「主は、不幸だな」
「…………何なんですか、不躾に」
唐突にそんな言葉をぶつけてきた青緑の髪色を持つ同輩に返す言葉など見当たらず、かといって思考を放棄することなどオレの自尊心が赦すはずもなく、ただ、世に蔓延る馬鹿と同様に論点をずらすことしか出来ない。
と自らの頭脳の貧困を貶してはみたが、こいつの発言に対する適切な返答が見当たらないのはその言葉が何を意図しているか判らないからであって、そこに何らかの敗北感を抱くこと自体がある種の誤りであるのだろうが。いや、しかし。
「……オレが不幸、とはどういうことですか?」
それ以上に、この男が何を以ってしてオレを「不幸」と定義しているのかが不可思議であった。その解に到るまでの行程に、見当すらつかなかった。少なくともその事はオレの自尊心を擽るのには充分過ぎた。
そこに問があるならば、解かねばなるまいというのは矢張り勉学に携わる者として何らおかしくはない心持ちであろうかと思うのだが、世の馬鹿共はそれを好まぬ様子だ。それこそが馬鹿の馬鹿たる所以であろうが。
しかし、こいつは違った。
幾許かの会話、或いは交流に纏わる不安さえ除外して考えるならば、こいつの「真理」、とやらを追究する姿勢は、多くの馬鹿と違い、勉学に携わる者の自覚、そしてある種の情熱が横溢した物だと感じていた。
少なくとも、その点に於いてはオレはこの奇人を評価している。だからこそ、問うたのだ。
「貴方は何故オレが不幸だと、そう考えるのです?」
「考える、考えるとは如何様な行為なのか。否、そもそも『考える』ことは『行為』であると定義出来るのだろうか。我等が思考を行う……此処では仮に思考とは『行う』ものなのだと見做しておこう。その際肉体的な我等は確かにこの場、大まかに呼ぶならば地球、或いは銀河系、宇宙に確かに存在するであろう。しかしその時の思考というのは……」
だが、惜しむらくもこいつは「奇人」であった。
「誠に申し訳ないのですが、質問に答えていただけませんか?」
「ほう、質問。質問か。質問とは何だ?文字を見れば解ると?そう、質問とは『問い質す』ことである。問い質す、つまりは真実の追及だ。主の行為は質問であると、主が言うならば、この一時我はそれを認めよう。さあ、主は何の真実を求める?世界の真実か?それとも我らが父の?母の?……しかしてこれらの事象、或いは存在は一概に定義することの儘ならぬ……」
「楽しそうに語っているところ悪いのですが、オレは」
「ああ、ああ。無論主の問いは分かっている。だが、我がその答えを持っているという確信はあるのか?その確信はどこから来たと、我は主にそう『質問』したいのだ」
「貴方が先に結論を言い出したんでしょう。だとしたら、貴方が答えを……」
「結論、と。主はあの程度の真理を結論と。いや、結構。多分に結構。しかして我らが母の……」
「言葉の遊戯はやめましょうか」
何故貴方はオレを不幸と言うのですか、とオレは語気を荒げて目の前の奇人に再度質問した。刹那、目の前の男の表情が、見覚えのないものに変貌する。今までの、データにない。
「不幸を知りたい、か」
その言葉、表情にオレは、身じろぐ。恐怖、というよりかは畏怖に似た――――恐れてる?オレが?何を?――――訳の判らぬ心情のまま、オレは目の前の男を見つめる。
「主は、主の不幸について知りたいと、そのことについて我に問うたと、その前提を崩すことはなく論を詰めよう。先程も述べた通り、『質問』とは問い質すことだ。つまりは主は我を問い質すことで真実を求めようと、そう考えたことに関して異論はないだろう。しかしここで問題となるのは『真実』とは何処に存在するか、ということになる」
そもそも、主の問いに適する真実が存するのか?と、男は先程の表情を崩すことなくこちらに「問うて」きた。その真実は。
「確証はない、だろう?つまりはそういうことなのだ」
「どういうことですか」
「主らにも解り易いよう噛み砕いて進行した心算なのだがな。まあ仕方あるまい。これも或る種の『真実』であるが故に、主の認知もまた困難な物と成り得るのだろう。自らの信じていた『真実』現実に現前する『真実』との差は得てして人々の心に虚無を作る。だが、それを恐れては為らぬ。その虚無にこそ、新しき『真実』が埋まり……」
「貴方はオレをおちょくっているんですか?早く結論を……」
「其れなら既に告げているだろう。主は不幸だ、と」
ここで手を出すのは馬鹿のやることだ、と。理解していたのに、心に反して拳が空を切る。
眼前の青緑色が床に伏すのを見て、些か心が落ち着いた、と思いきや、起き上がりこちらを見た表情に、またオレは"恐れ"を感じてしまった。
「二度は云わぬ。主が我の内部に真実を、我の発言の根底となる物を望むということはつまり我の内部に真実を望むということだろう。そうであるならば、その時主は不幸に成り得ると、主は主の不幸を肯定しているのだと、我はそう告げているのだよ」
これが、主の嫌いな『言葉遊び』だ。と、奇人は今までに見たことのない笑顔で呟いた。
言われなくとも、二度も聞く気などあるものか。
後書き
倫理が笑っているだなんて、こんなときしか思いつかない。
10/11/26
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