彼は、この後、確実に誰かの身に訪れるはずの強烈な痛みを想像するために、きつく閉じた。
やり方はわかっている。足の先からゆっくりと海に浸かるように息を詰めて、静かに自らの内の空白へと身を沈めるのだ。
何度もシュミレートしてきたから、必ずできるはずだった。いや、一刻も早くやらなければならないのだ。
だが、どうしても最後の一点で何かに阻まれるかのように躓いてしまう己に、彼は絶望し、歯噛みする。
想像よりも行動の方がずっと容易いとは思わなかった。
意外な現実を前に、呆然と彼は立ち尽くす。
なるべく早く、なるべく確実に、現実を離れ、想像の世界の住人にならなければならないのに、じりじりと首筋を灼く太陽の光は、無慈悲に彼の集中力を奪っていくばかりだ。
だからといって、名も知れない誰かの死に報いるためには、日陰という安穏を甘受してはならない。
彼は、伝う汗を乱暴に拭い、閉ざした瞼に力を込めた。
しかし、今度は、風の音や、枯れ葉が道を滑る音、どこかから聞こえてくる微かな人の声といった、取るに足らぬ音声が、まるで今まで意識されなかった恨みを晴らすかのように、 彼の鼓膜を震わせ、彼の集中力を傷つけていく。
時間がないのに!
彼は焦り、苛立つが、そんな彼自身の心の動きこそが、何より彼の意識を攪拌してしまっている事実には気づけなかった。
……そして、耐え切れず、彼が目を開いた瞬間、遠くない彼方から、爆発の轟音が轟いた。




藍染がその一報を受けたのは、まさに五番隊執務室に足を差し入れようというタイミングだった。
「爆弾テロ?」
踏み出しかけていた右足を元の位置に戻しながら、その言葉が孕む不穏な響きに、藍染は眉根を寄せた。
藍染の傍らで片足をつき、頭を垂れている部下は、目映いばかりの朝の光を背負っている。
彼の背を染め上げる希望に満たされた色彩と、陰鬱に満たされた彼の言葉には、あまりにも落差がありすぎて、藍染は一瞬、幻聴かと疑う。
「死者2名、負傷者10名です。爆発の規模から鑑みて、その程度の被害で済んでよかったのかと言うべきなのかもしれませんが……」
だが、普段は冷静沈着な部下の声が震え、語尾は儚く掻き消える。
「申し訳ありません」
やがて、堪えきれなくなったといった態で部下は右腕で目頭を覆い、呻くように謝意を口にした。
「いや」
部下に手渡された書類に視線を落とした藍染は、今更のように爆破された区画が部下の住まいの近辺であることに気づく。
そう、彼の様子から鑑みれば、その得心は今更すぎた。
……もしかしたら、目の前の男の知人が。
藍染の脳裏に過ぎるものがあったが、藍染はしばらくの逡巡の後、開きかけた口を閉ざした。
言葉はどこにでも転がっているというのに、この潮時、何ひとつも拾い上げられないとは、どういうことだ。
掛ける言葉を見つけられないまま、藍染は自らの足元で激しく踊り狂う書類の影をぼんやりと眺めていた。







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