例えば、人の魂が果実だったとしたらどうだろう。
肩口にとまられた当の本人すらも気付かぬほど密やかに透明な羽を休ませている蜻蛉が 数多にいる人々の中から他ならぬ彼女に誘われた理由が、 彼女の喉元深くで芳しい匂いを放つ林檎の果実によるものだったとしたら。
おろしたての袴を穿いた両足に纏わりつかれ困り果てている彼を尻目に、 嬉しげに毛だらけの全身を擦り付ける犬が数多にいる人々の中から他ならぬ彼を選んだ理由が、 彼の喉元深くで芳しい匂いを放つ檸檬の果実によるものだったとしたら。
室内で読書に励んでいる彼がふと壁に視線を向けたその先で鮮やかなまでの黄緑色を背負いつつ彼が立てる物音に じっと耳を澄ませている蜥蜴が数多にいる人々の中から他ならぬ彼に誘われた理由が、 彼の喉元深くで芳しい匂いを放つ葡萄の果実によるものだったとしたら。
……ふと浮かんだ妄想に、藍染は陶然とする。
そうすれば、愛の交換も容易く迷いがないことだろう。
愛する人の口を開けさせ、喉よりもっと深くまで手を差し入れ、果実をもぎとってしまえばいい。
僅かな時間しか維持できない数センチにすべてを込めて、あられもない姿で 上になったり下になったりの大騒ぎしても尚、辿り着けずにいる想い人の魂を、いとも簡単に手に入れられるのだ。
他ならぬ愛しい者の魂の重みを、匂いを、彩りを、形を、心ゆくまで味わえつくせるのだ。
それは、なんと魅惑的なことだろう!
この世に生ける者たちが皆、くだらぬ愛情表現など捨ててしまえばいい。
そうすれば、もしかしたら世界の流れが変わって、そんな進化がなされるかもしれないのだから。
……藍染は、傍らで疲労感に打ち拉がれる市丸の顎を捕らえた。
もしかしたら、今の妄想が現実と化学変化を起こす可能性も、ないわけはないのだという期待を込めて。
「なんやの?」
市丸が訝かしげに眉を顰めたが、藍染はそれに答えず掌を市丸の下顎に沿わせた。
「やめてくださいよ」
それでも挫けず、藍染は下顎に添えた人差し指に力を込め、そっと下へ引いた。
ひどく嫌そうな顔をしてはいたものの、結局は藍染の力を拒まず、 市丸の口は藍染を迎合するかのようにぽっかりと開いた。
視線を阻もうとする歯列の壁を乗り越え、薄暗い彼の口腔で藍染は目を凝らしたが、当然のことながら、彼の中には何一つ実っていなかった。
もちろん、ただの期待から出た行動だったから、落胆こそは覚えなかったものの もったいないという気は無性にした。
「けったいなことしはりますな」
しかし、藍染から顔を背けながらそう呟いた市丸の吐息から、ふと成熟した何かの果実の 香りがした気がして、藍染は目を瞠った。









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