S.Glemonの自嘲的独白とハコ入り少女との問答
初恋は檸檬の味、というのは途方もなく傲慢な考えなのではないだろうか。
そう、例えば極寒の地の様に通常の植物が生育することが困難な土地条件の下に生活を営む人々がいたとしよう。
無論、その者達は檸檬の味を知らないであろう。しかし、それが即ち初恋の味を知らないという事実にはなるまい。
だとすれば、現在私が当然のように覚えている「初恋は檸檬の味」という概念は限られた地域でのみに通用する知識
、比喩となるであろう。
「君は砂漠のオアシスだ」
そんなロマンに溢れる科白さえ、無知無学の前では余剰な言の葉に過ぎない。増えすぎた葉は、邪魔にならないよ
う落とされるのが常である。「言葉」とは、つまりそんな物なのであろう。
そう考えてみれば、私たちが至極当然のように用いている言葉のひとつひとつ、そしてその端々が、真に正確なニ
ュアンスを有したままで相対者に届いているのか、それは相対者にも自分にもわからぬ問題なわけだ。そのような不
確実性を含有する文化が今日まで生き残ってきたという事実は、ある種「滑稽な」現実として私の眼に映る。
そこまで思考を運び、私は自嘲的な笑みを漏らした。
今更何をわかりきったことを考察しているのだろう、と。
「何か面白いことでもあったの?」
その小さな笑声を聞いていたのか、生まれながらにしてハコの中に囚われた少女は私にそう問うた。
「あった、とでも言えばお前は外の世界に出てこようとでもするのか?」
言葉を隔てぬよう小さな格子窓のついた分厚い鉄扉。
その向こうにいると聞く少女の声に、私はそう返す。
「出ないわ」
「何故?」
「だって、
きっと、こうしてあなたと話してる方が、きっと、楽しいもの。」
いつもと同じ声色で、彼女は言う。
当然だ。生まれながらにしてハコの中に囚われた彼女は「外の素晴らしさ」を知らないのだから。
だからこんな薄暗いハコの中でも、満足していられるのだ。
生まれながらにして空を飛ぶ能力を有さない人間が、鳥を見ずして「空を飛びたい」などと思うだろうか?
彼女の境遇は、それとよく似ている。
彼女は、生まれてこの方自由を得たことがないのだ。
だから…………
「……泣いているの?」
少女がいつも通りの声色で問う。
「泣いてなど、いない」
私がいつも通りの声色で返す。
唯一会える君が不自由を嘆き泣く姿を見られない門番が、どうして泣くなどという行動を把握出来るというのだろうか。
後書き
アルカトラズって響きが古代文明っぽいですよね。ぐへへ
11/04/23
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