すっかり大人しくなった部屋を見て、僕は「またですか」なんて溜め息を吐く。ここで働くようになってから数十年、すっかり慣れ親しんでしまった情景と慣れ親しんでしまった自分にほとほと呆れ果てた故の溜め息であるということは容易に察してもらえる事実であろう。
そしていつものように積み上げられたままの書類の上に遺された「血痕」という残滓が、いつものように僕の焦燥を募らせたのもまた言うまでもない事実であった。
テンジョウ語り
「ここにリボルバー式の拳銃がある」
「…………ありますね」
執務室の奥、勝手に設えた「自室」への扉を蹴り開け破壊し無理矢理入室を果たした僕は、ベッドに寝転んだまま左手で拳銃を持ち上げ気怠げに話し掛けてくる彼を刺激しないようそう答えた。
「全部で6発、弾を装填出来るんだが……そうだな、今日は、ただ1発。1発だけ籠めておこうか」
そんな僕の努力や気遣いを気にかけることもなく、彼はいつものように好き勝手な言動へと走る。ただ、弾を籠めたその右手の手首から滴る鮮血がいつもと違った面倒臭さを予感させた。
「1人、5発分まで、引き金を引くことが出来る。ただし、6発目を撃つ前にはまたリボルバーを回すことが許される」
彼はそこまで言うと徐に自らのこめかみに拳銃を当て、いつもと同じ微笑みを浮かべ、
「さて、この場合君は先手後手どちらを選び、どのように引き金を引いて行くのが正しいのかな?」
と、愉しそうに結んだ。
裏腹な、僕の溜め息は、深く。
「それ、どこから持って来たんですか?」
「君の同僚?だかなんだかに頼んだらね、わざわざ下界から持って来てくれたんだ。君は持って来れなかったみたいだけどね」
「それはそれは、無能ですみませんね」
だったらどこでそんな遊びを覚えて来たんですか、と訊きたくなる気持ちを抑え、至極適当に、あしらう様に返すと、彼は目を細め小さく笑った。「もうちょっと気を遣ってくれてもいいんじゃないかな?」なんて冗談の様なことを言いながら。それが無駄だと悟ったから止めたというのに、とまた溜め息。
「思考は放棄したのかな?」
「何のですか?」
「これだよ」
と、彼は左手に持ったままの拳銃を構え、その銃口をこちらに向ける。
「正気ですか?」
「正気も正気、大正気だよ?」
なんなら今すぐ引き金を引いてもいいんだよ?などと、彼は一転鋭い目つきで問い掛けてくる。そのささやかな勘違いすら、面倒臭い。
「貸して下さい」
「何を?」
「それをです」
「イヤだね」
「答えはもう、とっくに出てますから」
彼が面食らったように動きを止めたその一瞬を突き、拳銃を奪う。
「あーあ、とられちゃった」
「とらなきゃ答えられないでしょう」
「答えてくれるのかい?」
君は、なんて意味深に微笑む彼が腹立たしい、が、その感情を抑え、彼に拳銃を向ける。
「正気かい?」
「正気も正気、本正気ですよ」「それじゃあどっちが先手かわからないじゃないか」
「やはり正気じゃないようですね」
いつものあなたなら僕の選択も、結論もとうに理解しているでしょうに。
「そんなに震えてちゃ一発だって撃てやしないよ?」
そう指摘され、ふと自らの右手を見ようとし……やめる。下を向くのが、何となく嫌だった。それに、
「一発で、充分ですから」
未だ腑に落ちぬ表情のままの彼に向け、拳銃を構え直す。どこか嬉しそうにその銃口を見詰める姿が、無性に苛立って。
「何であれ、貴方の思い通りにはさせませんよ」
それだけを告げ、拳銃を地面に叩き付け。
ただ、一発。
火球を放った。
「……成る程、確かにそれは正しい」
火柱の向こう側、微笑みながら彼は続ける。
「優しい正解、なのだろう…………けれど、間違いだね」
あまりに酷過ぎる。
そう囁いた彼の笑顔は、今まで見たどんな表情よりも、遥かに人間らしかった。
後書き
段々とシリアスになっていく彼ら。
11/02/22
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