俺の一番最初の記憶はある少女の笑顔から始まる。
何処から来たのか解らず、自分の名前しか解らなかった俺に少女は優しく笑い掛けてくれた。
それを一目見た瞬間から少女の笑顔が大好きになった。
その笑顔が見たくて、いつも少女に会いに行った。
そんな俺に気付くと少女は必ず笑顔を向けて名前を呼んでくれた。




こんな幸せがずっと続くと思っていた。




彼女の笑顔が自分の側からなくなる日が来る事なんて考えもせずに―――――















刹 那 の  















あれは、俺が14歳になったばかりだった。

『エイト、今日は姫の警護だぞ』
『はい!』

8歳の時にこのトロデーン城に来た俺もすっかり此処の生活に慣れ、小間使いから城の警備を担当する近衛兵になっていた。
自分が近衛兵になれた時は本当に嬉しかったのを今でも覚えている。
理由は・・・。

『エイト!おはよう』
『おはようございます、ミーティア姫』

この国の王の娘、ミーティア姫の側に居れるから。
小間使いだった時はよく抜け出して逢いに来ていたが、近衛兵になれば仕事としても姫に逢えた。
姫を守り、自分に向けられる笑顔が見れるだけでこの気持ちは十分だった筈なのに。





『ミーティア姫には生まれる前から婚約者が決められてるそうだ』

一瞬にして全身の血が凍りつくようだった。

『エイトは比較的此処に来たのが遅いから知らなかったと思うけど』

自分が姫とどうかなるなど考えた事はなかった。
身分の違いもあったし、記憶を無くした自分を暖かく迎え入れてくれたそれだけでよかった。
なのに何故だろう。
姫の笑顔が自分以外の人間のものになると知った途端、自分の中に生まれた黒い渦。

苦しくて、もがけばもがく程その淵に飲み込まれて行くようだった。





『ミーティアね、将来サザンビークの皇子さまと結婚するんですって』

姫の口からそれを聞いた時の事は一生忘れない。
力一杯拳を握り、爪は掌に食い込み血が滲んだ。

『そうですか・・・』

振り絞って出た言葉が微かに震えた。

『一度も会った事はないんだけど・・・どんな人かしら』

無邪気に言う姫を、俺は直視出来なかった。
泣いて泣いて、泣き続けて。
自分の立場に腹が立った。
自分ではどうしようもならないのに悔しくて堪らなかった。

その日以来、枯れたように涙は出なくなっていた。

どうせ報われないのならば、姫の笑顔を最後まで守ろうと誓い、自分の気持ちを押し殺した。
それでいいと思ったしそれが一番だと思った。

でも。
気持ちを殺せば殺す程自分の中で膨れ上がる“何か”にこの先俺は悩まされる事になった。










「ねぇ、エイト。今日はお話出来る?」

あれから年月を重ね、俺は18歳になっていた。
姫も18歳になり、無邪気な少女は歳相応の美しい女性へと成長していた。
その美しさは近隣諸国はもとより、西の大陸まで広まっているという話だった。

「申し訳ありません。今日は城の警備を担当しますので」

「そう・・・」

あの日から俺はなるべく姫の近くに行かないようにしていた。
仕事だから側に居なくてはならない時もあったが、そんな時は仕事を楯にあまり話さなくなっていた。
あんなに望んでいた姫の笑顔を見る事さえ今は出来ないで居た。

「エイト、ミーティアの事嫌いになった・・・?」

胸がドクン、と強く鼓動を打った。

「・・・どうしてですか?」

気付かれないよう平静を装う。

「昔みたいに・・・ミーティアに笑わなくなったから・・・」

あの頃は姫の笑顔を見ると自然と顔が綻んでいた。
だけどどうして出来るだろう?
その笑顔を見る度に胸は軋み、悲鳴を上げるというのに。
またひとつ得体の知れないものが膨れ上がるのに・・・。

「あの頃のようには・・・いきませんよ。姫が成長したように私も成長しましたから」

幼いままだったらよかった。
そうしたらこんな想いに苦しむ事もなかったのに。

どうしてそんな哀しそうな顔をするの?
あなたはいつか俺の前から居なくなるのでしょう?
その笑顔だけで俺の心を縛り、闇に堕とすのだ。

もういっそ俺を見ないでくれたらどんなに楽なんだろう――――





「それじゃ夜の警備に行って来るからな。」

同室の同僚が部屋を出るのを見送り自分のベッドに乱暴に横たわり天井を見詰めた。

「『ミーティアの事嫌いになった?』か・・・」

嫌いになれたらどんなにいいだろう。
そうしたらきっと何も考える事もなくゆっくり眠れる事だろう。
深く溜め息を吐いたその時だった。
ドアの方からノックが聞こえ、体を起こした。

「どうした?何か忘れ物――――

息が止まるかと思った。

「どうして・・・?!」

それは紛れもない、姫だった。
どうしてこんな時間にこんな所まで来たのだろう。
まして姫ともあろう方が来る場所では決して無い。

「一体どうなさったのですか?」

聞いても俯くばかりだった。

「・・・部屋までお送りしますから」

ふぅと一息吐いた後、そう告げると急に顔を上げ俺を見詰めた。

「昼間の事なんだけど・・・」
「昼間の・・・事ですか?」

今日の出来事がフラッシュバックする。
昼間と同じ哀しそうな表情で俺を見詰めるから堪らず目を逸らした。

「エイトは成長したからミーティアに笑わなくなったと言ったけれどそれは関係ないと思って・・・」

スカートをギュッと掴みながら告げる姫に、俺は何て言ったらいいか言葉が思い浮かばなかった。

「成長したって笑う事は出来るでしょう?」

懇願するように訴える姫に自分の気持ちを抑える事に神経を行き渡らせている俺に優しい言葉なんて掛けられる筈もなかった。

「私は姫の家臣です。それ以上でも以下でもありません・・・笑いながら仕事なんか出来ません」

姫に俺の言葉はどんな風に届いているのだろうか。
表情を見るのさえ恐くて出来ない。

「じゃあどうしてミーティアを見てくれないの?家臣だったら顔ぐらい見るでしょう?!」

まるで心を見透かされた気分になり頭が真っ白になった。

「どうして!!そんなに俺に拘るんですか?!」

姫に怒鳴ったのは初めてだった。
脅えた目で俺を見る姫をこれ以上見ていたくなんかない。

「・・・もういいでしょう?」

目も合わさず言う俺に、消え入りそうな声で姫は言った。

「本当は、ミーティアはエイトの事家臣だなんて思ってなんかいないの」
「・・・じゃあ何だと言うのです?」

最早どうでもよかった。
とにかくこの場を遣り過ごしたい、それだけだったのに。

「ずっと・・・幼い頃から一緒に居て・・・っ・・・兄、のような存在だと思っていたから・・・」

その言葉を聞いた瞬間、自分の中の何かがプツリと切れるのが解った。

「きゃっ!」

気付くと姫の腕を掴み、自室に引き入れていた。

「エイ・・・ト?」

戸惑いの声を上げる姫を形振り構わず抱き締めた。
体が緊張しているのが伝わる。

「ど・・・したの?」

声が上擦っているのが解る。
体を離し、俺は姫を見詰めた。
きっと、もう二度とこんな風に姫を見詰める事などないだろう。

「俺はあなたを妹だなんて思った事は一度だってなかった」

もうどうなってもいい。
既に自分を止める術は無かった。

「エイ・・・っ!!」

言葉を遮るように唇を重ねた。
初めて触れた姫の唇は温かくて柔かかった。
ゆっくり離すと薄明かりの中でも解るぐらい顔が赤くなっていた。

「ちょっ・・・待って?ミーティア・・・その・・・」

恥ずかしそうに俺から顔を逸らす姫の唇を再び奪う。
今度は先程より深く、求めるように貪った。

「ん・・・ふぅ・・・」

時折漏れるその声がますます自分を煽るには十分だった。
固いベッドに体を横たえさせ再び唇を重ねる。

「エイト・・・待って・・・や・・・っ」

その言葉を聞く筈もなく、その白い肌に次から次へと紅い華を散らす。
その痕がまるで自分のものだと訴えているように思えた。

「やっ!やめて・・・っ。」

抵抗を止めない姫の胸元に手を掛け一気に服を擦り下げる。

「!!やだっエイト、ダメェ・・・」

薄ら涙を浮かべる姫を見て見ないフリをした。
いつか誰かのものになるくらいなら、いっそ自分のものにしたかった。

「あっ・・・はぁ、やぁ・・・!」

甘い声に誘われるように手をある部分に沿わす。

「!!いやっ!エイト、其処はダメ・・・んむぅ・・・っ」

抵抗を許さないように唇でその言葉を塞ぐ。
茂みの奥へ指を這わせ水音を立てる。

「はぁっ・・・やぁ・・・」

頬を伝う涙を見ても俺の心には何も映らない。
ただ目の前の姫を手に入れる事しか頭になかった。
絡め取るように指を抜き、己を宛がう。

「エイト・・・や・・・」

既に力なく囁く姫を目の隅に確認しながら一気に貫いた。

「いやぁっ!!・・・・い・・・っ、エイ・・ト・・・!!」

一際高く声を上げ、体を捩る。
行為の間、俺は目を閉じていた。
余裕なんかなくて、ただ己の欲求のまま姫を抱いて抱きつくした。

姫の縋るような声と、ベッドが軋む音だけが渇いた部屋に響いていた。





姫は静かに部屋を後にした。
俺は最後まで姫の顔を見ようとはしなかった。
きっと泣いて居ただろう事は容易に想像がついた。

「ふ・・・・っはは」

天井を見上げながら自嘲気味に笑い声を上げた。

「はは・・・・・」

一筋、雫が伝い落ちる。
こんな筈じゃなかった。
姫を傷付けるつもりなんかなかったのに。
あの笑顔を守りたい、ただそれだけだったのに。

「く・・・っあ・・・っ」

次から次へと枯れていたと思って居た涙は何もかもを吐き出すように零れた。
あの時、幼い時の綺麗な想い出が音を立てて崩れていった。
手に入れたいと思っていた姫を手に入れたのにどうしてこんなに心が満たされないのだろうか。

望んでいた筈だ、こうなる事を。
姫とひとつになる事を。
でも、この胸は苦しいと悲鳴をあげている。

本当は解っているんだ。
力ずくで自分のものにした所でそれはその一時だけの事で。
体が得られても心が得られなければ何の意味もなさない事を。
解っていたのに俺は自らの手で姫を傷付け、そして失ったんだ。

あの微笑みも、声も、何もかも全て・・・・・。










あれから俺はますます姫を避けた。
城内で擦れ違うその度に何か言いたげな姫の表情が無言で俺を責めている様に思え、目を伏せ何も言わず通り過ぎていた。

一体何を言えばいい?
どんな顔をして話せばいいんだ。
今更何を言ってもあの事実を無かった事には出来ないのに。
そんな毎日を過ごしている時だった。

「姫の護衛・・・ですか?」

トロデ王に呼ばれ、告げられた内容に戸惑った。

「うむ、ミーティアがどうしてもトラペッタに行きたいと申すのでな。エイトなら安心してミーティアを任せられるしのう」「しかし、私は国境付近の警備担当もしていますし・・・」

理由なんて何でもよかったんだ、自分がその任に就かないで済むなら。
しかし、トロデ王から発せられた言葉に耳を疑った。

「それは解っておるのだが・・・実はミーティアがどうしても護衛はエイトがいいと申して」

理解出来なかった。
何故あんな事をされたのに俺がいいなんて言うんだ?
姫の考えている事が解らないまま断る事も出来ず、結局は任務を引き受けることになった。

どうしたらいい?
――――あなたはこれ以上俺に一体何を望んでいるの?
もしかしたら最後の訣別の言葉でもくれるのだろうか。
それならそれで構わない。

それであなたを忘れられるなら・・・・。





トラペッタに向かう当日、姫を呼んでくるように大臣に言われ、気が進まないまま部屋へと向かった。
あれから真意は聞けないまま今日まで来てしまった。
足取りも重いまま、部屋の前に立つ。
どんな顔をすればいいか解らず、どんな顔をしているのだろうかと思うと恐くて開けるのを躊躇した。

「失礼します」

意を決し開けた扉の向こうに見えた彼女の表情に俺は言葉を失った。

「エイト?もう出発なの?」

――――どうして笑っているのだろう?
どうして普通に接しているんだろう?
そう思ったら俺は動けなくなっていた。

「エイト?どうし・・・」
「・・・―――ですか?」
「え?」
「どうして俺に普通に笑うんですか?!」

我慢出来なかった。
あんな―――許されない事をしたのにどうしてそんな態度を取れる?!
いっそ憎んで、顔も見たくないと言われた方が楽だったのに。
冷たく蔑んだ目で見てくれた方が諦めもついたのに。
なのにどうして・・・・・?!
俯く俺の側にゆっくり近付いてくるのが解った。

「ど・・・して・・・」

項垂れたまま力無く呟く俺の頬にそっと手が触れた。
俺はそれを振り払えなかった。

「ミーティアがエイトを此処まで追い込んだのよね?」

思いも寄らなかった言葉に目を見開く。

「エイトは本当はとても優しいのに・・・ミーティアがエイトをこんな風にしてしまったのでしょう?」

俺は思い切り首を振り否定した。

「違うっ!俺はあなたを自分の勝手な感情だけで傷付けた!!俺がっ、俺が・・・」

守ると誓ったのに。
それでも姫は静かに両手で俺の頬を包んだ。

「きっとエイトはそう言って自分を責めているのだろうと思ってた」

姫の言葉が静かに響き渡る。

「きっと責めて、責め続けて・・・・ミーティアと二度とお話してくれないと思ったの」

哀しそうに見詰めるその瞳を見た瞬間、俺は泣いていた。
流れ落ちる涙が彼女の手を濡らしていく。

「く・・・っ・・・うぅ・・・っ」

そんな俺を姫は優しく抱き締めた。

「泣かないで・・・ミーティアは何があってもエイトを嫌いになる事はないから。今でも、優しいエイトが大好きよ・・・」

俺は今まで何を見ていたのだろう。
ずっと側に居た筈なのに姫の事を理解していなかった。
自分だけが苦しいと思い込んで傷付けた。
罵られてもおかしくなかったのに、姫はそれさえも受け止めてくれた。

「っあ・・・っ・・・ぐ・・・・・」

泣き続ける俺をずっと抱き締めてくれた。
何故忘れていたのだろう。
あの幼い日、名前しか記憶がない俺に微笑んで受け止めてくれた姫が全てだったのに。
今目の前で俺を包む姫は間違いなくあの時のままだった。










「・・・エイト・・・」

姫の声が優しく降り注ぐ。





「もう、泣かないで・・・」

俺の愚かさを受け入れてくれたあなたを、これから先何があろうともこの命に代えて守る。





「ミーティアに笑ってくれればそれでいいの」

今度こそあなたの笑顔を守るから。





「エイトが笑ってくれたら、それだけで嬉しい」

あなたが幸せそうに笑ってくれるなら俺はどうなっても構わないから。





「・・・・笑ってくれるまでミーティアが抱き締めてあげる」

―――――だから今だけ、俺が笑えるまで抱き締めていて・・・・。














お世話になった方に差し上げた初主姫小説
姫の言葉使いがおかしかったので一部修正しました

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル