように思える。ふと隣を見れば、ケイスケは静かな寝息をたてて眠っていた。さっき見た夢の中のケイスケとは違う穏やかな表情だ。それに少しホッとしながらも、まだ消えない感覚に小さく震えた体を慰めるように体を丸めた。
「……アキラ?」
「ケイスケ……」
寝ていたと思っていたケイスケが、すぐに寝られる状態ではなかったアキラに声をかけてくる。何があったかは聞かれなかったが、心配そうな声に軽く視線を向けて起こして悪いと呟くと、ケイスケは何も言わずに首を振った。そしていつものように伸ばされた手がアキラに触れる。
「……っ!」
あれだけリアルな感覚が残る夢を見たせいか、ケイスケが触れた瞬間アキラの体はびくりと反応した。
「……」
ケイスケは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かを察したのか触れた指を離して起き上がる。
「俺、水……持ってくるね」
唐突にそう言って無理矢理作ったように向けられた笑顔を見て、アキラは息を飲んだ。
今自分はケイスケにどんな顔を向けたのだろう。
そう考えて、すぐに出た答えに愕然とする。恐らくそれは、夢の中のケイスケにも向けた恐怖を携えた瞳だ。
今ここにいるケイスケは、夢に出てきたケイスケじゃない。それなのにあんな反応をしてしまった自分に腹がたった。
「……っ」
ベッドが小さく軋んで立ち上がろうとする背中に、そうしようと思う前に手が伸びる。
「わっ」
立ち上がる寸前の中途半端な時に片腕を引かれ、ケイスケは小さく叫んで捻れるようにバランスを崩す。そしてアキラを押し倒す形でベッドに倒れ込んできた。今度はスプリングが大きく軋み、そしてまた部屋は静寂に戻る。
「あ……アキラ?」
「水はいい」
「でも」
「……いい」
「うん……」
どうして手を伸ばしたのか、アキラ自身にもよくわからない。ただ、向けられた背中を見た時胸に強い痛みが走った。そしてそれは、悲しげに視線を揺らすケイスケを見ている今も深く痛み続けている。
「夢……、あの時のだったんだよね?」
ぽつりとケイスケが言葉を発した。そう言って気まずそうに反らされた視線は、倒れ込んだことで深くなったシーツの皺をなぞるように動いていく。
「アキラ、すごくうなされてたんだ。俺の名前を呼びながら」
意外にもケイスケの声はしっかりしている。いつもならもっと声に動揺が表れるはずなのにと思うと、苦しさだけが増していった。
「お前はもうあの時のケイスケじゃない……。わかってる。だから、ケイスケは気にしなくていい」
「けど、もとを言えば俺が――うっ」
それ以上言わなくていい。そう思ったアキラは、とっさにケイスケの口を手で塞いでいた。
一緒に生きていく。そう決めたのは自分だ。さっき見た夢も、トシマで起きたことも、全て忘れないと決めた。だから、これからも見続けるであろう夢に簡単に動揺して、今隣にいるケイスケを傷つけてしまってはいけないのだと首を振って自分に言い聞かせる。
「……アキラ。でもやっぱり今日は向こうで寝るよ。俺は大丈夫だから、ね?」
アキラに声を塞がれていた手がゆっくりと離れていくと、小さく微笑みながらケイスケはそう言った。
その瞬間に、苦しさと胸の痛みが一気に増大して止まらなくなる。
「……い」
「えっ? ――っん」
聞き返された声を塞ぐようにアキラは自ら唇を重ねていた。
「ふ……っ」
突然の行動に、ケイスケの瞳が見開かれる。そして、それは一瞬苦しそうに揺らいだ。
「……? っ!」
ほんの少しの間だけ触れていた唇を離そうとしたアキラが、今度はケイスケから口づけられベッドに押し戻される。
「ふぁ……ん、んんっ!」
顎を押さえられ舌が絡みついてくると、簡単にケイスケの勢いに負けて息が乱れた。
「んっ、ケ……イスケ」
「アキラ。ごめんね……ありがとう」
離れると告げたケイスケがそう言って再び唇を重ねてきたことで、さっきの苦しさはほんの少しだけ和らいだように感じた。すると同じようにケイスケの瞳が少し安心したように優しい視線になったのがわかる。
――っ。
その瞳に見えるさっきまではなかった熱に、つられるようにアキラの体は熱くなった。
「ケイス……ケ」
唇が離れてもう一度呼んだ名前に、嬉しそうな笑顔が映る。
「んっ、ぁ……あっ」
首へと降りた唇にそんな声があがる。ケイスケの指はTシャツの下から胸へと入り込み、そこにある突起に触れてさらに声を煽っていた。アキラにとってその声は恥ずかしい以外のなにものでもない。そのためたまに上目でアキラの様子を見るケイスケから思いきり視線を反らす。
しかし、拗ねるような表情をしたケイスケが顔を戻し、互いの額を合わせて視線を重ねてきた。
「……っ、見るな。近いっ」
「アキラのことはずっと見てる」
「お前な……っ!」
くすくすと笑い短くキスをすると、ケイスケはアキラの耳元に唇を寄せて囁く。
「だってアキラからキスしてくれて嬉しくて。それに――」
「それに?」
「んー、それは教えない」
そう言ってまた笑うと耳朶を甘噛みしてきた。
「か……からかうな」
カッと頬が熱くなるが、言い返しようがない。実際自分でもどうしてあんな行動に出たのかがよくわからないのだ。ただ、さっきのケイスケの言葉を聞いてとても苦しくなった。そうしたら体が勝手に動いていたのだが、まさかそれでケイスケに火がついてしまうとは思っていなかった。
アキラはそう言い返そうとしたが、いつの間にか伸ばされた手によってズボンと下着が降ろされると、そんな余裕もなくなってしまう。
「ケイスケっ、ちょっと……待てって」
すると今度はぴたりと動きが止まる。
「アキラが嫌なら、無理にはしないから」
「……なっ」
ずるい言葉だ。息を飲んで思う。ここまで煽られてしまったら、駄目だと言っても体の熱は消えないだろう。
「アキラ?」
問いかけてくるケイスケの視線が、半勃ちしてしまっているアキラの雄に向けられた。
それがわかっただけでびくりと体が震える。選択肢を出されたようで結局そうではない状況に一度ケイスケを睨むと、顔をそむけて小さく頷いた。
「じゃあ、続けるから……ね」
あまり表情を変えずにそう言ったケイスケは、少し降りていたズボンと下着を一気に脱がせて、いきなりアキラの雄を口に含んだ。
「なっ、ぁ……ぁっ」
生暖かい感触に腰が浮きそうになる。必死でシーツを掴んで耐えようとするが、それでも腰が勝手に動いた。
「離……っ、や……ぁぁっ」
自分でも何が言いたいのかよくわからない。そんなアキラをよそに舌は筋をなぞるように動いて刺激を与えてくる。もとから気持ちもなんとなく高ぶっていたせいもあり、もはや我慢もきかずケイスケにされるがままに声をあげるしかなかった。
「ごめんアキラ……。俺があんまり余裕ないかも」
「ぁ……、えっ?」
唇を雄から離し、少し掠れた呟く声が聞こえる。一度アキラから離れたケイスケはベッドの横にある棚からローションを取り出すと、それを手に絡めるように垂らしてアキラの足を抱えあげた。そしてケイスケが発した言葉がよく聞き取れずわからないまま息を乱していたアキラの中に、指がいきなり入り込んでくる。
「う……っ、ぁあ」
予想できなかったせいか、入り込んだ指はいつもよりも大きな違和感を与えながら、ジェルの滑りも手伝って大胆に動かされる。
大きな水音をたてながら動かされると、羞恥を一気に煽られた。そしてアキラの雄の先端から、それを示すように先走りの液が腹へと落ちていく。
「ぁ……ふぁあっ」
ピンポイントで指が刺激を与えるのは、ケイスケだけが知るアキラの弱い場所だ。念入りに後孔をほぐしながらケイスケはアキラの腕を引いて起きあがらせる。
「アキラ、自分で入れて?」
「……っ、お前なに言ってんだっ」
「お願い……」
了承していないのに一方的に指を引き抜かれ、再びビクリと体が震えた。
そしてケイスケがズボンを下ろしているのを見ながら、つくづく今日の自分はおかしいと思う。
普段なら言わないようなこと、そして行動。その発端がケイスケに手を伸ばした時で、火をつけたのがキスをした事ならば、理由はおのずと浮かんでくる。
言葉にするのが得意ではないアキラにとって、その答えを口にするのにはやはり少し覚悟がいる。だから体が先に動いたのだろう。
しかし、今日の自分の行動はそれを差し引いてもやはりどこかおかしい。そう考えている最中でも、ズボンを脱いで壁を背に座ったケイスケに手を引かれて簡単に体が動いた。
「アキラ……」
座ったままで名前を呼ぶ視線に視線を重ね、少し躊躇したがアキラは言われるままにゆっくりと自分の中へケイスケの雄を沈めていった。
「あ、ぁぁ……っ。ふぁ、んんっ」
やはり慣れない違和感であがった声を唇で塞がれ、これでもかというくらい強く抱きしめられる。アキラも息苦しさの中しがみつく場所を探してその背中に手を回した。
唇が離れるとすぐに顔を肩へ押し付けようとしたが、それを拒むようにケイスケの指が顎を捕らえる。
「や……っ、見……るなっ」
「見たい……っ、く」
余裕がないと言った言葉通り、視線を合わせるケイスケは苦しそうに呻き声をあげる。
そしてアキラの呼吸がが少しだけ落ち着いたのを見るとすぐに、下から思いきり突き上げはじめた。
「んっ、あぁ……っ」
「アキラ……っ、アキラァ」
掠れた声が少し遠くで聞こえたような気がした。それでもやはり与えられる刺激は近くて熱い。声を我慢することすら忘れて喘ぎながら、アキラはふと夢のことを思い出した。
同じようにアキラを呼びながら、同じように体を重ねている。その行為自体は変わらない。しかし、恐怖と痛みだけが体に残るあの夢と今は、アキラの気持ちも全く違っていた。
「ふっ、く、アキラ……好きだよ」
恍惚としながら囁かれる言葉が今度は急に近くで感じて、ぶつかった視線にまたアキラの体が熱くなる。
「ごめ……っ、も……っう――っ!」
その瞬間、ケイスケは少し表情を歪めて絶頂に達し、アキラの中へと白濁を放った。
「ん……っ、ぁっ」
中に注がれた熱を感じ、限界が近くてもなお解放されない自分の熱が辛くて呻く。そしてあまりの苦しさに思わずアキラは自らの雄に指をかけていた。
「……待って」
「う……んっ、ぁ」
まだ息が荒いケイスケの指がそれを制するように動いて、代わりにアキラの雄を握る。
「ごめん……アキラ」
互いに額を合わせて視線を絡めながらそう言うと、ゆっくりと手を上下させはじめた。そこはもう先走りでかなり濡れていて滑りもよく、すぐに大きな刺激がアキラの体中を駆け抜けていく。
「ぁっ、やっぁ……っ」
快感と熱に浮かされていても真っ直ぐに見つめたままのケイスケの視線はやはり恥ずかしく、アキラは少しだけ視線を逸らす。
「ありがとう……」
「え……? ぁ……あぁぁ――っ」
確かさっきもケイスケはそう言っていた。ごめんの意味はわかるが、ありがとうはどういう事なのかと脳裏に過ぎった瞬間、射精を促すように先端を軽く押され、声を高くあげながらアキラはケイスケの手の中へと達していた。
「……っ、ん?」
「アキラ、大丈夫?」
瞳を開けると最後に覚えているケイスケと変わらない表情が映る。軽く気を失っていたらしく、アキラは壁を背にしたままのケイスケに抱き止められるようにしてベッドの上にいた。
「ごめん。アキラからあんな風なのはじめてだったから……その」
「……っ」
「抑えられなくなっちゃって――うっ」
「い、言うなバカ!」
顔が熱くて仕方がない。さっきと同じように手でケイスケの口を塞いだが、それでも表情は穏やかに微笑んでいるのがわかる。
「俺さ……、怖かったんだ」
「……ん?」
「アキラに拒絶されるって思って」
「それは」
あんな夢を見たからだ。そう続けると、ケイスケはわかってると頷く。
「でも、アキラが見た夢の原因はやっぱり俺なんだ。だから、そうされても仕方ないって思った」
だからなにも言わず離れていこうとしたのか。と、唐突に水を持ってくると切り出したり、いつもと違う反応だったことにようやく納得する。
「でもね、嬉しかった。アキラが引き止めてくれたから、……本当に」
「ケイスケ……」
「アキラに俺はまだアキラのそばにいていいって言ってもらえたような気がして。あ……でもやっぱ調子いいかな、こんな風にとるのは」
アキラの髪を指で梳くように撫でながら、今度は少し自嘲するようにケイスケは笑う。
だからありがとうだったのか。
さっき聞いたケイスケの言葉の意味もわかり、そんなことはないという意味を込めて軽く首を振った。
「そばにいていいだなんて……、当たり前だろ」
「よかった」
心底ほっとしたと言いたげに息を吐いて、唇が頬に寄せられる。その顔が不思議と大人びたものに見えたように思えて、アキラは目を見開いて息を飲んだ。
「アキラ?」
「な……なんでもない」
そう? とケイスケは首を傾げたが、なぜかまた高鳴りだした鼓動に気がつかれたくなくて大きく首を振る。
「それにしても積極的なアキラもいいなぁ」
「お前、殴るぞ」
「でも、そういうクールなアキラも大好き」
「……っ」
しみじみと思い返すように言われ、返す言葉も出ない。だんだんとこうして抱き合っていること自体恥ずかしくなってもがいてみるが、ケイスケの腕はびくともしなくて小さなため息が出た。
「まったく……」
こうなったら仕方がないと寄りかかるように顔を埋め、なんなんだと呟く。しかしアキラは自分がこの空気を嫌だとは思っていないことだけはわかっていた。
溶けるように重なり合う体温も、やはりどこか心地がいい。
嫌じゃない。そう思うこと。それは同時に自分もこの温もりを求めているということなのかもしれない。
あまりの心地よさにこのまま眠ってしまいたくなるが、そうもいかず顔を上げる。
「……」
「普通寝るか? この状態で」
アキラを抱きしめたまま寝息をたてはじめたケイスケに、少しの呆れと共にやはりどこまでいってもケイスケなんだとも思った。そして、もとはといえば自分がうなされたせいで起こしてしまったことを考えて、小突いて起こすのは止めようと考える。
しかしこれじゃあ互いに風邪をひく。と、アキラは動こうとするが、回された手は頑固として離れない。
「仕方ないか……」
起きても文句言うなよと呟いてから、多少強引だがケイスケの体を押し倒すように力を込める。するとアキラを伴ったまま体は横にずれ、やがて軋んだ音をたててベッドに二人の体が沈んだ。
「ん……っ、アキラァ」
眉を寄せて寝言のようなものを発したケイスケを見るが、すぐに静かになり起こさずにすんだようだ。
なんとか掛け布団を引き上げて、ようやく落ち着くとアキラにもすぐに眠気が襲ってくる。
ケイスケもトシマの夢を見て夜中に飛び起きることが多い。そしてそこにはアキラの夢とは違う重さがあるのだろう。ただ、今日はこのままケイスケが安らかに眠れればいい……。眠りへと沈んでいく意識の中でアキラはそう願っていた。
終わり
あとがき
アキラにとって、トシマの夢って意外とケイスケ以外のものも多いような気がします。
nのこと、猛のこと、それに見てきたであろう生死のこと。
ケイスケは今アキラの隣にいるし、今のケイスケは違うっていうのをわかってるからだと思うんですが、
だからこそ耐性がなさそうで、いきなり夢を見たら脆そうな感じ。
今回ケイスケがちょっと悟ってますが(笑)ケイスケ視点で書いたらきっとすごいグルグルしてそうな予感。
そして裏は……いつものように力不足です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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