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作者: 188 Summary: 水蠱×いお |
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生け贄に、なぜ私が選ばれたのかはわからない。 ただ、水害から村を救うためには、どのみち誰かの犠牲が必要なのだ。 私は拒まなかった。 最後に「水神様の嫁になるのだと思っておくれ」と、泣きながら告げた母。 その母に背を向け、その背をもう二度と会うことのない村人たちに押されて、私は河へ飛び込んだ。 荒れ狂う濁流は、私の体を一呑みにし、深くへと連れ去っていく。 苦しい。息ができない。 手足が水に圧し流され、もがくことさえままならない。 何もできないまま、私の弱々しい体は河の底へ沈んでいった。 「…………!」 そのとき。 河の底を泳ぐ何かを、見た。緑の色をした、とても大きな何か。 それが、こちらへ向かってくる。 私の何倍もある巨体をうねらせて、こちらへ悠然とさかのぼってくるのだ。 私は苦しいのも忘れ、驚くほど逞しいそれに魅入ってしまった。 (何だろう、これは) 流れに沿って泳ぐ巨大な緑と激流に揉まれる私との距離が、ついになくなった。 私の体はなおも沈みこむ。 そうして緑に包み込まれて、それが魚やほかの動物などではないと知る。 水のような液体で、けれど水でもない。 (……あれ) 粘りはないし、冷たいとも熱いとも感じないけれど、その緑が四肢にまとわりつくような感触を感じた。 不快ではなく、恐怖もない。あるのは、なぜか安堵感だ。 例えるならば、それは幼い日に、歩き疲れた私を負ぶってくれた父の背中に似ているだろうか。 そんな不思議な安らかさに甘え、しばらくそれに体を預けていた。 「ん……?」 その心地よさに違和感を覚えたのは、どれくらい経ってからだろう。 私を静かに包んでいたそれが、うごめき始めたのだ。 まるで体全体を撫でるように……愛しさをこめて、ゆったりと優しく肌の上を這っていく緑。 「え……あっ」 初めは戸惑ったが、私はじきに愛撫を受け入れた。 その感覚が、心地よかったから。 危険は感じなかったし、身を預けていたいという思いも変わらない。 出会ってから一刻も経っていないだろうに、なぜか私の中にはそれに対する絶大な信頼感が育っていた。 それは、私の体を余すことなく優しく愛撫していき、えもいわれぬ心地よさを与えてくれる。 「はあ……」 目を閉じて、うっとりとため息をついてしまう。 ふと、呼吸ができたことに気づいたが、なぜなのかをあまり深く考える気にはならない。 何も考えず、穏やかに、流れるように肌を這う緑に身を任せていたかった。 ゆるゆるとうごめくそれは、衣服の内側へも滑り込んでくる。 胸やわき腹に触れられると、くすぐったくて少しだけ笑ってしまう。 「ふっ……やあ」 けれど、その辺りに触れられるのは特に快かった。 ゆったりとした動きでは物足りなくさえ思ってしまう。 ただ、愛撫を受けているのは胸の辺りなのに、むずむずとした焦れったさはなぜか下半身に伝わった。 下肢をそっとこすり合わせる。 その動きに、緑のものは敏感に反応した。 優しいうごめきは私の全身を撫でながら、やがて下肢に集中していく。 「あ!」 思わず声を上げてしまう。 気持ちよかった。 それが脚の付け根の辺りを撫でるたび、甘い痺れが背中を駆けていく。 もっと。 もっとしてほしい、とつい願ってしまう。 そしてその願いを読み取ったように、丹念に愛撫を続けるそれ。 献身的に私を気持ちよくしてくれているとしか思えない。 こちらもされるばかりでなく、それのためにできることはないか? 考えをめぐらせたが、良い案は何も見つからず、結局されるがままになっていた。 「……ありがとう……」 私にできたのは、感謝の意を述べるだけ。 その言葉を緑が聞き、理解できたかどうかはわからない。 ただ、その直後、今までのそれにはなかったぬめりを感じた。 ぬめりはやはり私の下肢、おもに大腿の辺りでうねっている。 何だろうかと疑問に思ったのも束の間。 それが、脚の間から、私の中へ入ってきた。 「や、ああっ……!」 一度入り込んだものは、体の奥へ、奥へと突き進んでいく。 それはときに雄々しいまでに力強く、ときに優しく繊細にうごめいた。 苦痛はない。代わりに、狂おしいような、切ないような、未知の激情が全身を貫く。 私は身悶えた。 「あ、はあっ、ん……あああ……っ」 水神様の嫁になるのだと――ふいに、母の言葉が甦った。 あの安堵感は、水神様のお力なのかもしれない。 すると私は、今、神様のお嫁になったのか。 水神様の嫁になるとは、こういうことなのだろうか。 わからないが、なんとなくそんな気がした。 それならば、もう帰ることのない故郷は、きっと救われたに違いない。よかった。 嬉しさと同時に、何かがこみ上げてくる。 「うんっ……なに、ああっ」 問いかけても答など返ってこない。 少しずつ膨れ上がる、自分でも招待を掴めないその何か。 次第に体内を占領されていくような感覚は、しかしたまらなく甘美で、私は少しの恐怖と大きな愉悦を同時に感じていた。 この感覚は何だ。もしかして、この身が緑に支配されてしまうのかもしれない。 そうなったら、私はどうなる? 私は、その瞬間から私でなくなるのだろうか。 ――だとしても、構わなかった。早くそうなってほしいとさえ思った。 のけぞる私を優しく撫でまわし、内から外から包み込むそれが。 どうしようもなく、愛しかったから。 「は……ああ……あああああっ!」 待ちわびた瞬間は、これだったのかもしれない。 私の中で何かが弾け、頭が真っ白になって。 記憶は、そこで一度途切れている。 気がついたときには、山あいの沼の淵にいた。 いや、沼ではない。きっとこれは、水底で私を包み込んでいたものなのではないか。 ふと濡れた長い髪に目をやると、すっかり鮮やかな緑に染まっている。 それがまるで、水神様の嫁となった証のように思えて。 沼に手を差し入れれば、たちまちあの安堵感が甦ってきた。 あのまま河で息絶えるはずだった私を、生かしてくれたこの緑。 「……あなたは、どこへ行くの?」 どこかへ行くのなら、ついて行こう。 私は、沼の中に居場所を見つけ、沼とともに生きる道を選んだ。 おわり
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