守ってあげたい 番外〜クリスマスの幻〜長太郎編
俺とさんがメールを交わすようになったのは、ありきたりかもしれないけど俺の間違いメールがきっかけだった。
あの頃の俺は、ファンレターなんてものを貰い始めた頃で手紙の一つ一つに返事を書くような事をずっとしていた。
ある手紙にはパソコン用らしいメールアドレスしかなかった。しかも今時風の書き方で綴られた手紙はとても見づらくて何とか解読して打ったメールもアドレスが違っていたらしくって、その間違い相手がさんだった。
帰ってきたメールには、自分が相手では無い事と今も相手の方はメールを待っているからとか記されていた。
控えめな文章の中にも、相手への気遣いが見て取れて女性に対して恐怖症といった感じになりかけていた自分にとっては稀有な存在だった。
それから、数回のメールのやりとりのうちに同じテニスの関係者ということで次第に打ち解けて誰にも言えない悩みなんかを、聞いてもらっていた。
最初は姉的な存在だと思っていた。でも、文章だけで惚れるっていうのが成り立つのかどうか分からないけど。
いつしか、さんい会いたいそう思うようになっていた。
会いたいとそうメールに書いても、「会ってもきっとがっかりすると思うから、ダメ」と冗談めかしに断られてしまってそれ以上は嫌われるのが怖くて…。でも俺はずっと待っていたんだ。
パソコンのディスプレイ越しのメールの中で会う貴方じゃなくって、実際にこの瞳で見ることの出来る貴方に会えるのを。
それでやっと出会って、実物に会って更に惚れて――そして告白さえさせてもらえなかったけど簡単にこの思いが無くなる訳じゃない。
貴方へのこの思いをどう表現すればいいのだろうか?
綺麗なその容姿と同じように、綺麗でまっすぐな心を持っていた。そして、この関係を壊す事を嫌った貴方は、俺の告白自体を拒否した。
残酷で綺麗な貴方。忘れることが出来るならこんなに苦しんだりしないだろう。
己を持て余す、その言葉がぴったりの状態だった。
進むことも出来なければ、戻ることも出来ないこの思いを抱えたまま俺は一人立ちすくんだままだった。
ゴールデンウイークが終わった後の日曜日の午後。その日は部活の練習も無く。
5月にしてはめずらしいほどの陽気で、少し早いとは思ったけれど半そでのTシャツを着て外出していた。
俺は母親の使いで画廊に寄った後、近道をして帰ろうとしてめったに行かないような場所に迷い込んでしまった。
場末の酒場があるような場所で、薄汚れた路地。自分には場違いな場所に思えて、早くこの場から離れたいとそう思っていたが。
小さな路地をいくつか入ってきていたので、ここが何処でどっちが駅なのかさっぱり分からなくなっていた。
チャリン
小さな金属音に誘われて振り返ると、二十歳くらいの女の人が何かを落として気づかずにある店に入っていってしまった。
「…あの」
呼び止める暇も無く、そのままBAR「響」という場所に入っていった。
小銭でも落としたのかなと思って、しゃがみこんで見ると。どうやら、小さなガラスに彩られた鍵のようだった。
踏まれたら、壊れそうな繊細な鍵でそれを拾い上げて持ち主に返すべく、BAR「響」に入っていくことにした。
カランコロン
軽い音を立てて、扉が開き。その瞬間グルリと視界が回り、奇妙な浮遊感に襲われる。
扉を開けて、閉める時に扉の外から冷気が入ってきた。
オカシイとは思ったが、具体的にその違和感の正体が分からなかった。
中に入ってみると、今の時期にありえないと思うくらい暖房が効いていた。
「いらっしゃい」
「あ…れ?すいません。さっき中に女の人入って来ませんでした?」
「いえ。貴方様の他には誰も入ってきてはいませんよ」
初老のマスターは静かな微笑みを湛えて、こちらを見つめている。
「そ、うなのですか…。いえ、ここに入って行った人がこの鍵を落として行ったのを見たもので……。」
掌の鍵を見せながらそう言うと、マスターの瞳が瞬間見開かれ。
「ああ…。分かりました。彼女に呼ばれたのですね」
「え?彼女って、誰の事ですか?」
そう問い返しても、ただマスターは微笑むだけでそれ以上何も言わなかった。
もう一度問いかけようとした時に軽やな、ドアベルの音が響き渡る。
カランコロン
誰かが入ってきたようだ。
反射的に振り向くと、コートを着た女性でその顔を見て俺は固まった。
「ここ、まだ開いてる?」
「開いてますよ」
「そう、そりゃ良かった」
その女性を凝視していると、目が合った。
俺と目合い、微笑んでくれるその顔はその人の方が年上に見えたけどさんそっくりだった。
「とりあえず、ジンライム。何?私の顔に何かついてる?」
カウンター席に腰掛けたその人は俺の1メートルと離れていない場所に座って、悠然とこちらを見ている。
俺は必死にさんと違う点を探してみる。背の高さが違う。髪の長さも、目の前のその人はさんより髪も短くて茶色に染めている。
綺麗にお化粧していて、服も大人っぽい服装で数年後のさんそう言われれば素直に頷ける風情だった。
「…あ、なたが、あまりに俺の知っている人にそっくりなので見とれてしまいました」
「ふうん。そうなんだ。ときに少年、君はなんでそんなに薄着なの?いくら何でも半そではやりすぎでしょ?」
「え?そりゃ、5月に半そではまだ早いかもしれませんが今日は、暑かったから……」
「5月?何言ってるの、今は12月よ。しかも今日は12月24日のクリスマスイブよ」
「か、からかないで下さい。いくら騙されやすいからと言っても、それくらいの嘘俺にでも見抜けます」
俺のその言葉にも、何が面白いのかクスリとその人は笑って。
「ふふっ、信じないのならそれでもいいわ。じゃあ、ちょっとその扉を開けてみてごらん」
バックからタバコを取り出して、様になるしぐさで紫煙を燻らしながら入ってきたドアを指し示された。
ムキになって、つかつかと歩み寄ってその扉を開けると一気に冷気が吹き込んできた。しかも粉雪のおまけ付きで、さっきまで夕刻の時刻のはずだったのに扉を開けた先は真っ暗で夜の時間を指し示していた。
寒さに身を竦ます、俺を見てクツクツとその人は笑っている。
「マスター少年にホットミルク。まぁ、そんな所に突っ立ってないで座ったら?」
仕方なく、言われたとおりに隣の席に腰掛けてほどなくホットミルクを差し出された。
ホットミルクという年でもないし、子ども扱いされたようで面白くない。
「少年が嘘言ってるとは思えないしね。まぁ、とりあえずそれ飲んで落ち着いてみたら?」
不承不承、カップに口をつけると先ほどの冷風で冷えた体が温まるようで美味しく感じることが出来た。
「美味い」
ぽつりと、本音がもれた。
ふと、微笑まれた気配がしてその人を見るととても優しい顔で微笑んでいた。
「何だか弟みたいで、可愛いわ。少年名前は何て言うの?」
「俺は、長太郎、鳳長太郎って言います。お姉さんは?」
「私?私はって言うの、普通の二十歳の大学生よ。少年は幾つなの?」
その名前を聞いて、再度俺は固まった。同姓同名のそっくりな人が居る確立ってどれくらいあるのだろうかとしばし、さんの顔を見つめて呆然としてしまった。
どうかした?そう問いかけられるまで、俺は呆然とし続けていたらしい。
何とか、立ち直ってここまでの経緯を簡単に説明すると。
「ふうん。じゃあ、少年の住んでいた場所とは時間も季節も違う訳ね。で、尚且つそっちの世界には私のそっくりさんも居ると。とても興味深いわね」
「俺の言葉信じてくれるんですか?」
普通なら頭がおかしいと思われても不思議じゃないと思う。だから、そう問いかけていた。
「とても、こんな見も知らない人間を捕まえて質の悪い嘘つくような人間に見えないしね。それに今日は、聖夜だし奇跡もおこるかもよ。ああ、少年の中じゃ5月なのかもしれないけど、ここは今日はイブだし。ほら、もう少しすると、クリスマスになる」
店にある時計を指し示されてそれを見ると時刻が丁度、12時を回ったところだった。
「Mary Christmas」
そう言って微笑う顔は俺の大好きなさんの顔で、本当のイブの夜もさんと一緒に過ごしたいと思った。
「少年は、そっちの世界の私の事が好きなのね。何だか焼けるわ」
「…あっ、いえ。あ、いや……」
「ふふっ、誤魔化しても無駄よ。その顔に貴方が好きですって書いてあるわ」
こっちのさんも人の感情の機微には聡いらしくて、あっさり俺のさんへの思いを見抜かれてしまった。
「でも、もう望みが無いんですよ。片思いの上、告白すらさせてもらえなかったし……」
「あら、あたって砕けてもないのに。諦めちゃう訳、男の子でしょ?どーんとぶつかって見たら?」
「そうしても迷惑じゃないでしょうか?」
「少年は優しいわね。自分の事よりまず相手を思いやるのね。でもね、恋愛は相手を思いやるのも大切だけど、自分勝手になったモノ勝ちって法則もあるのよ。何処まで、自分に対して正直でいられるかも大事よ。相手を思いやって、言葉を飲み込むのも美徳だけど、そうやって飲み込んだ気持ちは何処へ行くの?いつかほおっておいても相手に伝わる?」
「…いえ、伝わらないでしょうね。永遠に……」
「でも、決して思いは無くなったりしない。私が言いたいのは、後悔しないでいられるような恋愛をしなさいってこと」
そう言う、この世界のさんの顔は何処か苦しそうだった。
「貴方は、今も後悔してるんですか?」
「してるわ。私の場合は、正直になりすぎたせいだけどね。だから、こうしてイブの夜なのに一人でお酒飲んでるし……。今日は焼け酒飲むつもりんだったんだけど……。少年は未成年だけどまぁいいか、外は深夜から大雪だって予報だし入ってくる人も居なさそうだから…。今夜だけ特別ってことで、飲んじゃおうか?」
そう言って茶目っ気たっぷりに、笑うさんを見てNOと言えるわけも無かった。
薄めのカクテルを舐めるように飲んでいたけど、飲め飲めと笑顔のさんに進められて断りきれずに結構飲んでしまった。
もともと、そんなに強いほうでもなかったらしくて2、3杯で結構酔いが回ってしまった。
とても、眠くてその場で眠り込んでしまいそうなのを誰かに支えられて歩かされている感覚がしてフっと気づくとそこは見知らぬ部屋だった。
「あら、起きちゃった?」
ベットに寝かされていたらしくって、近くにお風呂上りらしくパジャマ姿で髪を湿らせたさんの姿があった。
「こ、ここは?」
「んー。私の部屋、あそこで寝そうになってたんだもん。流石にほおっておくには忍びないし、ここまで連れてくるの大変だったのよ。少年大きいから」
そう言いながら、近づいてきて飲みかけのミネラルウォーターのボトルを差し出してくる。
いらないと、断ると。さんがそのボトルに口を付けた。
嚥下されるその口元、そらされた喉。風呂上りに上気した肌。そのどれもが、劣情を誘う。
飲み終わって、濡れた口元もそのままに。
「どうしたの、少年。そんな瞳をして、私が欲しいの?」
そう言うさんの瞳は、俺の知らない女の瞳をしていた。その瞳に魅入られた俺は反射的に頷いていた。
ゆっくりと、さんが覆いかぶさってきて濡れた髪の感覚が頬にあたりその感覚がリアルでこれから始まる夜が夢や嘘じゃないことだけは理解出来た。
震える指で、パジャマのボタンを外すとブラジャーをしていなかったせいかすぐにたわわに実った、その膨らみを手にすることが出来た。
ゆっくりとそれを揉みしだき、その頂に口付けを落とすと。さんが声にならない、小さな吐息を付いた。
完全に立ち上がった、乳首に舌を絡ませゆっくりと吸い上げると。
「あっ」
と小さな嬌声を聞くことが出来た。胸への愛撫はそのままに、大胆になった俺はパジャマのズボンをショーツと一緒に取り去り体をその間に割り込ませた。
「少年は、そんな顔して女抱くのは初めてじゃないわね」
「俺が童貞そうだから、抱かせてくれる気になったんですか?」
返事を待たずに、下半身に手を這わす。すでに潤っている入り口の蜜を指に擦り付け、花芯を探り数回擦るとしっかりとその場所も主張を始める。遠慮も無く、蜜壷に指を差し入れ親指で花芯を刺激すると。ギュっと指を閉めつけらえる。
「…ぁっ…そういうっ訳じゃないけど…以外に、慣れてるから…びっくりしただけっ」
体が大きいせいかその手の誘いを受けたのは早かった。断ることが悪いことのような気がして、流されるままに何度か女の人を抱いたことはあった。
その経験が今役立っていると思うと、ふっと微笑みが出る。
俺への愛撫をほどこそうと伸ばされた手を払いのけて、グイっと足を割り開いてたっぷりと蜜を滴らせた花に口付けていく。
ちゅっとそこに軽く吸い上げたあとに、ネロリと舐めあげると。
「…っあ…ん、いぃ。」
とはっきりした嬌声を聞くことが出来た。トロリとした蜜液が滴ってきて、それは舐めても舐めても溢れてくる。
その淫猥な様子に、触れても居ない自分自身が猛ってくるのが分かる。
「もっ、来て…いいわよ。少年」
「俺、少年って、いう名前じゃないですよ。名前で呼んでください。さん」
さん呼びなれたそのイントネーションに、胸が掻き毟られるような感覚に襲われる。
さん。貴方がこんなにも愛おしくてそして、欲しい。
「何て、呼ばれたいの?」
「名前で」
「長太郎が欲しい。そのままでいいから、来て」
自らの花を、指で割り開き誘われる。
視覚的にもそうだけど、求められる幸福に夢中で、服を脱ぎそこに突き入れていた。
コンドーム越しでない挿入は初めてで、触れ合った感覚が全然違うことにびっくりしながらも中に突き入れると歓迎するようにぎゅっと締め付けられた。
油断すれば、もっていかれそうでそれから耐えていると。上体を起こしたさんに、トンっと肩を押されて繋がったまま俺が仰臥する体制へと入れ替わっていた。
いわゆる騎上位の体制で、さんはそれまで快楽に閉じていた瞳を開けて挑戦的に微笑っていた。
「少年に負けてばかりってのも悔しいじゃない」
そう言うと、グルリと腰を回してきた。途端にしびれるような快楽が襲ってくる。でも、それはさんとて同じことのようで、綺麗なその顔が快楽に歪む。
不安定な体制で腰を動かしているさんの手をとって、指と指を絡ませる。それだけで、体のほかの心も繋がったような錯覚に陥る。
それからの、俺達はまさに獣といった風情でお互いを貪りあってしまった。
気を失うように眠ってしまったあと、「おやすみ、長太郎」そう言うさんの言葉と唇に触れた感覚があまりに優しくて幸せで暖かな気持ちで眠りに付くことができた。
翌朝、目覚めるとそこは見慣れた自室のベットだった。
当然ながら暦は5月で、母親に聞いても昨日は夜遅く帰ってきてパタンと寝てしまったとしか言われなかった。
どう考えても、昨日の画廊の帰りからの記憶が無い。
ポケットを探っても、拾ったはずの鍵も無い。
夢にしてしまうには生々しい記憶で、記憶を頼りにあの路地裏を探してみたけどそこへは辿り着くことは出来なかった。
「夢だった。そう思うしかないんですかね……」
そう、空に一人つぶやくと白いものがふわりと降りてきた。反射的に手でそれを受けると、すっと解けて無くなった。冷たいその感覚は。
「ゆ、き?」
それがあの夜の雪のような気がして、しばし俺はその場に立ち竦んでいた。
向こうの世界のさんの言葉が蘇る。
『後悔しないでいられるような恋愛をしなさい』
「それが俺に出来るでしょうか?」
あっちの世界のさんを抱いても、満たされたのはその場だけでこの狂おしいほどの思いを満たすことの出来るのはあのさんだけだった。
諦めないでいてもいいのだろうか?
そう自問自答すると、俺を勇気付けるようにひとひらの雪が俺の頬に舞い降りた。
どんなに思い続けても、報われないかもしれない。
でも、諦めたくないそう心が叫ぶから。俺は、あの人が言うように自分勝手に生きることにする。
「さん。愛しています」
どちらへ向けた言葉とかそういうのではなく、その言葉が心からの真実で全てだった。
―――愛する思いは、誰にも止められはしない。
2005.12.25UP