会いたいとそう思っていたはずなのに、実際、彼を前にすると、言葉に詰まるのが常だった。 言語化できない感情のみが体内で思うがまま飛び回り、歯痒さばかりが募る。 最近は、それがうまく欲望に変わってくれれば、御の字だと思うようになった。 すべてが伝わるとは思えないが、少なくとも自分が彼を求めていることくらいは理解してもらえる。 そう考えると、性交は手軽な手段なのかもしれない。 頻度が激しすぎると、また別の問題が勃発する恐れを孕んでいるといえども。 ひと段落つくと、彼は、最近、副官となった青年のことを話し始めた。 彼がどれだけ有能で従順か、まるで自分のことのように自慢げに語る彼の声は幼い。 披瀝されたいくつかのエピソードは、彼が青年に心を許しつつある事実を如実に表していた。 当たり前のように湧き出す嫉妬を宥めすかせながら、いつものように状況に相応しい相槌を打つことだけに意識を集中していた藍染は、ふと違和感を覚える。 話を聞き終わる前から浮かぶ、話のオチ。 ……もしかして。 「その話は、前にも聞いた気がするな」 「気ぃつかはりました?」 いけしゃあしゃあと彼は答え、あまつさえ人を食ったような笑みすら浮かべて見せた。 「気もそぞろっちゅう感じでおらはったんで」 「ひどいな。僕を試したのかい?」 「そないなつもりやなかってんけど」 そう答えつつも、彼は藍染の目を覗き込む。 こと悲観的な方面においては尋常ならざる聡さを発揮する彼は、藍染の虚ろな部分のみに気づき、 殊更、こうして試すような物言いをするのだ。 「黙っていても、すべてを伝えることができればいいのかもしれないね」 「何やの?唐突に」 「ただの感慨さ」 発した言葉の肌触りをなるべく軽くするため肩をすくめてみせた藍染の表情から、しかし割り切れない何かを読み取ったらしく、市丸はやにわに表情を引き締めた。 「せやけど、伝わりすぎるのも問題やないかと思いますけどね。間合いが計れへん」 「それはそうだけど、肝心なときに肝心なことが伝わらないというのも問題だろう?」 「でも、僕、思うんですよ。神様はうまいこと、僕らを作らはったなあって」 現実主義者とばかり思っていた市丸の口から零れた意外な言葉に、藍染は思わず瞠目する。 「なぜ?」 「黙っていてもすべてが伝わってしもうたら、人間関係に何の面白みもなくなってまうやろ? そないになったら、恋だの愛だのは今以上に少なくなってまうんやないですか」 「そうかな」 市丸の発言を最後まで引きずり出したくて、藍染は控えめな否定のニュアンスの相槌をあえて差し込む。 「隙間があるから、人は恋やら愛やらをするんでしょうよ」 僅かに顔を顰めた市丸は、妙に声を高めてそう言い切ったが、 些か、やけっぱちの響きを含んでいるように聞こえたのは、果たして藍染の気のせいだろうか? 「名言だね」 気恥ずかしくなった藍染が思わず揶揄すると、市丸は皮肉な形に唇を歪めた。 「僕のこと言うたつもりやってんけど伝わらへんかったか」 「えっ?」 「真面目に聞き返されると引くんですけど」 そう宣い、市丸はがばりと頭から布団をかけてしまった。 どうやら、本気で照れているらしい。 彼の仕草は、彼の一連の発言に対して藍染が覚えていた一抹の疑念を、完全に払拭するだけの効果を持っていた。 途端、今更のように布団の内側で蠢く存在に対する愛しさが膨らみだす。 市丸が布団で全身を覆ってしまっているのをいいことに、藍染は思うさまにやついた。 まったく現金なものだ。 相手の出方を窺って出方を決めんとする自分の卑劣さには、もはや溜息しか湧かない。 だが、もしも、彼が自分と同じもどかしさを募らせているのならば。 芽生えた希望の芳しい香りに、藍染は酔いしれる。 もしも、限りなく少ない可能性であれ、そうなのであれば、 気弱で卑怯な自分を壊して、もう少し彼に優しくしたい。 わずかなりとも可能性が転がっているのであれば、彼のために強くなりたい。 そして、湧き上がったそんな素直な自分の衝動に、今日くらいは沿いたいと思う。 「君と僕の間に隙間があって、心底よかったよ」 「うわっ!突然、何言わはるの?気持ち悪!」 藍染が厚い布団の上から恐らく彼の頭部らしき箇所を撫でると、市丸はがばりと身を起こした。 しかし、歪められた顔は若干、わざとらしく、目を凝らしてみれば、その頬は暗がりの中でもはっきりわかるほど赤味が差している。 つられて赤くなった藍染の顔を覗き込み、市丸は心底気持ち悪げに首をすくめた。 「いい年した男が、何してんやろ」 「思春期なんだから、仕方ないだろう?」 「今更?」 返す言葉こそ容赦のないものだったが、思いの外、市丸は藍染の返答をお気に召したらしい。 忍び笑いとともに近づく吐息を思う存分堪能するために、藍染は静かに目を閉ざした。 |