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海境より

 

作者: 218
Summary: シロウ×みちひ(居酒屋ゆうれいネタ)

 

強い潮の香りと、延々と続く海鳴りの声。
水平線の彼方が白んできて、夜明けを告げる。
浜風に髪を撫でられながら、男が一人、波打ち際に立っていた。
男は右手に切花を持っている。
そして、男は朝日に輝きだす波間を見据えたまま、手の中の花を、海へと放り投げた。
花は暫くの間、波の上を行きつ戻りつたゆたっていたが、大きな波に飲まれ、あっけなく沈んでいった。



『海境より』



俺は、みちひの肌が好きだった。
彼女の肌は抜ける様に白く、美しかった。
初めてみちひを見たとき、自分と同じ生き物とは、信じられなかった程だ。
肌理の細かい白い肌と、しなやかな黒髪は人形のようで、真っ直ぐに相手を見つめる瞳は、吸い込まれるような力強さがあった。
そのあまりの見事さに、俺は見惚れた。

俺の生まれ故郷は海辺の貧しい漁村で、土地の者はみな日に焼けて浅黒かった。
髪も潮焼けして赤かったし、体には潮と魚の匂いが染み付いていた。
それが村の日常であったし、当然の姿だった。
俺は育った村を離れて、遠くの町へ出た。
村のことが嫌いになった訳ではないが、貧しい暮らしからは抜け出したいと考えていた。
町に着いて間も無く、俺は老舗の問屋で働けることになった。
俺が勤めだした大店の娘-――それが、みちひだった。

みちひは俺が初めて目にする類の娘だった。
華やかで、垢抜けていて、物怖じしなかった。
気が強く、小賢しいという者もいたが、そんなところさえ、俺を惹きつけてやまなかった。
何もかもが俺と違う、鮮烈な印象の娘。憧れの、高嶺の花――だった。
夢にさえ、思わなかった。
よもや、その娘を妻に娶る日が来ようとは。

自分の腕の中に何度彼女を抱いても、これは夢なのでは、という懸念が、いつも湧いてでた。
彼女の輝く白い肌の全てを、俺だけが愛でることができる。
彼女が褥であげる甘い声を、俺だけが聞くことができる。
この幸福に、俺は浮かれていた。
仕事を認められた事や、大旦那に目をかけてもらえた事は嬉しかったが、同等か、それ以上の喜びが、そこにあった。
店に勤めだして数年の後、俺は店の跡目を約束され、みちひの婚約者に認められたのだった。


本来、祝言を挙げるまでは、忍ばねばならなかったが、それでも俺たちはこっそりと、逢瀬を重ねた。
人気の無い納屋や蔵の中で。俺たちは何度となく、体を重ねた。ただただ、夢中で貪った。
気位が高くて意地っ張りなくせに、みちひは床の中で従順だった。
だが、唯一つ、最中に灯りを消してくれと言うことには、毎回こだわった。
俺は毎回、その申し出を却下した。
理由は、みちひの恥らう表情を見たいから。
と、灯りを消せば、幻のように消えてしまうかもしれない、という不安が、拭えなかったからだった。


薄暗い蔵の中、行灯の揺らめく炎に照らされて、みちひの白い肌が浮かび上がる。
その瞬間が、好きだった。
するりと着物が滑り落ちて、みちひの柔らかな肌が露わになると、俺の背中にぞくりと何かが走る。
みちひは恥ずかしがって、すぐに両の腕でその身を隠そうとするのだが、俺はその手を捕らえて解くのが常だった。
現れた二つの豊かな膨らみは、みちひの呼吸にあわせて、ゆっくりと上下する。
俺の片手に余りある、柔らかい果実に唇を寄せると、みちひの熱い溜息が俺の首筋を撫でた。
先端で震える、硬くしこりだした突起に軽く歯を立てると、彼女の体は面白いように跳ねた。
淡い桜色のそれを何度も執拗に舌で舐ると、ぷっくりと立ち上がって、赤みを増す。
みちひは耐え切れず、体を捩じらそうとするが、俺が押さえているので、逃げることができない。
俺は彼女の両手を押さえ込んだまま、唇だけで彼女の肌を愛撫する。
舌を這わし、軽く食んで、その感触を愉しむ。
シミ一つ無い、完璧な彼女の肌。
その白さは、闇の中でそれ自身が発光しているようにも見えた。
たまに強く吸うと、肌の下に血色の華が咲く。
俺が彼女の身体中に口づけているうちに、少しずつ彼女の吐息は熱を増して、悩ましくなる。
身体をくねらせる仕草も、決して拒絶するそれではなく、むしろ促すような妖しさが感じられた。
俺は彼女の肌を、時間をかけて、ゆっくりと愛でた。
しっとりと汗ばんできた肌に、赤味がさしていくのを見るのが、好きだった。

彼女の瞳が熱く潤んできたのを確認すると、俺は彼女の片脚を持ち上げる。
華奢な足首から、優美な線を描く脹脛、それに続く膝裏を舐って、一際白い内腿に頬ずりをする。
時折、みちひの体はぴくりと跳ね、唇から高く掠れた悲鳴が漏れた。
彼女の脚の間にある、誰にも触れさせた事の無い泉の奥から、淫靡な香りの蜜が溢れてくると、俺はそこに顔を埋めて、蜜を吸う。
彼女は体を強張らせるが、消して逆らわない。
ひたすら、蔵の外に声を漏らさないように、必死に耐える。
俺は彼女が脚を閉じられないように押さえたまま、突き出した舌の先を、彼女の濡れ光る泉の奥に沈めていく。
蔵の中に、犬が水を飲むときのような、音が響いた。
俺が舌で泉を掻き回すと、湧き出した蜜と俺の唾液が溢れかえって、彼女の太腿を濡らし、尻まで伝って彼女を汚した。
そうなると、みちひは左右に頭を振って、遂に泣き声を漏らす。

「あ…っ! くッ……ぅう……んッ、 ぃ…や……! シロウ! やめ…ッ 」
「声、出すなって。 人が来るぞ」

唇を精一杯に噛み締めて、喘ぎを堪えるみちひの表情は堪らなかった。
いつもは自信に満ちて、真っ直ぐに俺を射抜いてくる瞳が、切なそうに俺を見つめる。羞恥に目の端を赤く染めて。
潤んだ双眸に映るのは俺の姿だけで、俺だけを求めて、可憐な唇が俺の名を呼ぶ。

「シロウ……もぅ…ダメ……はやく……来て……」

その声が、俺を駆り立てる。
堪らずに彼女の腰を引き寄せて、熱い泉の奥に己が猛りを一気に突き刺す。
ぐちゃり、と水気を含んだ音が響いて、一瞬みちひの腰が浮く。
反り返る細い喉首から、小さい悲鳴が引き絞られて、彼女の指が俺の腕に食い込む。
彼女のきつく寄せられた眉根や、苦しげな吐息の漏れる唇を見つめながら、俺はゆっくりと腰をまわす。
すると徐々に、彼女の吐息は上擦った嬌声に変わり、愉悦の表情がその顔に浮かぶ。
短い喘ぎを繰り返すだけの唇からも、俺のモノが出入りする下の唇からも、透明な熱い液体が、伝い落ちた。
快楽の波に揉まれて、呼吸もままならないと言った様子の彼女の表情。
それでも、随喜の涙を流す瞳に俺を映し、呂律の回らない舌で俺を呼ぶみちひが、愛しかった。
俺は腰に体重を乗せて、何度も何度も、激しく突いた。
みちひは俺の首にしがみついて、応えるように俺の名を呼び続けた。
その甘い声で呼ばれていると、気持ちが良くて眩暈がした。
夢中になって、求めあった。
溺れる、という感覚が、一番近いのかもしれなかった。
二人で蔵の中、肌を晒してまぐわっていると、気の遠くなるような瞬間が、何度もあった。
俺は、彼女に溺れていたのだろう。
だから、足元を掬われた。

簡単な失敗で、俺はあっけなく、店から首を切られた。

町を離れる船の中で、俺は捨て鉢な気持ちになっていた。
浮かれていた自分を思い出してみると、自然と口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
未来は明るいと、信じ込んでいた自分。
みちひに夢中になって、周りが見えていなかった自分。
それが今や、肩書きも職も失って、故郷に戻るしかない、負け犬だ。
ざまぁない。

人の気持ちなんて、いい加減なものだ。
跡取りはお前しかいない、とまで言っていた大旦那は、最後には野良犬を見るような目で、俺を見ていた。
あの時、大旦那は俺の言うことよりも、他の同僚の意見に耳を貸した。
結果、俺は跡取りどころか、首まで切られてお払い箱だ。

元からが、過ぎた幸運だったのかもしれない。
俺の出世の速さは例を見ないものだったし、おまけに、みちひとの婚約まで漕ぎ着けていたのだから、俺が周りから反感を買わない道理は無かった。
同僚たちは、俺の失敗を機に、あること無いこと大旦那に吹き込んで、俺を陥れた。
俺が数年かけて築いてきた信用なんてものは、不確かな噂話で、簡単に崩れ去る程度のものだったのだ。
自分の無力さには、涙も出なかった。
俺は町での全てを失った。
当然、みちひとの婚約も、解消されるものと思っていた。
――――ところが。

「納得がいかないわ。何故シロウが辞めなくちゃいけないの。
 仮に、シロウが辞めることになったって、私との婚約まで取りやめる必要はないでしょう。
 シロウが出て行くなら、私も家を出るわ。夫婦になると、決めた相手だもの」

気の強いみちひは、大旦那と大喧嘩した末、俺について家を出た。

みちひが俺について行くと言ったときは、嬉しくて涙が出そうになった。
生涯かけて、大事にしてやろうと思った。
だが、故郷へ戻る船へ乗り込んで数日、俺は迷い始めていた。
初めは、俺の故郷の話に目を輝かせていたみちひも、慣れない船旅や疲れのためか、次第に文句が多くなっていった。
みちひは、潮風で髪や肌がべたつくことを気にした。
海辺の強い日差しは容赦なく、彼女の肌を赤く焼いた。
肌が日に焼けて痛む、潮の香りで頭痛がすると、みちひは訴えた。
美しい眉は常に不機嫌そうに曇るようになり、俺を見つめる視線も、どこか責めているように感じられた。
みちひが何かに文句を言えば、それは全てお前のせいだと言われているようで、忍びなかった。
俺は不安になった。
みちひは元々、都会育ちのお嬢様だ。それが、俺の故郷でやっていけるのだろうか。
華やかで、洗練されたものが似合っているこの娘に、田舎の暮らしなど、出来るのだろうか。
俺なんかについて来ないで、町に残っていたほうが、幸せだったのではないか。
前にも言ったように、人の気持ちなど、いい加減なものだ。
みちひも、売り言葉に買い言葉で、親に意地を張っただけかもしれない。
本当は、町に残りたかったのかもしれない。
俺が迷っていたそのときだった。

「魚くさい」

みちひが、俺の迷いに決定的な一言を言った。

「あんたの生まれが、ここまで田舎だとは思わなかった。 ねえ、戻ろうよ」

やっぱり、と、そう思った。
捨て鉢な気分がさっきにも増して襲ってきた。
本当に、どうでもいい気分になった。

「正直、俺もお前が本気でついて来るとは思わなかった。
……戻りたかったら、戻っていいんだ。 お前に合う、土地じゃあない」

今でも思い出す。あの時の、みちひの表情。
ひどく傷ついた顔をして、黙り込んでしまった。
あの顔が、忘れられない。
あとで、謝ろうと思った。
謝りたかった。
なのに。

俺は、みちひを傷つけたまま、彼女を永遠に失うことになってしまった。

口論のあと、俺たちは別々の小船に乗り込んだ。
ところが、みちひを乗せた小船は、濃い霧に飲まれ、沖へ流された。
俺は慌てて、みちひを追いかけようとした。
だが、突如沸き起こった大波に船を覆され、それは叶わなかった。
覚えているのは、白い海蛇の大群。
気味の悪い霧。
霧の中から聞こえた、みちひの怯えた声。
俺は浜に流れ着き、一命を取り留めたが、みちひも、彼女の乗った船も、その欠片すら、浜には上がらなかった。

あとで解ったことなのだが、みちひは蟲の群れに巻き込まれ、ヒトの世とは違う世界に行ってしまっていたらしい。
俺がそれを知ることになるのは、およそ三年の後。
ある旅の蟲師と、出会ってからだった。

俺は浜に流れついてから、二年半以上、そこでみちひを待ち続けていた。
半分は、諦めていた。半分は、認めたくなかった。
海を眺めては、日に何度も何度も、俺はあの日のことを反芻し続けた。
そして俺はその度に、みちひに会いたくて、たまらなくなった。

旅の蟲師とは、その頃に出会った。
その男は俺の話を聞くと、すぐに立ち去ってしまった。
その後、俺は浜で一人の娘に出会い、新しい暮らしを始めた。
男の事などは、忘れていた。
ただ、時たま海を眺めては、みちひの事を思い出した。
その男が再び俺の前に姿を現したのは、みちひを失ったあの日と同じ、奇妙な霧が海に立ち込めた日のことだった。

男が言うには、あの日の霧は、蟲がもたらした現象なのだという。
今、目の前にある霧も、全く同じものなのだと。
俺は蟲師とともに、霧の中に船を出した。

霧の中で、その小船を見つけたときは、鳥肌が立った。
あの日見失った小船が、あの日のままの姿で、浮かんでいたのだ。
俺は狐につままれた気分のまま、その小船に近づいた。
小船の中には、みちひがいた。
――――生きて。
白く滑らかな肌は、そのままに。艶やかな黒髪も、そのままに。
俺を見つめる眼差し、話す口調、声音、仕草の一つ一つが、みちひだった。
涙が、溢れた。
会いたくて、たまらなかった。俺の、大切な、女房。
どうして、こんな目に遭わせてしまったのかと、悔やまれることばかり、してしまった。
再び、生涯をかけて大切にしようと誓った、そのときだった。
蟲師が言った。

「それから 離れろ。 それはもう、ヒトではない」

目の前の、みちひが、崩れた。

みちひは既に、ヒトの世から遠く離れた、彼岸に旅立っていた。
彼女は三年の間に、蟲になってしまっていた。
形を失った蟲たちは、巨大な一つの柱になって、天に昇っていった。

俺は、浜へ戻った。
翌日浜には、みちひの積荷を乗せた船がうちあげられていた。
浜に散乱した積荷を、村の人々が珍しそうに、拾い集めて喜んでいた。
――――終わったのだと、思った。
もう、みちひはいないのだという現実だけが、ありありと感じられた。
海は穏やかで、波の音は変わらず、鳴り続けていた。


俺は、今でもこの浜にいる。
浜で出会った娘とは、所帯を持った。
名を、ナミという。
気立てが良くて、性根のやさしい、控えめだけれど、屈託なく笑う娘だ。
浜の人々にも受け入れられ、今の暮らしに不満はない。
不満はない……筈だ。
筈だが、不意に明け方、目が覚めると、頬に涙が伝っている。
昔の夢を見ただけだろうが、ナミには気づかれないよう、隠した。
心根の優しい娘だから、変に心配させるのは、忍びなかった。
みちひとは、大分違った娘だったが、俺はこの娘が、大切だった。
よく尽くしてくれるし、よく笑ってくれた。
ナミが笑ってくれるので、救われた事が、何度もあった。
ナミと所帯を持って、一年が過ぎようとしていた――。


その日、仕事から帰った俺は、戸を開けるなり、凍りついた。
目に飛び込んできたのは、上等な、洒落た柄の、黄色の着物。
みちひの顔が、すぐに浮かんだ。
忘れるはずのない、彼女の着物。

「似合うー?」
けれど、振り返った女の顔は―――ナミだった。
「………どうしたの?」
咄嗟に言葉の出ない俺を見て、幼い妻は怪訝そうに、俺を見上げた。
「あ……いや……、どうしたんだ。そんな着物」
俺はできるだけ平静を装って、尋ねた。
「ちょうど、一年ぐらい前に、浜に『宝船』が流れついたことがあったでしょう。 あの時、拾ったの。
虫干ししようと、仕舞ってたのを出してみたら、着てみたくなって。」
屈託なく笑うナミを見ていたら、俺も自然に笑うことができた。
「……あぁ、似合うな……」
ほんと?と腕にじゃれ付いてくるナミに、本当だよ、と笑いかけた、その時だった。

「…………私よりも?」

俺を見上げたナミの顔は――― みちひだった。

――――― ぎゃあああああああああああっっ 

俺は肝を潰して、その場に尻餅をついた。
「な、ななな、なん、何で、み、み、みち、みちひ、お、お、おま…っ」
言葉も上手く紡げずにいる俺に、みちひの顔をした女が言った。

「失礼ねぇ。人を化けモンみたいにさ。
だけど、アンタのさっきの顔だって、相当笑えたわよ。
何?今の『ほんとおだよぉ?』っていうの。
デレデレ鼻の下伸ばしてさ。馬鹿じゃないの?」

憎々しげに俺を見下ろす、みちひを見て、俺は頭が真っ白になった。
何が起きているのか、分からない。
分からないが、目の前にいるのは、みちひだ。

「……みちひ……」

俺は目の前にいる女の手を取った。
白魚のような繊細な指は、確かに、みちひのものだった。
胸に、懐かしい感情が渦巻いて、溢れた。

「みちひ……お前……」

俺は目の前の女の手を、引き寄せた。
みちひは抵抗なく、すとん、と俺の前に膝をついた。
俺の目とほぼ同じ高さに、みちひの目が笑っていた。

「あんた……」

俺は、その場にへたり込んだ姿勢のまま、目の前の温もりを掻き抱いた。
温かかった。
柔らかかった。
幻ではない、彼女の温もりを、渾身の力で抱きしめた。

「いた…っ……痛いって……! あんた……あんたってば!! 」
強く抱きしめすぎた為か、腕の中で、彼女がもがいた。
「ああ…、すまん、すまん」
みちひ―――と、呼びかけて、俺は再び凍りついた。

「……どうしちゃったの? 本当にヘンだよ。あんた……」

俺の腕の中にいたのは――――ナミだった。

俺は、呆然となった。
夢でも見ていたのかと、そのときは思った。
しかし、その夢は、一度では治まらなかった。


その日を境に何度も、ナミは、みちひに成るようになった。
姿形までみちひに成るときもあれば、声だけで、姿はナミのままの場合もあった。
その姿で、昔と同じように、憎まれ口や、わがままを言う。
特に、俺がナミに触れようとすると、みちひは現れるようだった。
そして、みちひに成っている間、ナミにその記憶はないらしい。
そんな生活が、一週間、続いた。

俺は、混乱していた。
自分の頭がおかしくなってしまって、幻覚でも見ているのか、とも思った。
もしくは、これも蟲の仕業なのか、と。
そして、どうにもこの生活は、心臓に悪かった。
浜の人々は気づいていなかったが、俺は生きた心地がしていなかった。
みちひが現れれば言い訳をし、ナミが戻れば言いつくろい、まるで、浮気を見つかったような気分になる。
どちらも、俺にとっては女房なのに――である。
本当に、妙な事になってしまった。
だが不思議と、俺はそんな暮らしが嫌ではなかった。
みちひは、――私は幽霊になって戻って来たのよ――と言っていたが、恐ろしさは全く感じなかった。
そりゃあ、驚いたり、たじろいだりはしたけれど、自分が惚れて娶った女房だ。可愛くないわけがない。
憎まれ口を叩かれるのも、懐かしい気分を思い出させた。
むしろ、昔のようにみちひと話せるのが、嬉しくさえあった。
だが、どちらかに触れようとすると、二人は入れ替わってしまう様で、それだけは、本当に困った。
俺は、可愛い女房を二人持ちながら、その女房に指一本触れられない日々を送っていた。



寝返りを打とうとしたが、何故か上手く動けない。

――――変に寝違えちまったか。

寝ぼけながら目をこする―――つもりだった。
だが俺の両手は、全く動かすことができず、耳元で何かがぎりっ、と、音を立てた。
「!?」
そこで俺は、完全に目が覚めた。

「おはよう」

目の前には、愛らしいナミの笑顔がある。
だが、声は聞き間違うはずのない―――みちひのものだった。
嫌な予感を感じ取りつつ、俺はみちひに言った。
「……手が、動かないんだが。 」
「それは、そうでしょうね。 だって、あんたの両手、私が縛ったんだもの」
事も無げに言う。
よく見るまでも無い。俺の腹の上に、彼女は馬乗りになっている。
俺は頭の上で両手を縛られ、仰向けに寝ていた。寝巻きの帯かなにかできつく縛られて、柱に括りつけられた状態だ。
面白そうに覗き込んでくる瞳を見かえして、俺は言った。
「…………解いてくれよ」
「いや」
即答だ。にっこり微笑んで、こうもハッキリ言われると、いっそ清々しいな、と、俺は他人事のように思った。
「って、状況がわかんねえよ。なんだ、今度はどんなわがままだ」
俺は両手を渾身の力で動かそうとしたが、ビクともしなかった。どんな力で縛りあげたものか。
そんな様子の俺を見て、くすくすと、ナミの顔をした、みちひが笑う。
同じ顔の筈なのに、随分と違う印象に見えるもんだな、と、俺は思った。
いつものナミより、少し大人っぽくて、いつものナミより、少し意地悪で。そして、いつもより―――随分と、色っぽかった。
妖しい表情をしたナミの顔が近づいてきて、俺の鼻先二寸のところで、止まる。
ナミの愛らしい小さな唇が動いて、みちひの声で、喋った。

「…………ねぇ、抱いておくれよ」

ぞくりとするほど、その声は濡れていた。
久しぶりに、俺は眩暈を感じた。
溺れていく、あの感覚。

「……解いてくれなきゃ、抱いてやれんよ」

俺たちは、鼻先二寸の距離を保ったまま、見つめあった。
俺の腹の上に跨っている、彼女の股の辺りが、熱く潤っているのが分かった。
俺の腹の下も、少しずつ疼いて、熱を持ち始める。

「ダメ……。 あんたが手を触れちゃ、駄目なのよ。 ……この娘が起きちゃうもの」

そう言って、みちひは、ナミの体を弄った。
あの、黄色い着物を身に着けている。
ゆっくりとした仕草で、その着物を脱いでゆく。
俺はごくり、と、生唾を飲み込んだ。
下帯を解いて、着物を脱ぎ去ってしまうと、肌蹴た下着の隙間から、ナミの小麦色の肌が覗いた。
汗でしっとりと濡れたそれは、健康的で、張りがあって、瑞々しい。
下着の合わせ目を、ナミの指が開いてゆく。小麦色の肌が、みるみる露わになってゆく
みちひは俺を見つめたまま、ゆっくりと、焦らす様に、それを行った。
現れた両の乳房は、小ぶりだが、つんと上を向いていて、可愛らしい。
その下に続く、きゅ、と凹んだ臍の窪みまで、愛らしい。
俺の体の上に感じる、肉付きのいい太腿と尻の感触が、俺の下腹部を刺激した。
みちひを相手にしているのに、ナミの体に反応してしまうのが、なんだか極まりが悪くて、俺は尋ねた。
「なぁ……、なんで今日は、自分の姿じゃないんだ」

みちひはナミの姿のままで、艶然と微笑んだ。

「だって……抜け駆けしちゃあ、可哀相でしょう?
 それに、この娘だって、あんたが欲しいんだよ」

ほら、と、腰を浮かせて、みちひはナミの体を開いて見せた。
俺の上で股を拡げて、脚の間の秘唇を、指で押し開いて見せる。
中の赤い肉が蠢いて、奥からとろとろと、透明な液体が滴っているのが、見えた。
一気に、下腹部に流れる、血の勢いが増す。
意識のないナミに悪いような気がしたけれど、目を逸らせない。
俺は、みちひと二人して、ナミを犯しているような、妙な錯覚を覚えた。
それは、後ろめたい気持ちにさせると同時に、俺を興奮させた。
みちひは、そのまま、肌蹴た俺の腹の上に腰を落として、ぬるぬると潤った股間を、俺にこすりつけた。
俺は、たまらなくなって、言った。
「なぁ…、頼むから、解いてくれよ。このままじゃ、生殺しだ」
しかし、みちひは相変わらずの調子で答える。

「嫌よ……。あんたの手がこの娘に触るのは我慢できないし、
この娘も、私の体にあんたが触れるのは、意識はなくても、嫌がってるみたい。
 だから、こうでもしないと……あんたと、寝れないんだよ」
「……それじゃあ、もう…はやく……挿入れさせて、くれよ」

俺は熱に浮かされたように、懇願した。
みちひは意地の悪い笑みを浮かべて、答えた。

「どうしよう……かな」

彼女は俺の上に被さりながら、妖艶に、体をくねらせた。
俺の胸に、ナミのやわらかい乳房が触れる。俺の腹に、ナミのなめらかな、それが重なる。
ナミの指先で、ゆっくりと、肌蹴た俺の胸板を、撫で回す。
そのまま、俺の胸に、頬を寄せる。
胸に、彼女の柔らかい唇が、当たった。
ちゅ、と、音を立てて、俺の肌の上に、彼女は口付けを落としていく。
焦らされていく感覚に、頭の芯が濁っていくようだった。
体が熱くなって、まともに考えられない。
彼女をめちゃくちゃに抱いてしまいたいのに、どんなにもがいても、両手は自由にならなかった。
次第に、彼女の口付けは大胆になり、熱く滑った彼女の舌が、俺の肌の上を滑っていくのを、感じた。
俺の乳首の周りを舐めまわし、首筋まで舌を這わす。
ぞくぞくと快感が走り、思わず声が漏れそうになる。
鼻息が荒くなってきた俺の耳元で、みちひの声が妖しく囁いた。

「ねぇ……気持ちイイ?」

全身の感覚が、全て彼女に集中した。
彼女の声、吐息、肌、唇の感触、舌の感触、指先の動き、熱、匂い。
ナミでありながら、ナミじゃない。
みちひでありながら、みちひじゃない。
強い眩暈の中で、俺の心拍数が上がっていく。

下腹部は、既に限界まで熱を持っていた。
この熱を放ちたくて、たまらない。
起ちあがった俺の芯に、彼女の指先が、触れた。
柔らかい指先が、優しい手つきで、俺を根元から扱きあげる。
ゆるゆると、始められたそれは、徐々に激しい動きに変わってゆく。
左手で陰嚢をもみしだいて、右手でヒクついた俺の芯を扱きたてた。

「う……ぁ……っ」
「こうすると、気持ち良いんでしょ? あんたが教えてくれたんじゃない」

…………どっちに教えたことだったっけ……。
いかん。朦朧となりかけている。
今いるのは、みちひで、でも姿はナミで……。

混乱を増す俺の亀頭の先端を、彼女の指の腹が強く擦った。
先走りの汁が滴って、にちゃにちゃと音がした。

「はぁ…はぁ……っもう…っ」

うわ言のように、声をあげてしまった。
そんな俺を弄ぶように、彼女は俺の根元を握り締めたまま、亀頭の先に唇を寄せる。
小さな赤い唇から、ちろりと赤い舌を出して、亀頭の中に、その舌を突き入れる。
ほじるような舌の動きに、俺は徐々に、限界を感じ始める。
柔らかい唇の内側や、舌の感触が、俺の敏感な芯に絡み付いて、俺の理性を奪っていく。
彼女は唇をすぼめて、さらに激しく俺の先端を攻め立てた。

「あ…ぁ…っ、く……ッ!」

眉根をきつく寄せて、歯を食いしばる。
脳天を突き抜けていく快感に任せて、俺はその精を放った。



「いっぱい……かかっちゃった……」

頭を上げて、微笑んだナミの顔には、べったりと、俺の白濁した汁がかかっていた。
その汁を、指先でこそぎ集めて、唇へ運ぶ。
ちゅぶ、と、精液にまみれた自分の指を吸う彼女の姿は、この上なく淫らで、美しかった。
その姿を見ただけで、また俺の芯は硬さを取り戻した。

「あんたも……まだまだ元気だね」

みちひの声で、ふふふ、と笑う。
耳をくすぐるその声に、俺は強い眩暈を感じた。

「みちひ……入れたい」

掠れた声で俺が囁くと、彼女は黙って微笑み、俺の上に跨った。
漲って熱を持ったそれを、彼女自身の潤った茂みの奥に導いていく。
ぐちゃり…と、水音が響いた。

「ん……ッ……は…ッあ……」

彼女はそのまま慎重に、彼女の中に俺を沈めていく。
ぐぷぷ…と、めり込んでゆくたびに、彼女は眉根をきつく寄せて、唇をわななかせた。
既に熱く潤ったそこは、内側に俺を飲み込むと、きゅうきゅうに俺を締め付けた。
お互いの荒い呼吸の音だけが、部屋に響いていた。息を整えながら、二人で見詰め合う。
俺が根元まで飲み込まれると、それまで黙っていた彼女が、口を開いた。

「ねぇ……わかってる……?」
「……何が?」
早く腰を動かしたくてたまらない俺は、もどかしげに尋ねた。
彼女は優しく微笑むと、俺の胸に両手をあてて、言った。

「私は…………私たちは…、あんただから、抱かれたいんだよ。
 あんたじゃなくちゃ、意味がないんだよ」

なんで今、そんなことを……、と、尋ねようとして、俺は口を開きかけた。
が、俺の質問は言葉になる前に、飲み込まれた。
彼女が激しく腰を揺すり出したからだ。
中が擦れて、強い刺激が俺の思考を掻き消した。
彼女の甘い吐息が、耳に届いた。吐息は徐々に、喘ぎにかわる。

「うっ…あぁっ…!!……っあっあっあっあんっ!!」
「はぁっ…はぁっ…っぁ……!」

俺は考える事をやめて、ひたすら下から彼女を突き上げた。
両手が使えないのが、もどかしい。
粘膜が擦れる卑猥な音と、互いの息遣いだけが聞こえていた。
彼女は俺の上で、背をのけ反らせた。強い快感のためか、苦しそうにあえぐ。
腰は相変わらず、求めるように、激しく揺れている。
俺たちの体のゆれに合わせて、ナミの小ぶりな胸が、ふるふると震えた。
頭の中が真っ白になるまで、互いを貪りあった。
繋がった箇所が熱くて、溶け出すような錯覚を、俺は覚えた。

「シロウ…ッ…シロウ……ッ!!」
みちひの声が、昔のように、何度も俺の名を呼んだ。
彼女の中で、俺が大きさを増す。
「あ…っア……!! ダメ……!! もぅ……!! 」

彼女のほうに限界が近づき、俺の肩にしがみ付いて、びくびくと体を痙攣させた。
彼女の中が強く引き絞られて、俺もたまらず、ナミの腹の中に、その欲望を吐き出した。



繋がったまま、彼女が俺の上にしなだれかかる。
お互いに激しく動いた後なので、なかなか息が整わない。
胸に彼女の息遣いを感じながら、俺は思い返していた。
――――さっき、こいつが言っていた、言葉の本意は何だったんだろう。
    なんで、こいつは、幽霊になって、戻ってきたんだろう。
考えている俺に、みちひが言った。
「でも何だって、私の後妻がこの娘なのかしらね。
 肌は地黒だし、胸はぺたんこ。脚だって太くて、大根脚じゃない。」
いつもの、慣れているはずの憎まれ口だったけれど、俺はムッとした。
「あんまり……ナミの悪口言うなよ」
私より、この娘の方が良いって言うの?と、ヘソを曲げられるかと思ったが、俺に向けられた彼女の顔は、笑っていた。

「…………私ね、本当はあの時、大丈夫だよ、って、言って欲しかったの」

「……は?」
何を言われているのか、意味が分からない俺に、彼女は続けて言った。
「……小船に別れて乗り込む前。私、あんたにワザと、酷いこと言ったでしょう」

―――魚くさい。
―――あんたの生まれが、ここまで田舎だとは思わなかった。 ねえ、戻ろうよ。

「あんたはあの日、溜息ばっかりついてて、私の顔見ても悲しそうだし、不安になったの。
 だから、ワザと、怒らせるようなこと、言ったの。
 大丈夫だ、って、お前は俺の嫁なんだから、文句言わずについて来い、って、言ってくれると……思ってた。
 ………でも、あんたにあんなこと言われて、もう、どうしたらいいか、……分からなくなった」

「みちひ……」
俺は、俺の言った言葉を思い出した。

―――正直、俺もお前が、本気でついて来るとは、思わなかった。
……戻りたかったら、戻っていいんだ。 お前に合う、土地じゃあない。

俺の体の上に寝そべりながら、みちひは真っ直ぐに、俺を見ていた。

「私ねえ、あんただから、ついて行ったんだよ。あんたが行くから、家を出たんだよ。
 あんたにあんなこと言われたんじゃ……私の居場所なんて、どこにも、無くなっちゃうんだよ」

俺は、旅の蟲師の言葉も、同時に思い出した。
――――あの霧の中からは、陸に戻ろうと、望むものにしか、陸は見えず、戻れんのだ。

「みちひ……俺……」
一体、何を、見ていたんだろう。
自分の不安で手一杯で、俺はみちひなんか、見ていなかったのかもしれない。
みちひが俺を責めているように感じたのは、俺が自分を責めていたからだった。
みちひの文句に傷ついたのは、俺が自分に自信を失っていたからだった。
俺の頬に、涙が伝った。
彼女は起き上がって、自分の体を抱きしめる仕草をした。

「それはね……この娘も同じ。……あんまり不安にさせると、私みたいに、戻ってこなくなるからね。
…………本当は、それだけ、言いに来たの」

彼女は笑って、涙を浮かべた。
ふう…っ、と、彼女の体が二重に重なった。
泣き笑いの表情のナミと、白いもやのように霞んだ、同じ表情のみちひ。
みちひの姿をしたもやが、ゆっくりと、ナミの体から離れていく。

「みちひ……っお前…っ」

俺は離れていくみちひを捕まえようとするが、両手は縛られたままだ。
彼女は最後に、にっこりと微笑んだ。

「それとね……、あんた毎月、あたしの月命日に、海まで花を持って来てくれるよね…。
 あれね……、すごく、うれしかった。 ありがとう。
 あんたはその娘に気取られないつもりで、やってたけどね…、
その娘、気づかないどころか、あんたがお参りしてくれた後で、ちゃんと、あたしに手を合わせに来てくれるんだよ。
『シロウは私が守ります』って。『安心して眠って下さい』って。
…………いい娘よね。……嫌いになんか、なれないわ」

大事にしてやるんだよ、みちひはそう言うと、ふっ、と窓の光に吸い込まれて、消えてしまった。


それは、みちひの着物に残った、蟲の影響だったのか、または、みちひ自身が言うように、幽霊だったのか―――はたまた、俺が束の間、都合のいいように見た夢だったのか、今でも分からない。
ただ、みちひが消えた後で、意識を取り戻したナミが、両手を縛られた俺に馬乗りになって、汁塗れになっている自分の状況に、かなり混乱したのは、事実だ。
俺は縛られた両手の帯をナミに解いてもらい、自由になった両腕で、強くナミを抱きしめた。
ナミは相変わらず混乱していたが、俺は彼女を抱きしめ続けた。



強い潮の香りと、延々と続く海鳴りの声。
水平線の彼方が白んできて、夜明けを告げる。
浜風に髪を撫でられながら、男女が一組、波打ち際に立っていた。
背の高い男と、小柄な小さい女。
その浜では、毎月、その時刻になると、その二人が海に向かって、手を合わせる姿が見られるのだという。



<了>

 

 

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