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眼福

 

作者: 598
Summary: ギンコ×周

 

私は、琵琶を弾き語り。
弔いの旅路を往く。

そうして、懐かしく奇妙な物語を唄う。

いつか、私の眼の蟲が見せた、
あの男との邂逅を待ちて。



盲かと思われる妙齢の女性は、葡萄茶の大包みを抱えていた。
名を「周(あまね)」という。

閉じた目であるのに、辺りの景色がわかるかのごとく、
彼女の歩みに、惑いはない。
包みを撫ぜながら、小さく独りごちた。

「ああ、ここだったのか」

彼女は立ち止まることなく、人波に吸い込まれていった。



眼前に広がる、山道沿いの宿場。
行き交う人々の足音、商いの声。

緑滴る山間の開けた町。

死期が近いのに、この心躍る様はなんたることか。
周は口の端に小さな笑みをうかべた。

幼い時から我が身に棲む蟲は。
もうすぐ、離れ去る。
それは、私の死を意味する。

かの蟲師に逢うまで、あとどれほどが残されているのだろうか。。

道筋の宿屋で主に交渉し、
店先で客寄せをして待つことにした。

邂逅は、半刻でやってきた。
三段目に足をとめた男がいた。

蟲師であり、名を「ギンコ」といった。

■眼福眼禍■ あいみての ■

周は、少々あざとい方法で、二人部屋をとった。

流しの蟲師で野宿の多い彼にとっても、
久方ぶりの酒と、柔らかな布団の魅力に勝てなかったのだろう。

満更ではない顔で、ちびちびと酒杯を傾けていた。
周も余興にと琵琶を奏でた。

黄昏から夜闇は、緩やかに穏やかに流れていく。

そうして周は己の頼み事と引き換えに、幻の蟲「眼福」の経緯を語った。



周は、全ての経緯を語ると、そのまま床についた。

しかし、何度も寝返りをうち、時ばかりが流れる。
山間に響く鳥の声を何度聴いただろう。

やっと眠りに落ちようとした時、
ひどい吐き気と、心の臓が早鐘を打つ。
蟲が私に変えられぬ運命を見せる。
堪えきれずに、呻き声をもらした。

「。。っうっ、、ああ。。。あああ」

隣りの蟲師を起こさぬように、口を塞ぐ。

「どうしたっ」
耳聡い彼は言うが早いか襖を勢いよく開けた。

「大丈夫、また。。。見えただけ」

「今、どこまで見えているんだ」
「この目玉の命が終わる瞬間まで」

なるだけ心配させまいと答えた。
ギンコは、周の傍らに傅いて、
背をさすった。労わるように。

「。。周(あまね)。。。。」

ギンコの優しい仕種に、慄いた心が静まってゆく。
「。。。ありがとう。」
「大丈夫か。。?」
「ねぇ、ギンコ。もっと、顔をよく見せて。。。」

周は、震える手でギンコの顔を引き寄せた。
「ああ、綺麗な、すべらかな銀(しろがね)だねぇ」
頬を包む手の柔らかさにギンコは一瞬たじろいだ。
そんな彼にお構いなく、周はギンのしがみついた。
もっと近しく、その顔を確かめるように。
その瞼に刻みつけるように。



「ギンコ、このまま、もう少しだけいてくれないか。。」

周の喉は、か細い『願い』を搾り出す。

「。。いいぜ。」


周の震えが止まるのはそう長くはなかった。

二人の視線が絡まりあう。
また、一つ夜闇を渡る鳥の声。

「あんたの眼は、深い鈍い紫なんだな。」
「自分ではよくわからないが『紫紺(しこん)』というのだそうだ。」
「。。とても。。。綺麗な色だな。」

ギンコは低く呟くと、その紫紺の瞳に口づけを落とした。

白く細い腕をギンコの首に回すと、彼の唇は周の胸元に滑ってゆく。

啄ばむような、そして貪るような口付けの繰り返し。
柔らかな優しい愛撫にも、なめらかな手つきで、夜着をはだけてゆく。



「。。。っ。。。あっ。。んっ。。。」
「我慢しなくていい。。声を聞かせてくれ。。」

頬を、首を、胸を、口づけの行為は、
周にとって、甘く痺れるような感覚をもたらしている。

時々に、強く吸われては、紅い花弁を痕にする。

この行為に、愛しみはないのだ。
ただ、互いの傷を舐めあうのに近い。

最期の男が、この蟲師であるのは、救いなのだろうか。
甘い朦朧とした靄の中で、周は囁いた。

「憶えるよ、あんたの姿を。その綺麗な髪も、碧の瞳も」
「ああ、俺も覚えておこう。あんたの姿を」

互いに言い交わすと、もつれあうように、唇を重ねた。

ギンコの広い背にしがみつきながら、馴染んだ香りを聞いた。
蟲を払う煙草。亡き父もよく吸っていた。
懐かしい、もう戻れぬ、幼いの幸福な日々。

目頭が熱くなる。

「周?」
ギンコの声は狼狽していた。

「すまない、昔を思い出してね」


そうして、ほのぼのと夜が明けるまで。


ギンコと私は、切ないほどに、熱を与えあい、奪い合った。
互いを刻み込むように、激しく刹那く。

肌を重ねても、願いは適わない、通じない。


死は、限りなく近い。



「。。。っ。。。あっ。。んっ。。。」
「我慢しなくていい。。声を聞かせてくれ。。」

頬を、首を、胸を、口づけの行為は、
周にとって、甘く痺れるような感覚をもたらしているのだ。

時々に、強く吸われては、紅い花弁を痕にする。

この行為に、愛しみはないのだ。
ただ、互いの傷を舐めあうのに近い。

最期の男が、この蟲師であるのは、救いなのだろうか。
甘やかな痺れの靄に飲み込まれそうになりながら、周は呟いた。

「憶えるよ、あんたの姿を。その綺麗な髪も、碧の瞳も」
「ああ、俺も覚えておこう。あんたの姿を」

互いに言い交わすと、もつれあうように、唇を重ねた。

ギンコの広い背にしがみつきながら、馴染んだ香りを聞いた。
蟲を払う煙草。亡き父もよく吸っていた。
懐かしい、もう戻れぬ、幼いの幸福な日々。

目頭が熱くなる。

「周?」
ギンコの声は狼狽していた。

「すまない、昔を思い出してね」


そうして、ほのぼのと夜が明けるまで。


ギンコと私は、切ないほどに、熱を与えあい、奪い合った。
互いを刻み込むように、激しく刹那く。

肌を重ねても、願いは適わない、通じない。


死は、限りなく近い。



「。。。っ。。。あっ。。んっ。。。」
「我慢しなくていい。。声を聞かせてくれ。。」

頬を、首を、胸を、口づけの行為は、
周にとって、甘く痺れるような感覚をもたらしているのだ。

時々に、強く吸われては、紅い花弁を痕にする。

この行為に、愛しみはないのだ。
ただ、互いの傷を舐めあうのに近い。

最期の男が、この蟲師であるのは、救いなのだろうか。
甘やかな痺れの靄にのまれそうになりながら、周は呟いた。

「憶えるよ、あんたの姿を。その綺麗な髪も、碧の瞳も」
「ああ、俺も覚えておこう。あんたの姿を」

互いに言い交わすと、もつれあうように、唇を重ねた。

ギンコの広い背にしがみつきながら、馴染んだ香りを聞いた。
蟲を払う煙草。亡き父もよく吸っていた。
懐かしい、もう戻れぬ、幼いの幸福な日々。

目頭が熱くなる。

「周?」
ギンコの声は狼狽していた。

「すまない、昔を思い出してね」


そうして、ほのぼのと夜が明けるまで。


ギンコと私は、切ないほどに、熱を与えあい、奪い合った。
互いを刻み込むように、激しく刹那く。

肌を重ねても、願いは適わない、通じない。


死は、限りなく近い。



周は薄明のひんやりとした寒さに意識をもたげた。
ギンコの腕の中で、その温みに微笑をもらした。

彼女はぼんやりと想いを口にした。

「私たちは、少し似ているんだね。」

流れ往く者であること。
蟲に深く関わる者であること。

「そうかもしれんな」

寝ているはずの彼の唐突な答えに、周は身じろぎした。
彼は周を引き寄せ、その瞼に優しく唇を落とした。

「なんとか、なるんじゃないのか」
「。。。変えられるだろうか」
「。。。夜が明けは寒いな。もう少し、このままで」

そうして、二人は逢瀬の夢にまどろんでいたいと、願ったのだった。


彼女と、その眼に棲む「眼福」の行方が明らかになるのは、
ほどなくであった。

(了)

 

 

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