「……神、何をしておられるのですか?」
「何、って見て解らないのかい……?」
「解らないから訊いてるんです」
まあ、解りたくもないんですがね。と付け加えると、彼は子供のようにわざとらしく頬を膨らましてみせた。
その様に、まあ、いつもの通りイラッときたので手にした羽ペンをダーツに見立て投げてみる。それは物の見事に―――ブル、と言っただろうか。まあ、端的に言えば、彼の身体の中央―――に刺さった。たまに自分の才能が恐ろしくなる。
「……これは、がおー、とか言った方がいいのかな?」
「何ですかそれは」
「下界ではよくあることだよ」
些か古いがね、と言って微笑むその応えていない様子にまた微かな苛立ちを覚えるが、ぐっと堪える。こんな調子で使っていたらいくら羽根があっても足りやしない。丸っぱげになるにはまだ早い。だから、
「で……」
と一言だけ言い、盛大に溜め息を吐きながら続ける。
「それも……下界の慣習か何かですか?」
「ご明察」
そう言って大仰に拍手をしてみせる彼を殴らなかっただけ丸くはなった自分を褒めてあげたい。蹴りはしたが。
「七夕って言ってな。どうやらこの短冊に願い事を書くと神様が叶えてくれるらしいんだ」
「らしいって……貴方が神様じゃないですか」
「神様らしい、か。まさか君の口からそんな言葉が聞けると「言ってません」
質問に答えてくださいなんて改めて言うのも馬鹿らしくなり、盛大な溜め息と、単純な言葉とを吐き出す。彼はそんな僕を見て相変わらず笑っていたが。
「この間、話したじゃないか」
「何をですか」
「あの真面目な話だよ」
「……どの、ですか?」
「どの、って君も面白いことを言うね」
本心からの質問を一笑に付せられ、また少し苛立つ。何故彼はこうも他人を苛立たせることが得意なのだろうか。全知全能の神だから、と言ってしまえばそれまでなのだが、そうは見えないし、もしそうであってもこんなところにその能力を使わないで欲しいと切に思う。
「ほら、先日のあれだよ。なりたい職業があったって話だ」
「ああ……あの76回目の真面目な話がどうしたんですか?」
「あの願いをだな、短冊に書いてみようと思うんだ」
「神様が叶えてくれるかもしれないから、ですか?」
「何を馬鹿なことを言ってるんだい?神は私じゃないか」
一陣の風が吹いた。
無論、僕の拳を中心に。
「ああ、すまない。そうだね、それくらい周知の事実だよね。そんなこと態々指摘されたらそりゃ怒るよね」
「いいから続けて下さい」
「そうかそうか、そんなに私の話が聞きたいのか。君も中々に」
「次は当てますよ」
一瞬の沈黙の後、彼は諦めたのか渋々といった表情でまた話を続ける。
「いや、だね。昔、私がまだ人間だった頃なりたい職業があったんだよ」
「ああ、はい。そこまでは聞きました」
「で、だな。私は今もその職業になれるものならなりたいと思ってやまないのだよ。だからこうして、皆から見えるような位置に敢えて短冊をつるすという神としては愚行を冒してまででもだな、自らの、ある種貪欲なまでの願望を晒してまでもだな、その職に就くことを夢見ずにはいられないんだ」
「それで、その職業というのは?」
「魔王だ」
沈黙、に、続く沈黙。
僕は何も言えずに黙ってるし、神様はニヤニヤしながらこちらを見るばかりだ。いや、ニヤニヤというのは間違いかもしれない。反応を見よう、とかそういった打算的な笑いではなく、そう、純粋に、ただ下界の女の子たちが「わたし○○君が好きなんだ」とか言った後に見せる微笑みのような、そういったもので。それでもニヤニヤしているように見えるっていうのはやはり自らの、彼に対する偏見が関係するのであろうが、しかしそれでも。
「……馬鹿ですか?」
そう返すしかなく。
「馬鹿、って酷いな君は……私は、君だからこそ、話したというのに」
「そんな厄介な白羽の矢を立てられるぐらいだったら、いっそのこと黙っていてほしかった、というのは僕の我が儘なのでしょうか」
「それを言うならば、私の方がずっと我が儘だね。神を辞めてまでも魔王になりたいだなんて思ってるんだから」
「そう思うならそんな考えをやめて下さい。貴方がいなくなっては困ります」
吐き捨てるようにそんな台詞を投げかけ、僕は彼に背を向ける。が、すぐにふとある疑問が頭に浮かび、また彼の方へと向き直る。
彼は面食らったような表情、丸く開いた眼でこちらをきょとんと見つめた。その様が、何かの小動物のようで、面白くて、思わずクスリと笑ってしまう。
「何だ、私を嗤うために態々振り返ったのかい?」
「いえ、何故魔王になりたいか気になったもので」
彼はそれを聞くと、先程までと同じ笑顔に戻り、とても楽しそうに口を開いた。
「そうだな、やっぱり魔王っていうのは強大な力を持っているだろう?そこに憧れるっていうのとな、あと、魔王になれば下界を好き勝手破壊できるじゃないか。やっぱりそれが一番大きな理由だろうな」
ふと彼は顔を上げ、僕を見た。そして、慌てた様子で言葉を継ぎ足す。
「ああ、いや、ただ世界を破壊したいってそういう願望じゃないんだ。責任感、っていうのかな。そういうのがあるんだよ」
「……あそこまで、悪化させてしまったことにですか」
「そう……だな。だから、責任をとるため、リセットしてやろうと思って、思い続けて……こんなに時間が経ってしまった。お陰で、生きている価値もないような、ただ漠然と与えられた生を享受するだけの馬鹿げた生物だけが今の下界にはのさばっている」
これに責任を感じないわけがないだろう?、と彼は純粋な笑みを崩すことなく言ってのけた。
「…………質問があるのですが」
そんな上司に恐れを抱きながらも、僕は湧き上がる疑問を隠すことが出来なかった。
「それは……別に魔王にならなくても出来ることなのではないでしょうか」
ぽんっ、と手を打つ音。
「流石だねぇ、君は頭がいいよ!」
「では頭いいついでに1つ提言をさせて下さい」
一介の軍師などを気取るつもりはないのですが、と圧しかかるプレッシャーの中、間の抜けて、子どものようで、それでいて強大な力を持つ上司に物を申す。
「下界の破壊はこの間もやって、それでも尚あのような惨状のままだということをお忘れになりましたか?」
ぽんっ、と手を打つ音と、呆れ果てた僕が溜め息を吐くのがほぼ同時で。
あの短冊が本当に神に願いを託せるというのなら是非とも「物覚えをよくして下さい」なんていう皮肉っぽい直談判じみた願いを下げてみようなんて思ったんだ。
後書き
七夕滑りすぎアウトなお話。季節ネタ×2は無茶だった。そして本編に季節ネタ組み込むべきじゃなかった。
段々と天使君の設定が充実してきた感じですがどうにも表に出てきません。
10/07/10
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