守ってあげたい 番外編 〜６月の花嫁〜 忍足ｓｉｄｅ
６月の最後の週の日曜日。
兄貴と美冴姉さんの結婚式が行われた。
その場面に立ち会うことを想像すると、耐えがたい苦痛に襲われるであろう。
そう思っていたが、だが実際に体験してみると。
チクリと心は痛むけれど、存外に大丈夫な事に気付く。
つくづく自分の心の中に居るのは、美冴姉さんなどではなくという名の少女だということを思い知らされてしまった。
１５０センチにも満たない小柄な身体をしてはいても、その瞳はまっすぐに俺を見据え、惹きつけられる。
「振られても思い続けるやなんて、そんなカッコ悪い事自分がするや思わへんかったわ」
幸せそうな、花嫁と花婿にフラワーシャワーを浴びせかけた後。
そんな時にでも、思い出すのはの事ばかり。意識せずに、独り言が漏れた。
どんなに忘れようと思っていても、忘れられるどころか思いは募るばかりだ。
おまけに、頻繁に夢にが出てくるようになってしまった。
夢の中の彼女は、優しくてそして幸せそうに笑っていた。
一緒に昼食を取り、掠め取るようにキスを奪っても幸福そうに微笑むばかりで。
それを見て、自分自身も満たされ好きという気持ちが溢れ出てくる。
夢の中のの微笑に誘われ、口付けそして行為が深まり抱き合ってもは拒まず。
甘く俺を酔わせた。
翌朝目覚めたとき、現在（いま）の状況を思い出して憂鬱なため息を吐く。
それの繰り返しで、見る夢が幸せで幸福感に包まれれば包まれるほど辛くて、幸福すぎる夢を辛く感じる時が来るだなんて思いもしなかった。
いくら考えても、忘れる事も諦める事も出来ないだろう自分に気がついた時。
俺が思いついたことは、稚拙でバカげていてプライドも何も無い手段だった。
友達に戻ってでも側に居たい。
メールも電話も出来なくて、会っても目を逸らされて避けられてばかりでそんな状況に堪えかねたというのが本音だった。
どんな形でもいいから、愛おしい女の気配を感じられる距離に居たい。
そんな、身も蓋もない欲望からの決断だった。
呼び出そうかとも思ったが、もう一度自然に出会いたいそう思ったので裏庭で待つ事にした。
が来ないまま、１日がすぎ２日、３日と経っても俺は焦らなかった。
ここに居れば必ず会える、そんな確信があった。
待ち続けて、５日目ようやく待ち人が来たようだ。
「忍足……」
しばらくぶりに、真正面から見るお前は何処か元気が無く顔色も悪い。
「もう、侑士って呼んでくれへんのやな」
「どうしてここに……。」
「ぐうぜんちゅうのは嘘やけど。ここにおったら会えるような気がしてな。
仲直りしたときにここで会うたやろ？」
立ちすくんだままのに着席を促す。
「まぁ、座り」
は隣ではなく、少しスペースを開けて座った。
それが、俺達のいまを象徴しているようで、思わず苦笑が漏れる。
「忍足もサボり？」
「うーん。まぁ、そんな所や。、お前なんや顔色悪いで。具合悪そうやなぁ？」
「ちょっと、寝不足なだけ。最近夢見が悪くってね」
「夢かぁ……。そら俺と同じやなぁ……」
「へぇ、どんな夢？」
「を抱く夢や、愛を囁いて溺れるほど抱き合って目が覚めたらお前はおらんねん。とっておきの悪夢やろ？」
わざと茶化してそう言うと、の顔がくしゃりと歪み。
すがりつくような瞳で俺を見つめて来る。
「そんな顔しぃな。抱きしめたなるわ」
「ごめん」
「俺がここにおったんは、を待ってたんや」
「私を？」
わざわざ待ち伏せて、告げた言葉は友達に戻りたいそんな情けない言葉だった。
俺の言葉を聞いて、お前は呆れるでもなく、それを受け入れてくれた。
これからは、の側に居られる。
その事実に喜ぶ自分が居ながらも、友達というポジションに満足出来ない身勝手で貪欲な自分も居て。
手を伸ばせば触れられる距離に居るのに、それが叶わないのはある意味拷問かもしれない。
だが、そんな甘やかな拷問ならいくらでも受る覚悟だ。
もとより、友達のまま終わるつもりは微塵も無い。
顔色の悪いが、俺の目の前で警戒心のカケラも無く眠りについたのを見て。
それを優しく見守りたいと思う自分と、取り戻した友達という距離を壊して犯してしまいたいと思う全く正反対の思いが交錯する。
俺の前で背を丸めて眠るの頭を撫で、額にやさしく口付けを落とす。
「まぁ、これくらいは。許されるやろ？」
小さくそう呟くと、が幸せそうな寝息を吐いてコロンと寝返りを打った。
の上にかかる木立の影がマリアベールのように見えて、この間見た結婚式の情景を思い出した。
がいつかウエディングドレスを着るのは、俺の為であって欲しい。
そんな自分の考えに苦笑を漏らし、眠るの頬に再度口付ける。
願わくば、いつか――――ジューンブライドを君と。
2006.03.23UP