彼のセックスは、昨日の夜を、一昨日の夜を、一週間前の夜を、 ただなぞるだけだった。
そう、完璧なるオートメイション。
口付け一つすら、ブレはない。
そして、まるで決められた義務を果たすように、彼は同じタイミングで達する。
だから、自分はなるべく、同じようなペースで腰を振り、 同じようなタイミングで声を漏らすことにしていた。
恐らく、彼にとって性交とは、この自分を手放さないための手段でしかないのだろう。
最初は脅しになった行為、縛ったりだとか、傷つけたりだとか、 そういうことも、毎回同じ風に繰り返されれば、あっさり日常に没してしまう。
まるで、プレイの一環だ。
より深く恐怖を植えつけたいのであれば、頭をひねったほうがいい。



彼は自分から身を離すと、余韻を追い求めるように深く溜息を漏らした。
彼との行為が日常化しなければ、恐らく自分もそうだっただろうと、 市丸はぼんやりと思う。
自分が気持ちいいなら、相手も気持ちがいいはずだと、 そう頑なに信じてしまえる楽観的な思考回路が自らにも潜んでいることを。
突く側は能動的に快感へと向かえるが、突かれる側は 自らの努力だけでは快感へ向かえるとは限らないという事実がこの世にはあることを。
彼は、半分萎えた状態の市丸の様子にやっと気づいたらしく、眉間を寄せる。
「すんません」
自分が悪いわけではないはずなのに、謝罪の言葉が口をついた。
「今日は忙しかったせいか、なんや、疲れてまして」
虚しい嘘であることを承知しながらも彼のプライドを傷つけないために、市丸はそう言い訳したが、 言っているそばから、説明的すぎるその台詞回しに内心で苦笑する。
これは寧ろ、謝罪ではなく慰撫の響きだ。――特に、我々の関係性の中では。
しかし、その効果を寧ろ狙っている自分も確かに存在する。
「ああ」
大きく頭を振り、彼は汗で額に張り付いた前髪を払おうとしたがそれは適わず、 一瞬、彼の表情に憎々しげな色が浮かんだが、しかしその色はすぐさま刷毛で撫でたようにさっと消えた。
「道理で」
彼の冷静さはひどくわざとらしく、取り繕っているのだろうことはありありとわかったため、 なるべく申し訳なさそうに見えるように市丸は微かに眉を寄せ、鼻筋に力を込めた。
それは、心のうちから湧き上がるなんとも言い難い心地よさを、彼に悟らせないためでもある。
……彼との行為は、全体的に楽しいとは言いがたい。 もちろんそれは、半ば強いられているからという理由からではなく、単純に行為の質の問題だ。
だから時々行為直後にこのようにして、彼のための言い訳を捻り出そうと 四苦八苦することがある。
しかし、パズルのピースのようにぴったりと状況に合致するような言い訳が口にできなかったとき、彼の傍らが、市丸にとってなぜかひどく居心地がよかった。
彼が顔を顰めるとき、彼が顔を引きつらせるとき、ひどく満たされたような気持ちになるのだ。
……限りなく優しい気持ちになった市丸は、彼の唇に自分の唇を押し付けた。
確かに傷つけたという実感がなければ、彼を愛おしいと思えない自分は、 どこか狂っているのだろうか?
「藍染隊長」
「なんだい?」
冷静な仮面を纏い、彼は微かに笑んでさえ見せた。
市丸が達しなかった事実は、彼のプライドを確かに傷つけたというのに、それを誤魔化すかのように鷹揚に。 しかも、普段見せないその大らかさは寧ろ、彼の誇りが傷ついたという事実をあからさまに露呈しているというのに無意味に。
その動揺を強引に覆い隠したその微笑のあまりの俗っぽさが、しかし逆に市丸の心を打つ。
プライドだとか体面だとかちっぽけなものに固執して、大言壮語を吐いては、 それを現実のものにすべく悶絶して、 うまくいかずに焦ったり苛々してみたりしては、 八つ当たりするかのように腰を振って精を吐き出し 相手が達したとか達していないとか、そんなつまらないことに拘っては 一喜一憂して、でもそれを隠すために平然とした顔をする。その繰り返しの日々の疲労が滲む彼の笑み。
かわいい人。
かわいそうな人。
市丸は藍染の顔をしみじみと見つめた。
今の自分なら、彼を誰よりも愛している自信がある。そう、雛森以上に深く。
だから、市丸は一度、彼のプライドを粉々に砕いてあげようかとも思うのだ。――これ以上ない誠意を持って。
かつて自分が彼にそうされたように手足を押さえつけ覆い被さり、彼の意志とは無関係に彼のすべてを踏みにじってしまうのだ。
強固なプライドの殻の中で因果の縄で自縄自縛した彼がうまく縄抜けして殻から飛び出すことなんて、 何かタネがない限り、例え手品師であったとしても不可能だろうから。
何もかもが壊れてしまったことに気づいたその瞬間、彼は気づくだろう。
そうして己が壊れたあとにこそ、新世界は広がっているのだと。
そう、ある意味では彼に感謝さえしているのだ。
カリスマならともかく、か弱く柔らかい自分1人ではおそらく昇れなかったであろう場所に、連れてきてもらえたことを。
「もう1回します?」
……市丸は無邪気さを装ってそう言った。
「夜はまだこれからですよ」









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