眼福 |
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作者: 598 Summary: ギンコ×周 |
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私は、琵琶を弾き語り。 弔いの旅路を往く。 そうして、懐かしく奇妙な物語を唄う。 いつか、私の眼の蟲が見せた、 あの男との邂逅を待ちて。 ■ 盲かと思われる妙齢の女性は、葡萄茶の大包みを抱えていた。 名を「周(あまね)」という。 閉じた目であるのに、辺りの景色がわかるかのごとく、 彼女の歩みに、惑いはない。 包みを撫ぜながら、小さく独りごちた。 「ああ、ここだったのか」 彼女は立ち止まることなく、人波に吸い込まれていった。 ■ 眼前に広がる、山道沿いの宿場。 行き交う人々の足音、商いの声。 緑滴る山間の開けた町。 死期が近いのに、この心躍る様はなんたることか。 周は口の端に小さな笑みをうかべた。 幼い時から我が身に棲む蟲は。 もうすぐ、離れ去る。 それは、私の死を意味する。 かの蟲師に逢うまで、あとどれほどが残されているのだろうか。。 道筋の宿屋で主に交渉し、 店先で客寄せをして待つことにした。 邂逅は、半刻でやってきた。 三段目に足をとめた男がいた。 蟲師であり、名を「ギンコ」といった。 ■眼福眼禍■ あいみての ■ 周は、少々あざとい方法で、二人部屋をとった。 流しの蟲師で野宿の多い彼にとっても、 久方ぶりの酒と、柔らかな布団の魅力に勝てなかったのだろう。 満更ではない顔で、ちびちびと酒杯を傾けていた。 周も余興にと琵琶を奏でた。 黄昏から夜闇は、緩やかに穏やかに流れていく。 そうして周は己の頼み事と引き換えに、幻の蟲「眼福」の経緯を語った。 ■ 周は、全ての経緯を語ると、そのまま床についた。 しかし、何度も寝返りをうち、時ばかりが流れる。 山間に響く鳥の声を何度聴いただろう。 やっと眠りに落ちようとした時、 ひどい吐き気と、心の臓が早鐘を打つ。 蟲が私に変えられぬ運命を見せる。 堪えきれずに、呻き声をもらした。 「。。っうっ、、ああ。。。あああ」 隣りの蟲師を起こさぬように、口を塞ぐ。 「どうしたっ」 耳聡い彼は言うが早いか襖を勢いよく開けた。 「大丈夫、また。。。見えただけ」 「今、どこまで見えているんだ」 「この目玉の命が終わる瞬間まで」 なるだけ心配させまいと答えた。 ギンコは、周の傍らに傅いて、 背をさすった。労わるように。 「。。周(あまね)。。。。」 ギンコの優しい仕種に、慄いた心が静まってゆく。 「。。。ありがとう。」 「大丈夫か。。?」 「ねぇ、ギンコ。もっと、顔をよく見せて。。。」 周は、震える手でギンコの顔を引き寄せた。 「ああ、綺麗な、すべらかな銀(しろがね)だねぇ」 頬を包む手の柔らかさにギンコは一瞬たじろいだ。 そんな彼にお構いなく、周はギンのしがみついた。 もっと近しく、その顔を確かめるように。 その瞼に刻みつけるように。 ■ 「ギンコ、このまま、もう少しだけいてくれないか。。」 周の喉は、か細い『願い』を搾り出す。 「。。いいぜ。」 周の震えが止まるのはそう長くはなかった。 二人の視線が絡まりあう。 また、一つ夜闇を渡る鳥の声。 「あんたの眼は、深い鈍い紫なんだな。」 「自分ではよくわからないが『紫紺(しこん)』というのだそうだ。」 「。。とても。。。綺麗な色だな。」 ギンコは低く呟くと、その紫紺の瞳に口づけを落とした。 白く細い腕をギンコの首に回すと、彼の唇は周の胸元に滑ってゆく。 啄ばむような、そして貪るような口付けの繰り返し。 柔らかな優しい愛撫にも、なめらかな手つきで、夜着をはだけてゆく。 ■ 「。。。っ。。。あっ。。んっ。。。」 「我慢しなくていい。。声を聞かせてくれ。。」 頬を、首を、胸を、口づけの行為は、 周にとって、甘く痺れるような感覚をもたらしている。 時々に、強く吸われては、紅い花弁を痕にする。 この行為に、愛しみはないのだ。 ただ、互いの傷を舐めあうのに近い。 最期の男が、この蟲師であるのは、救いなのだろうか。 甘い朦朧とした靄の中で、周は囁いた。 「憶えるよ、あんたの姿を。その綺麗な髪も、碧の瞳も」 「ああ、俺も覚えておこう。あんたの姿を」 互いに言い交わすと、もつれあうように、唇を重ねた。 ギンコの広い背にしがみつきながら、馴染んだ香りを聞いた。 蟲を払う煙草。亡き父もよく吸っていた。 懐かしい、もう戻れぬ、幼いの幸福な日々。 目頭が熱くなる。 「周?」 ギンコの声は狼狽していた。 「すまない、昔を思い出してね」 そうして、ほのぼのと夜が明けるまで。 ギンコと私は、切ないほどに、熱を与えあい、奪い合った。 互いを刻み込むように、激しく刹那く。 肌を重ねても、願いは適わない、通じない。 死は、限りなく近い。 ■ 「。。。っ。。。あっ。。んっ。。。」 「我慢しなくていい。。声を聞かせてくれ。。」 頬を、首を、胸を、口づけの行為は、 周にとって、甘く痺れるような感覚をもたらしているのだ。 時々に、強く吸われては、紅い花弁を痕にする。 この行為に、愛しみはないのだ。 ただ、互いの傷を舐めあうのに近い。 最期の男が、この蟲師であるのは、救いなのだろうか。 甘やかな痺れの靄に飲み込まれそうになりながら、周は呟いた。 「憶えるよ、あんたの姿を。その綺麗な髪も、碧の瞳も」 「ああ、俺も覚えておこう。あんたの姿を」 互いに言い交わすと、もつれあうように、唇を重ねた。 ギンコの広い背にしがみつきながら、馴染んだ香りを聞いた。 蟲を払う煙草。亡き父もよく吸っていた。 懐かしい、もう戻れぬ、幼いの幸福な日々。 目頭が熱くなる。 「周?」 ギンコの声は狼狽していた。 「すまない、昔を思い出してね」 そうして、ほのぼのと夜が明けるまで。 ギンコと私は、切ないほどに、熱を与えあい、奪い合った。 互いを刻み込むように、激しく刹那く。 肌を重ねても、願いは適わない、通じない。 死は、限りなく近い。 ■ 「。。。っ。。。あっ。。んっ。。。」 「我慢しなくていい。。声を聞かせてくれ。。」 頬を、首を、胸を、口づけの行為は、 周にとって、甘く痺れるような感覚をもたらしているのだ。 時々に、強く吸われては、紅い花弁を痕にする。 この行為に、愛しみはないのだ。 ただ、互いの傷を舐めあうのに近い。 最期の男が、この蟲師であるのは、救いなのだろうか。 甘やかな痺れの靄にのまれそうになりながら、周は呟いた。 「憶えるよ、あんたの姿を。その綺麗な髪も、碧の瞳も」 「ああ、俺も覚えておこう。あんたの姿を」 互いに言い交わすと、もつれあうように、唇を重ねた。 ギンコの広い背にしがみつきながら、馴染んだ香りを聞いた。 蟲を払う煙草。亡き父もよく吸っていた。 懐かしい、もう戻れぬ、幼いの幸福な日々。 目頭が熱くなる。 「周?」 ギンコの声は狼狽していた。 「すまない、昔を思い出してね」 そうして、ほのぼのと夜が明けるまで。 ギンコと私は、切ないほどに、熱を与えあい、奪い合った。 互いを刻み込むように、激しく刹那く。 肌を重ねても、願いは適わない、通じない。 死は、限りなく近い。 ■ 周は薄明のひんやりとした寒さに意識をもたげた。 ギンコの腕の中で、その温みに微笑をもらした。 彼女はぼんやりと想いを口にした。 「私たちは、少し似ているんだね。」 流れ往く者であること。 蟲に深く関わる者であること。 「そうかもしれんな」 寝ているはずの彼の唐突な答えに、周は身じろぎした。 彼は周を引き寄せ、その瞼に優しく唇を落とした。 「なんとか、なるんじゃないのか」 「。。。変えられるだろうか」 「。。。夜が明けは寒いな。もう少し、このままで」 そうして、二人は逢瀬の夢にまどろんでいたいと、願ったのだった。 彼女と、その眼に棲む「眼福」の行方が明らかになるのは、 ほどなくであった。 (了)
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