"電波良好……"


 全宇宙の意志が滅せよと我等に望むことが事象の根源であり、即ち生きいずれ朽ち果て死ぬる理由だとすれば、この世界が安穏として何億もの歳月に耐え抜いたのは奇跡でしょう。
 ニフフム電波は我等を生かしました。愚かしい、グルービャッシュークの遣いを。
 そう!宇宙は優しいのです。思った以上、遥か上級、最たる優しさです。
 だからこの世に神などいません。宇宙がそう仰っています。いるのは我等とグルービャッシューク、そしてガデュゲイドゥだけです。後はゴミです。宇宙から聞きました。間違いありません。不変不朽の真理です。
 ここでは朝目覚めると輝く光が差します。ガデュゲイドゥの光です。総てを平等に照らす光です。
 ガデュゲイドゥの光を浴びながら、私たちはニフフム電波に合わせて踏み台昇降をします。はい、グルービャッシュークもです!嗚呼、実に良きことです。何て素晴らしいのでしょうか!
 踏み台昇降が終わるとみんな家へと帰っていきます。でも一番に帰る奴は赦されません。家を灼かれます。いえ、放火などと言う野蛮なものではなく、骨まで焼き尽くすガデュゲイドゥの聖なる光です。皆は灼かれたいので一番に帰ろうとします。
 最近ガデュゲイドゥは考えました。踏み台昇降の時にも何人か灼くことにしました。平等はこうして体現されたのです!
 今朝、私の隣にガデュゲイドゥの光が現れました。私には当たらず、隣のグルービャッシュークに当たりました。グルービャッシュークは幸せそうに消えていきました。明日あそこにいれば私も当たることが出来ますでしょうか?楽しみでなりませんです。
 しかしながら、貴方はどうでしょう?平凡たるエニースの中に紛れてるのでは?はい、私は違います。ニフフム電波が私を強く強靭にしたのですから。私がこうして進化したエニースになれたのもニフフム電波のおかげです。
 ……ええ、そうです!貴方もニフフム電波に触れるべきです!宇宙もそう言ってます。だから貴方はニフフム電波と仲良くしなければならないのです!
 ただ、貴方が望む望まないに関わらずガデュゲイドゥは光で貴方を灼き、グルービャッシュークは貴方を汚し、エニースは貴方を避けるでしょう。それがニフフム電波に選ばれしエニースの運命なのです。
 気にする必要もありません。みんな同じ、平等なのです。

 では、ご一緒に。

「アテラタナハヒオロン」


 以上。ニフフム電波でした。
 




怪電波







 
 
「で……コレがなんだっけ?友達の妹の後輩だかなんだか……」
「友達の妹で、私たちの部活の後輩ね」

 似つかわしくない――似つかわしくないのは私の携帯を貸しているからなのだが――そのピンク色の携帯の受信ボックスをどこか気だるげに見つめて言う風輝に、私はそう返す。
 うだるような夏の暑さとは対照的にうっすらと肌寒さすら感じる冷房の効いたファミレス内で、その気だるさは少し浮いて見えるほどであった。
 一度大きく溜め息をつき、風輝は続ける。

「……その後輩クンがこんなラジオを聞いたっつーのか?」
「らしいよ」
「あー……月子が担がれてるだけじゃねぇの?」

 嘲るような笑みを浮かべながら言葉と携帯を返す風輝……どうやら真剣に受け止める気は無いみたいだ。
 当然と言えば当然であるが……溜め息をつき私はお冷やに手を伸ばす。一口飲み、冷たさを味わい、テーブルへと戻した時に……気付く。風輝はお冷やすらも断ったようだ。ただでさえ外はこの暑さ、更に駅からかなり離れたファミレスだから絶対に喉は渇いているはずなのに……

「話、これで終わりなら帰っていいか?俺だって色々と忙しいしさぁ……」

 更にはあからさまに嫌そうな態度を見せてくる始末……いいわ。そんなに早く決着をつけたいなら敢えてあんたの土俵に乗ってやろうじゃないの。
 とっておいた、最大の切り札を使って。


「その後輩って、花恵ちゃんのことなんだけどね」

 その言葉に一瞬風輝の顔色が変わったのを、私は見逃さずに続ける。

「花恵ちゃん、言ってた。『これ、お兄ちゃんの声がする』って……」
「……そうか」
「あんたがやったんでしょっ!?」

 隣の席の老夫婦が驚きこちらを見るが、気にしない。語調を緩めることなく、私は一気に畳みかける。

「答えなさいよっ!!あんたがこの変なラジオを作って流したんでしょ……!?」



「……そうだって言ったら?」
「今すぐ止めてあげて」

 間髪を入れずにそう返すと、微かな舌打ちがした。

「花恵ちゃん、部活の時もずっと呟いてた……ニフフム電波が、って。ノイローゼになったみたいで、すっかり痩せちゃってた」
「…………へえ」
「何の感慨も湧かないみたいだから言うけどね……相談されたのは一昨日、あんたが悪戯を始めてから5日後なの。言ってる意味わかる?」
「いや」
「花恵ちゃん信じてたのよ、あんたが止めてくれるって」


 興味無さげに答えた風輝に、私は声を荒げて言う。


「私に相談した時もあんたがやったんじゃないって言ってほしそうだったし、あんたには言わないように頼まれた。1人でぶつぶつ喋ってたり、ヒステリー起こしていきなり怒鳴ったりもしてたけど、あんたにだけは黙っててって言われてた。でも、もう限界」
「そういや花恵、さっき学校で飛び降りたんだっけな」

 風輝はあくまでも他人事のように呟く。
 そんな様子に憤りを隠せずテーブルを拳で叩くと、ファミレス中の視線が集まった。
 が、そんなことはどうでもいい。
 私は叫んだ。

「あんたのせいで、あの子は壊れちゃった。あんたの、気持ち悪い悪戯のせいでっ!!」
「でもさぁ……」

 風輝はつまらなそうに頭を掻きながら、言った。


「俺がやったっていう証拠はあんの?」


「えっ……」
「だからさ、証拠はあんのかって訊いてんだよ。無いのか……?だったらそんなコト言うのおかしいよな?一人で喋ったり、いきなり叫んだりする狂った奴を信じて、俺を信じないってことだろ?」
「で、でも……」

 豹変したかのように流暢に話し出す風輝に半ば気圧されながらも、私は返す。

「でも……録音したテープを聴いたけど、あれは確かにあんたの声だった!!」





「……聴いたのか?」
「え……?」

 聞き返した私に確実に聞こえるよう、風輝はゆっくりもう一度繰り返す。

「あれを、聴いたのか?」

 答えちゃダメだ。

 本能的にそう思う。
 でも……答えないと風輝はイタズラを止めないだろう。それはさっきからの態度でよくわかってる。
 だから……得も知れぬ恐怖を振り切り私は言った。

「聴いたよ。全部」



「く、はははははははは…………っ!!」

 不快な笑い声。

「はは、聴いたのかっ!!聴いたのかあれをっ!!」

 呆然としている私に顔を近付け、風輝は続ける。

「一昨日だっけなぁ、聴いたのはっ!!じゃあ後4日だ。後4日で、お前終わりだよっ!!」
「ど、どういうこと……?」
「ニフフム電波は絶対だ。逃れられない。お前は平々凡々なエニースとしてガデュゲイドゥ様の光を知ることもなく死ぬんだよ……っ!!」

 そう叫ぶと風輝はいきなり立ち上がり、出入り口に向かい脱兎の如く走り去る。
 逃がしてなるものかっ!!

「鳥丸くん!!そいつを捕まえて……っ!!」

 そう、これがわざわざ駅から離れたファミレスを選んだ理由。
 話し合いで解決出来なかった場合にあいつの逃走経路を絶つため、知り合いの働いてる店にする必要があったのだ。
 後は鳥丸くんが捕まえてくれれば、あいつを警察に突き出し……


 …………え?

 入口に立っている鳥丸くんの脇を、風輝がごくごく普通に通り過ぎる。

 な、何で…………
 私は急ぎ、鳥丸くんの元に駆け寄って問うた。

「ちょっと、何であいつを捕まえなかったのっ!?」

 すると鳥丸くんは元々丸い大きな目を更に大きく広げ私を見て……お茶を濁すようにブツブツと呟く。

「いや、だって……えっ……何でも何も……」
「何よっ!?」






「先輩、ここに入った時からずっと1人だったじゃないですか……」






「最近月子センパイ見ませんね……」
「えっ!?もしかしてお前知らないのか……?精神が病んじゃって入院中って話」
「ホントですかっ!?」
「マジマジっ!!俺、鳥丸から聞いたしっ!!なんかファミレスのボックス席でずっと1人で話したり、誰もいないのに『そいつを捕まえて』って叫んだりしてたらしいぜ……」
「コワいですね……何か、こないだまでの花恵みたい……」
「そういや、花恵も何か1人で話してたよな……電波がどうとか、ラジオがどうとか……」
「あっ……!!そういえば……ラジオを録音したって言ってた気がします。月子センパイに聴いてもらうって!!」
「じゃあ……原因はそれなのか?聴いたヤツがどんどんおかしくなってくって呪いのラジオ…………」
「ちょっとヤダ……っ!!……センパイ、怖いこと言わないで下さいっ!!……私、花恵が飛び降りる直前にそのテープ聴かせてもらったんですからっ!!」








「お前も聴いたのか?」






後書き
サイコホラー目指してみたら冒頭が一番アレになった。
ニフフムって言いにくさがもうね。頭がね。
08/夏 → 09/07/20

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