聞きたい言葉




 どうしても聞きたい言葉ができた。
 そう思ってしまったのも、あんな場面を見たせいだ。
 知らなかった。
 自分以外の誰かが、アキラに対して自分と同じ気持ちを持っている。
 そんなこと、知りたくもない。
 だって考えてしまうから。
 本当に自分はその人を幸せにできるのかと。
 罪とともに歩いている自分のこの手でも――。


「あれ? アキラ……知りません?」
 工場の仕事が終わり、ケイスケは一緒に帰ると約束していたアキラを探していた。
 休憩室にいた顔ぶれが、その問いかけに首を振ったのを見て、おかしいな。と首を傾げる。
 アキラの方が先に片付けに入っていたし、そもそも待ってるからと声をかけてくれたのもアキラだ。
「うーん……。どうしよう」
「おう、ケイスケ。時間あるならこれ食ってけよ。旅行の土産なんだと。うめぇぞ」
 どうするかと悩んでいたところに気を使ってくれたのか声をかけられる。下手に動いてすれ違っても困るし、ここで待っているのに誘いを断るのもどうかと思い、ケイスケは頷いて休憩室へと上がり込んだ。
「わー……。これ、すっごく美味しいですね」
「だろ? 名物っていうだけあるよな」
 お茶とともに出された土産の菓子を食べながら、話はその土産を買ってきた工場員の旅行のことになる。
「今はちょうど雪景色が見えていいんですよ」
「そういや温泉も行ったんだろ?」
「はい。露天風呂ってやつですね」
「うわ、いいなぁ」
 いつかアキラと一緒に旅行へ行けたらいいな。と、雑誌を買ったりはしているものの、なかなか行く機会のないケイスケにとって、その話はとても興味を引いた。
 そのせいか、あっという間に時間が過ぎていたことに気がついて、慌てて立ち上がる。
「すみません……。俺、そろそろアキラを探してきます」
「お、そうか?」
「じゃあこれ、アキラにも持ってってあげて」
「はい。ありがとうございます」
 そう言われいくつか土産を手渡され、きっとアキラも喜ぶだろうと笑顔で頭を下げる。
「それじゃ、お疲れさまでした!」
 挨拶を交わし休憩室を後にして、ケイスケは工場の中をアキラを探して歩きはじめた。

「どこに行っちゃったんだろ……アキラ。まさか、俺が遅かったら帰っちゃった……のかなぁ」

 今まで似たような状況があっても待っててくれていたアキラに限ってそれはないか……。と、落ち込みかけた気を取り直し、キョロキョロと辺りを見回しながら機械が止まり静かになった工場の中を歩く。
 それとも何かあったとか?
 まさかとは思いつつも急にわきあがってきたそんな不安に少し焦りながらひと回りするも、結局工場の中に姿は見当たらず今度は外を探してみようと来た道を戻る。
 小さな不安は時間がたつにしたがってどんどん大きくなる。それを表しているかのようにケイスケの足は速くなった。いつしか小走りになって工場の裏手に差し掛かった時、ケイスケの耳に聞きたくて仕方がなかったアキラの声が飛び込んでくる。

「あ……、アキ――」
「あはは、やっぱりアキラさんってかっこいいなぁ」

 名前を呼んで声をかけようとして、聞こえたのがアキラの声だけじゃないことに言葉と足が止まる。
 アキラと……。あの声は。
 それは一ヶ月前にこの工場で働きだした、マコトの声だった。
 歳はケイスケ達とさほど変わらず、今はアキラの担当している場所を手伝っているため他のメンバーよりもアキラと親しくなるのはわかる。
 それでも一緒に帰ると言っていたのに彼と話をしていたことに少し嫉妬し、そして同時に悲しい気持ちになった。
「それで? bl@sterのチャンピオンだったんでしょ? アキラさん」
「……あぁ。それよりそろそろ帰っていいか?」
「えー。もっと聞きたいんだけどなぁ」
「悪い。ケイスケを待たせてるから」
 アキラ……。
 自分の名前がアキラの口から出てきたことにほっとする。
 忘れられていたわけではない。きっと断りきれずに一緒にいただけだろう。
 沈みかけていた気持ちをそんな考えで消し去る。そして今の自分の状況が立ち聞きであることに気がつき、二人に見つかる前にその場を離れようと歩き出した。

「また、ケイスケ……かぁ」

 するとマコトは途端に不機嫌な低い声になった。急な豹変が少し気になってケイスケは足を止める。
「前から思ってたんですけど、ケイスケさんってアキラさんの何?」
「……は?」
 突然何を言い出すのかと思った。きっとアキラもそうだったのだろう。歩き始めていた足音は止まり、言葉の意味がわからないと言いたげなため息が聞こえてくる。
「そのまんまの意味ですよ。なんで二人は一緒にいるのかなって」
「ケイスケとは幼なじみだから、昔から一緒にいる。別におかしいことじゃないだろ」
「そうじゃなくて。アキラさんってあの人の前だとちょっと違うから、なんか秘密でもあるのかなーって」
 アキラとケイスケがどんな関係なのか。つまり幼なじみ以上の関係であるということは、工場にいる初期メンバーなら誰でも知っていた。
 今までケイスケがのろけてからかわれることはしょっちゅうだったが、だからといって二人の過去をこうして誰かに聞かれることはなかった。
 これは二人に限らず他の工場員もそうだ。ここに来る前に何をしていたかは互いに知らない。そして誰も聞こうとも、興味本位で聞いたりしようとも思わないだろう。
 過去を知ったところで、起きてしまった出来事は何も変わらないことをわかっているからだ。
 それでも厳しい納期に全員で助け合ったりできる。さっきのように、たわいもない話をすることもできる。
 ケイスケもアキラも、そんな関係が嫌じゃないと思っていた。
 だから無言のままのアキラも、今のマコトの発言には正直驚いているのだろうとケイスケは思う。

「ここに来てからずっと見てるからわかるんです。アキラさんのこと」
「……だったらなんなんだ?」
「理由が知りたいんです。どうしてあの人は違うのかって」

 なんとなくケイスケにはマコトの言葉の意味とそこに含まれた気持ちがわかったように思えた。それは、かつての自分と少し似ているように感じるからだ。
 アキラをずっと見ていた。
 もっと知りたいと思った。
 自分だけを見てほしいと思った。
 そんなあの頃の自分。
 もっとも本人にどう思われようと言葉にできるだけマコトの方が強いのかもしれない。けれど、それでも自分と似ていると感じたのは、何よりもアキラを見ていたという言葉があったからだろう。
 だから次に発された言葉も、ケイスケには予想がついた。

「だってオレもアキラさんが好きだから」

 呟き出された答えに、それでも鼓動が跳ね上がる。
「……悪いがそういうのは迷惑だ」
 芽生えかけた嫉妬心も、あまり間を空けずアキラから出たその言葉によって安心に変わって消えていく。しかし、ここで諦めるつもりはないと食い下がり始めたマコトの言葉に、安堵しかかったケイスケの表情は一気に凍りついた。

「でも、ケイスケさんもアキラさんのこと、好きなんですよね?」
「なんでそこにケイスケが出てくる」
「だってよく言ってるじゃないですか。でもあの人はアキラさんのこと好きだって言うけど、アキラさんはそんなこと全然言ってないですよね」
「……っ」
「そんなの一方的な気持ちなのに、あの人はアキラさんのことを幸せにできるのかな」
「……お前、いい加減に――」

「……っ!」
 それまでずっと冷静に答えていたアキラの声が急に荒くなる。しかし、二人の会話を聞いているのが限界だったケイスケは、それに続いた言葉を聞かないまま逃げるように駆け出していた。
 本当はそれを誰かに指摘されるのがずっと怖かったのかもしれない。
 アキラはとても優しい。だから求めれば拒まれることはなかった。一緒にいるのが当たり前だとも言ってくれる。それはケイスケにとってとても嬉しいことで、救われていることでもある。
 でも――。
 ケイスケは走りながら自らの手に視線を落とした。そして記憶の中に一生刻みつけていくもの。それを考えて拳を握る。
 これを死ぬまで背負い続けていく自分と一緒にいて本当にアキラが幸せになれるのか。そう聞かれても自信がない。
 いつもならば気にならなかったことも、自分と同じようにアキラに惹かれたマコトの言葉は思いのほか深く胸に突き刺さった。そして急に恐怖が込み上げて小さく体が震え出す。長い道のりのように感じながら着いた工場の入り口に倒れるように座り込み、今はただ何も考えられないまま地面に視線を落としていた。

 しばらくそのまま呆然としていたケイスケだったが、ふと我に返って額を膝へと押し付けた。そして瞳をぎゅっと閉じると、そこは夜よりも暗い。
 どうして何もないふりをしてでもアキラに声をかけなかったのだろう。
 真っ暗になった視界の中で、そんなことを考えた。
 いくら動揺してたとはいえ声をかけるくらい簡単なはずだ。ケイスケがアキラを探し回るのは珍しいことじゃない。それなのに、気がつけば逃げ出してここにいた。

 あの人はアキラさんのことを幸せにできるのかな。

 マコトの言葉が頭の中を回り続けている。
 こうしてアキラと一緒に生きている。それだけでも十分なはずなのに、一緒にいられるだけでもいいと思っているはずなのに、心の底ではいつもアキラの言葉を欲している。何よりも自分が安心するために。
 誰よりもアキラを幸せにしたいと思いながら、結局こうして自分の欲が一番深いのかもしれないということに苛々が募った。

「ケイスケ?」
「……っ」

 下を向いたままでも声をかけてきたのはアキラだとすぐにわかってケイスケの体が強張る。
 どんな顔を見せればいいのだろう。なんと言葉を返せばいいのだろう。
 まだざわついたままの気持ちが渦巻き顔を上げられないままでいると、アキラの足音が近づいてくるのがわかった。
「こんなところで……寝てるのか?」
 仕方ないなと呟いた声が聞こえると、自分の左側に今までなかった温もりを感じたことに気がつく。
 アキラ……。
 言葉なんかなくても、こうしてアキラから感じる優しさを誰よりも知っているのに、言葉が欲しい思ってしまう自分がつくづく嫌になって唇を噛む。

「アキラ……ごめん」
「……? お前、起きてたのか?」
「うん」

 それでもまだ顔が上げられない。きっと今アキラを見たら、色々な気持ちに抑えがきかなくなりそうだからだ。
「何かあったのか?」
 聞かれてぶんぶんと首を振る。
「じゃあ、なんでこんな……」
 言いかけてアキラは何かに気がついたように息を吐いた。
「……見たのか?」
 どうしよう。
 立ち聞きなんて最低の行為だ。それに嫉妬して勝手に落ち込んで、今の自分は本当にどうしようもないと思うと言葉が出ない。
「お前、また突っ走った考え方してるんだろ」
「だって……」
「俺はすぐに迷惑だと言った」
「うん。それは知って……る」
 即答だったのも知っている。だから、一瞬わきあがった嫉妬もすぐに消えた。
「なら他に何かあるのか?」
 聞かれてケイスケは考える。
 正直な気持ちを言ってもアキラは呆れないだろうか。と。
「ケイスケ?」
「……俺さ、誰かがそう言うのがずっと怖かったんだ。お前がアキラを幸せにできるのかって」
「……」
 問いかけた言葉に沈黙が返ってくる。きっと複雑な表情をさせてしまっている。そう思うと耐えきれなくなり、ケイスケは少し早口で言葉を続けた。
「アキラはいつも俺を受け入れてくれる。それはすごく嬉しいよ。でも、俺はそれでよくてもアキラは本当に幸せ……?」
 声が掠れてしまったのがわかり、情けなくて泣きそうになった。
「……お前」
「俺は死ぬまでトシマでの罪を背負っていく。でもアキラは違う。だから本当はこんな俺に付き合う必要なんかないんだ」
 それを聞いたアキラの気配が一瞬横から消えたのがわかると、今度は急に頭を両手で掴まれ無理矢理顔を上げさせられそうになる。
「いてっ……あ、アキラっ?」
「こっち向け」
「い、嫌だよ」
「いいから……向けっ」
「や、無理……っ!」
「ケイスケっ」
 しばらくの間そんな押し問答を繰り返す。先に観念したのは、アキラの少しだけ切羽詰まった声を聞いたケイスケだった。
 恐る恐る顔を上げると、目の前にアキラの顔がある。それは予想していたよりも穏やかに見えて、途端に胸が締め付けられた。
「アキラ……?」
「俺の幸せを勝手に決めるな」
「え?」
「お前が納得しないなら何回でも繰り返す。俺は自分がそうしたいと思ったからここにいるって」
 月明かりの薄暗い場所でも、困ったような眼差しながらも真っ直ぐにケイスケを見つめるアキラの瞳には光が感じられる。この瞳はやはり優しくて、思わず涙が溢れそうになった。
「で、でもさ、俺はアキラに求めてばっかりで……」
「それはお前のことだからだろ。俺は……嫌だなんて思ったことはない」
「……っ」
「だから」
 なぜかふと言葉が途切れまた訪れた沈黙に、今度は少し気恥ずかしそうに視線がそらされた。
「勝手に突っ走るなって言っただろ……。バカケイスケ」
「……うん、ごめん」
 まだ頭に伸ばされたままの手をその言葉とともにそっと握る。
 よかった。
 そう心の底から安心していくのがわかる。
 そして少し冷えていたアキラの手が、自分の熱でゆっくり温かくなるのを感じ思わず表情が緩んだ。
「なにいきなりニヤニヤしてんだよ」
「だって……なんか嬉しくて」
「本当に単純すぎるぞ。お前」
「あはは……」
 握った手を軽く引くと、突然かかった力にアキラの驚いた顔が間近に迫る。
「……なっ」
「ごめん」
 そのままバランスが崩れた体を抱き止めて、そう囁きながら腕に力を込めた。
 手だけだった温もりが、ゆっくりと互いの体に溶け合っていく。そしてそれはやはり心地がいい。
 アキラもそう思ってくれているのか……。
 また小さな不安がよぎる。それでも今度は、言葉がなくても今アキラに嫌だと押し返されていないことを嬉しいと思えるようになりたいと思う。
「あのさ、アキラ?」
「ん?」
「大好きだよ」
「……っ」
 顔を真っ赤にして押し黙ったアキラをやはりかわいいと感じながら、だいぶ遅い持間になってしまったが、それでももう少しだけこうしてアキラを抱きしめていたい。そうケイスケは思ったのだった。

終わり

あとがき

 時間軸が微妙に不明ですが、第三者からアキラが幸せかを突きつけられた場合、ケイスケは悩みそう……って話でした。
 当初はケイスケが戻ってきたアキラを嫉妬で襲うって話だったんです(笑)
 でも、ED後のケイスケはトシマでアキラを傷つけたのを相当悔やんでるだろうから、無理矢理担当はやっぱり黒スケに任せるしかないなー。なんて思って全然違った話になりました。
 終わってみたら、キスすらしてない(笑)
 結局ケイスケが聞きたかった言葉は、アキラの言葉ならなんでもいいんだと思ったりします。それが別れの言葉でも。
 もちろんアキラは面倒見がいいので、そんなことは言わないんだろうけど。
 ここまで読んでくださってありがとうございました。
11/2→11/22

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