「おじゃまするでー」
そう言って顔を覗かせたのは、五番隊副隊長――いや、明日から、 自分と同じ隊長格になる市丸ギンで、日番谷は思わずのけぞった。
いつも笑みを浮かべているにも関わらず、その笑みはバリアではないかと 勘ぐりたくなるくらい近づきがたいこの男は、しかし、 自分はなんとも思ってもいないと言わんばかりに、ずんずんと歩み寄ってきた。
「へえ、キレイなもんや。もう、引っ越しの準備も万端やね。 僕なんか、全然終わってへんよ。明日までに終わるんか心配や」
あからさまに観察している眼差しで、部屋中を舐めるように見回した市丸は、 すっかり感心したような面持ちでそう言った。
「だったら、こんな所で、茶、濁してねえで、早く片づけすりゃあいいだろ」
動揺を押し隠し、日番谷は箱に荷物を詰める作業を再開させる。
「新十番隊隊長さんは、僕のことが嫌いなんやね」
「ああ、悪いな」
取り繕うのもアホらしいので、日番谷は冗談半分本音半分で、そう答えた。
「なんや、次、会うの気まずいやんか。これから、何かと 関わらなあかんのやし、仲良うしましょ」
へらへらとつまらない会話を続けようとする市丸に、日番谷はうんざりした。
「早く、用件を言え。でなければ、さっさと帰れよ」
「新十番隊隊長さんは怖いなあ」
市丸は極めて演技的に首を竦めた。
こいつが不快な理由はこれだ、と日番谷は思う。
本音を隠しているといわんばかりの言動と態度。
誰しも、他人に対しては多少なりとも演じる部分はあるだろうが、 市丸のそれは過剰すぎて、鼻につくのだ。
そこまで言われても堪えなかったらしく、市丸は手近の椅子に腰を下ろし、 日番谷の整理する様を眺め始めた。
ひどく居心地が悪い。
……日番谷は荷物を箱詰めする作業を中断した。
「茶でも飲むか?」
「えらい、すんまへんな」
恐縮したように、市丸は微かに頭を垂れた。
「ちょうど休憩しようと思ってたんだ。市丸には関係ねえ」
市丸のために茶を淹れると思われるのは癪だったが、市丸は狙い済ましたように面を上げて、例の癇に障る笑みを漏らした。
茶葉が入った缶を市丸の額に投げつけてやろうかとも思ったが、 明日から嫌でも顔を合わすことになるので、それは見てみぬ振りをすることにし、 水を満たした薬缶をガス台に乗せると、先日もらって、引っ越しの邪魔になるから捨てようと思っていた菓子を、 1つ手に取り市丸に投げ渡す。――先ほどの不快感が、少しだけ投げる腕に力をこめさせたのは、仕方のないことだ。
「優しいですなあ、新十番隊隊長さんは」
難なくそれを空中でそれを受け止めた市丸は、菓子のラベルを見て、嬉しそうに相好を崩した。
なんだ、そういう顔も、やればできるんじゃねえか、こいつ。
日番谷はそう思いながら、急須に茶葉を注ぎ込む。
市丸は、ラベルに記された菓子店の名前を読み上げた。
「ここのお菓子、僕、好きなんですわ」
「こないだ、貰ったんだ。俺はあんまり甘いものが好きじゃねえから好きなだけ食えよ」
「おおきに。ほなありがたくいただきますわ」
いかにも甘そうな最中に、市丸はかぶりつく。見ていて小気味いいくらいの食べっぷりだ。
彼の言動や態度とはかけ離れたその素直な食べっぷりに、日番谷は市丸に対する認識を改める気になった。
……しゅんしゅんと規則正しい音を立て始めた薬缶が、うっすら湯気をこぼし始めた。
完全に沸いたとはいえなかったが、これ以上待つのが面倒だった日番谷は、薬缶を火から下ろし、急須に湯を注ぎこんだ。――どうせ、市丸に出す茶だ。
「うまいわー。この世の天国や。なあ、もう1個貰うてええ?」
「好きなだけ食えよ」
市丸の驚く様が見たくて箱ごと投げ渡すと、狙い通り、市丸は多少ならずともびっくりしたようだ。
箱の中身が飛び散る前にキャッチしたものの、
「びっくりしたわ。いくら僕のこと嫌いでも、そんないじわるせんでも」
次いで浮かべられた笑みは、驚きが抜け切れていないせいで精彩に欠き、日番谷は内心で快哉を叫んだ。
「お前もそういう顔、できんだな」
出来上がった茶を市丸のもとへ運びながら日番谷がそう言ってみると、 新しい最中の封を開けながら、市丸は一瞬だけ薄暗い表情をした。
しかし。
「いややわ、新十番隊隊長さんは。僕をからかってはるん?」
新たに浮かべられた笑みは努力のあとをまざまざと感じさせるもので、 日番谷は不快と哀れみとを同時に感じることとなった。
「それ以上、わざとらしい喋り方したら、歯へし折るぞ」
その感情を一言で集約させると、市丸は何も言わなかった代わりに、ものすごくわざとらしく顔をしかめ、 何も言わずに最中を一口齧った。


「あんなあ、実は新十番隊隊長さんにお願いがあって来ててん」
結局、箱一杯に入っていた最中の三分の二を平らげた市丸は、それまで手をつけなかった茶を むさぼるように飲んだ後に言った。
もしかしたら、猫舌なのだろうか。
そうだったら、おもしろいな、と日番谷は思う。
得体の知れなさが服を着て歩いているような新三番隊隊長が猫舌だったら、 まだ可愛げがあるというものだ。
「松本のこと、よろしく頼むわ」
しかし、猫舌以上に意外な言葉が市丸の口から飛び出し、日番谷はしばし呆然とする。
「…突然、なんだ?」
最中を9個、胃に収めたあととは思えぬほどの笑みを浮かべたまま――甘いものを たらふく食べたのだから、もう少し甘い笑みを見せたらいいのだ――市丸は微動だにしなかった。
「言葉どおりの意味や。深読みする必要はあらへんよ」
日番谷は、明日から自分の隊の副隊長になるはずの人物の顔を思い浮かべた。
そういえば、噂で聞いたことがある。
市丸と松本は、流魂街で共に生活していたことがあるのだと。
日番谷は興味がなかったが、市丸や松本はそれなりに有名だったから ――かたや、卒業試験で仲間を見捨てて1人で虚を倒し、いきなり上位席官に抜擢された前科から、 羨望と畏怖を一身に背負う者として、かたや学院の歴史に残る酒豪として―― あの2人がねえ、と微かに思った記憶はある。
それにしても、市丸が誰かを心配するとは思いもかけないことであった。
「お前に言われるまでもない」
しかし、自分の感慨に類することを市丸に対して口にすることは、なんとなく躊躇われ、 日番谷はあえてつっぱねる。
「まあ、そうやね」
市丸は肩をすくめた。
「日番谷くんなら、安心や」
自分なら安心とはどういうことだろう?日番谷は首を傾げた。
「おい、それって……」
「言葉どおりの意味や。深読みする必要はあらへんよ」
問い詰めようとすると、市丸は先だってと同じフレーズを繰り返した。
拒絶されたことはわかったが、深く追求しにくい空気を肌で感じ、日番谷は口を閉ざした。
何か理由があるのかはわからないにしろ、ここまでが彼の口にできるギリギリのラインであったことはわかる。
「……おちょくってんのか?」
市丸を安心させるために、少しだけ笑みを浮かべ、しかし日番谷は市丸が望んでいるであろう、 いつもの日番谷に近い返答をする。
「怖いわあ!」
相変わらずというかなんというか、市丸は普段のあのわざとらしいリアクションを返したが、 今度は日番谷の気に触らなかった。
彼は、自分の知らない何かを抱えて生きているのだろう。
人なんていうものはそんなものだし、彼一人が特別だとは思わない。
しかし、親しくもなんともないこの自分を信頼して、松本を頼むと言いに来たのなら、 最大限に応えるのは礼儀というものだ。
「まあ、心配すんな。ひどいようにはならねえようにするから。にしても、変な奴だな。
そんなふうに言うなら、お前の隊に連れて行けばよかったんじゃねえのか?」
「……僕の隊に入れたらいちばん心配やから、日番谷くんに頼んだんや」
思わず零れ落ちてしまったといった態の市丸の声は、掠れていた。
「市丸、それ、どういう……?」
「そんなわけで、新十番隊隊長さん、よろしくな。 もし逆にあいつが逆セクハラなんてかましやがったら、僕に言うてな。 いつでも相談に乗るさかいに。あ、最中ごちそうさま。おいしかったわー」
からかうように市丸は日番谷の顔を覗きこむと、袴についた最中の滓を両手で払い立ち上がった。
「はあ?」
確かに、自分の隊の副隊長になる彼女は、ひどく露出が高い気はするが……。
下ネタには免疫がない日番谷は、固まってしまった。
「あー、なんか、むしろ新十番隊隊長さんのことが心配になってきたわ。 貞操は、ちゃんと自分で守ってくださいな。相談には乗るけどな。 相談だけやけど」
頭が真っ白になった日番谷をおかしそうに見やり、更に駄目押しの一言を投げつけた 市丸は、ひらりと手を振り、さっさと出て行ってしまった。
心なしか、入ってきたより打ち解けた空気にはなったが、 いいようにあしらわれた感は否めない。
「市丸!いつか、仕返ししてやるからな」
「待ってますよって。それにしても、新十番隊隊長さんはかわいいなあ」
振り返ることなく、市丸は声だけをこちらに投げて寄越し、 日番谷はいつ来るともわからないリベンジには期待をかけられず、 ただただ、拳をふるふると振るわせるしかなかった。





こういうやり取りがあったらいいのに、という願望。
まあ、市丸さんのが、先に隊長になったんでしょうけど。
そのへんは、ごにょごにょ…。










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