嘗て自分が罪を犯した折に、神父様はこう仰有った。
「この罪を忘れぬよう、胸に刻みなさい」と。
だから僕は罪を忘れぬよう、胸に十字を刻んだ。
何も、間違っていない。
何も、何も、何も、何も…………
「アレックス、ここにいたのか」
声と共に、薄暗い部屋に明かりが灯った。双方の沈黙の中、ジーっという安っぽい電球特有の音だけが響く。
「…………軽蔑するかい?」
先に口を開いたのはアレックスと呼ばれた銀色の長髪を持つ青年だった。歳は20前後であろうか。色素の薄い肌に反し、深い青色の瞳が印象的な男である。
しかし、更に驚くべきはその左腕だった。彼の左手首には時計の文字盤が「埋まって」いたのである。
「いや、しないさ」
もう片方の男は、慣れたような口振りでそう応えた。その表情はわからず、彼の心情を窺い知ることは出来ない……仮面がそれを阻む。ただ少なくとも、ニヤニヤと笑った顔の仮面の下微かに見える黒色の双眸はアレックスを見てはいなかった。
男の目は、壁に寄りかかる「顔の無い死体」を見ていた。
「今日は、誰なんだ?」
「…………子供だ」
よく僕の人形劇を観に来てくれてた、とアレックスは絞り出すように続けた。
「忘れてたんだ。自分が子供たちを笑わせてたことを……子供たちの笑顔を……だから……」
「わかった、わかったから」
仮面の男はそう言ってアレックスの告白を止める。
「今考えるのは後悔の言葉じゃない。この死体の処理だ。違うか?」
「……ああ、そうだな」
すまない、と小さくついた溜め息はどういった意味合いだろうか。それすらも慣れた様子で、仮面の男は気にすることも無い様子で死体へと向かう。
その後ろ姿に向けて、アレックスが呟いた。
「ジョージ」
「ミスター・マスクって呼んでくれって言っただろ?」
「……真剣な話だ」
その一言にジョージは振り返り、青色の瞳を見つめる。
「どうした」
「もし僕が、君を忘れたらどうすればいい?」
「そんなもん」
ジョージは仮面と同じ様、さも愉快そうに嗤いながら返す。
「こんなツラでよかったら幾らでも貸してやるよ」
「…………そうか」
それを聞きアレックスも、ほっとしたように小さく笑った。
胸に光る十字のアクセサリーの下、子供の笑顔が微かに見えた。
忘刻の殺人鬼
後書き
思いつきで見切り発車してみた。事故った。でも設定自体は美味しいと思う自画自賛。
ジョージが好きです。好きですが、どうにも続きが思いつきません。
10/05/04
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