きまぐれな微笑み 8







いらいら。いらいら。誰がどうみてもゾロは苛ついていた。

ゾロは、をベッドに降ろし、足首の具合を調べた。
あの時、の足首にあるアンクレットを切り裂いたときにはなかった赤みが目に留まる。
いつからこんなにじくじくと熱を持つようになったのか。
病的なほど青白かったはずの足首は、数日のうちに、海の潮になでられ他の部分とかわらぬ色になっていたはずなのに、
なぜ、今こんなに熱を持ち赤く腫れ上がっているのか。
医者ではない一介の剣士であるゾロにわかるはずもなかった。

とりあえず、熱があるなら冷やせ。
己の経験に基づき、患部を濡らしたタオルで冷やしてはみるが、すぐにタオルは熱を持つ。

帰ってくるな!と思っていたクルーの帰還が、どんなに待ち遠しかったか……わからなかった。




「ただいまーっ!って、ゾロ!ココでなにしてんのよ!?」
「おせェんだよ」

ナミは、異様なものを見たような気がした。なぜなら、そこに、冷たい水にひたしたタオルをしぼるゾロがいたからだ。
ゾロは、いらいらしながら乱暴にタオルをぎゅっとしぼり、の患部におしつけている。

「あら?は具合が悪いのかしら」
ナミと一緒に帰ってきたロビンもまたゾロの手にあるタオルを凝視する。

ってばっ!?」
ナミは、さっと近寄り、に声をかけ、額に手をあてるが、予想に反して熱はない。ただ、ぞっとするほど冷たかった。
息をしていないんじゃないか!と、慌てるが、の胸がかすかに隆起する様子に、浅い呼吸があることがわかった。
の閉じられた瞳の下を彩るものに繭をひそめた。青白い生気のない顔に、目じりの薄い隈。
なにかとんでもないイヤな感じがしてならない。
”ゾロに無理やり襲われ、犯されたの?”
そんな答えをナミが導き出したのは、無理のないことだった。

「あんたっ!に何をしたのよ!!疲れきってるじゃない!チョッパー!!チョッパーはどこ!?」
「って、ナニって」

瞬時に、ゾロの顔にさっと赤みがさす。

”ゴンっ!!”
「このすっとこどっこい!!」
「ってェな。殴るなよ!あ〜しました、こうしましたって、いちいち言わなきゃなんねぇのかよ!」

ゾロの言い分ももっともだと思った。男女の睦言の内容なんか、聞きたくもない。
ただ、セックスしましたとばかりに開き直るこの男、ゾロの態度が、ナミは気にくわなかった。
船を下りる際、二人の間に飛び散る火花が、うまく収まるように考えたことも確かだが、
それでも、ここまでゾロがをくたくたにするとは思わなかった。

「剣士さん……やりすぎちゃっただけじゃないわね」
ごらんなさいと言いたげに、ロビンはタオルを摘み上げた。
二人の目が、赤く腫れ上がる足首を凝視する。

「これって……なんなのよ?」
「俺が知るかよ」
「ぐるっと一周してるわね」
「俺がこいつを拾ったときに、そこにはなんつ〜んだ。革張りのキレが巻きつけてあった」

ゾロは、の足枷を斬った話だけを話した。

「よくわからないけど、取ったらダメだったものなのかも?」
「んぁ?」
「昔、私がまだひとりだった頃に見たことがあるわ。
そう、あなたが言ったような装飾を施されたアンクレットをつけた人を……あの人たちは……」

ロビンが先を続けようとしたとき、どたばたとGM号に他のメンバーが帰ってくる音が響いた。

「あっ!帰ってきた!チョッパー!!チョッパーっ!!早くきて!」
ナミの呼ぶ声に、クルー全員が女部屋に何事かと駆け寄ってくる。

深刻な顔をする二人に、あきらかに機嫌の悪いゾロ。ベッドに横たわる
他のクルーが見たって、何かがあったことは、わかった。
それが、ナニでナニであるかわかったサンジは猛烈に荒れ狂い一発ゾロを蹴りつけるが、
ただ蹴られるのはゴメンだとばかりゾロの腕がサンジの蹴りをはじく。

「なんだぁ?ナミ、なんかあったのか?はなんで寝てるんだ?」
「おいっ!ルフィ君。それを聞いてはならない!聞いてはならん!」
「ナミ、の様子がおかしいっぞ!医者ァーーーー!」
「「「「お前だよ!」」」」
「……とりあえず、トナカイさん、の診察をしなくてはね」
「エッエッエッ、おれ医者なんだよな。診るよ。ゾロ、サンジ、ルフィ、ウソップはここから出てってね」
「ンナ!クソ非常食!オレがいちゃみれねぇのかよ!(オレにも見せろ!)」
「っだー!!うるさい!はいはいはい、男どもは、上に行く!サンジくん、わたしおなか空いちゃったの。お願い、ご飯作ってね」

クルーが揃った途端、騒がしくなる船内に、の深刻な様子は一瞬だけ忘れられた。

「は〜い!ナミさん。ご飯作ってきます!おら、野郎ども、上いくぞ!」
「サンジ〜〜〜腹へった!」
「おまえ、さっき買い食いしてただろ!買ったばかりのリンゴも掠め取っただろーがっ」
「あ〜あっ、サンジくん。さっき買ったキノコは勘弁してくれ。おれは……」
「おおっ!キノコたっぷりのスペシャルディナーだな。まかしとけ」
「だから、いらんつ〜の、ふわふわのオムレツにトロトロのデミグラスソースをかけてだな」
「肉!肉喰いてェ!!」
がやがやと三人が離れていく。

ゾロはというと、ナミの視線にぷいっと横を向き、

「チョッパー、頼んだぞ」
と、ぼそりとつぶやき、肩をすくめ階上に消えていった。

無愛想なゾロの頭の中が覗けるものなら覗いてみたいものだ、と思いながらナミはロビンを振りかえった。
「ったく、なに考えてんだか」
「ふふふっ。そりゃ、アレでしょ」
「アレしかない?」
「でも、心配しているのだけは確かね」
「そりゃね、自分のせいで、ここまで疲労困憊しているのを見ればねぇ……。チョッパーどう?」

の胸に聴診器あて、心音を探すチョッパーにナミが問う。

「う〜ん。心音弱いんだよ。トクトクトクってリズムがね。ちょっと乱れる時がある」
の手首で脈をはかりながら、聴診器をわずかにずらしたとき、どくんと心音ははねあがる。
「あっ!」
「なに、なんなの!チョッパー!」
一瞬だけ跳ね上がった心音が、もとのように弱弱しくなっていき、規則正しいが弱いリズムをうつ。
「不整脈がでてるね」

チョッパーは聴診器を首にひっかけ、今度は足首の具合を診ていく。
「これってさ、何かに覆われていたんじゃないのかな?ぐるっと同じ幅でひとまわりしてるよね」
「ああ、ゾロが言うには、そこに、アンクレットが、ぴったり皮膚にくっつくように巻いてあったんだって」
「う〜ん……。これね、なんか毒っていうか何かの成分が肌から吸収されていたところが、その……」
「なんなの?」
「えっとね、簡単にいえば、かぶれているんだ。日常的に摂取されていたはずの成分が供給されなくなったせいで、
患部が怒っているんだよ」
「つまり、アンクレットに何か仕掛けがあったって、言いたいの?」
「うん、たぶんね。そのアンクレットの内側には、薬になるようなものが塗られていてね。ほら、ずっとくっついていたから、
おかしくもならなかった。外されたことによる外気の刺激、お日様の刺激とか色々考えられるけどね。
それだけじゃ、こんなに炎症しないよ。はっきり言えば、薬切れ?っていうのかな?」
「そういえば、ロビン、心当たりがあるんじゃないの?」
「ええ、あるわ。けど、今、言っていいのかしら。は、知られたくないことだと思うわ。
特に、こんなに可愛いぬいぐるみみたいな船医さんにはね。」
「なんだよ〜オレぬいぐるみじゃねェ〜ぞ。コノヤロ〜。可愛くなんかねェ〜ぞ」
エッエッエッとチョッパーは嬉しそうに笑う。ロビンの言外に『お子様』という言葉が隠されているとも知らないで。
「そっ、そうね。チョッパーは可愛いトナカイだものね」
「チョッパー、何か炎症をおさえる薬とかある?」
「う〜ん。色々薬草の類は買ってきたけど、……あとね、何かの成分っていうのが、時間をかけないとわからないから、
今すぐに塗れる万能塗り薬なんてできないよ。ちょっと様子見だね」


「んっ……」
かすかに口から、声が漏れる。
三人がが気づいたことにほっとして見守る中、は、ゆっくりと瞳を開けた。
三人が心配そうに覗き込んだの瞳は、狂気をはらんでいた。

――違う!じゃない!
――ぎゃ〜〜〜〜〜っ!
――これは!?

「ロビン!」
鋭いナミの声に、ロビンの腕が花咲く。がっちりと数本の腕が、叫びだしそうなの口をふさぎ、体の自由を奪った。

!落ち着いて!チョッパー!!鎮静剤!」

口をふさがれても鼻から漏れる息に、女の色香が色濃く漂い、拘束された両腕はたまらないといわないばかりに肌をなぶり始める。

「これは、ちょっと……不味いわね。船医さん、剣士さんを呼んでくださる?」

チョッパーは素早く鎮痛剤と弛緩剤を混ぜ合わせ、の腕に突き刺した。その後、大慌てで部屋を飛び出していく。

「あっ!痛っ!ひどいことをするわね」
の口を覆っていたロビンの指に、は噛み付いた。
口が開放されて途端こぼれだす意味のない言葉は、チョッパーに聞かせられるはずのないものだった。

「お黙りなさい」
眉を顰め、ロビンが口をふさぎ、その隙に、ナミは暴れるの体を洗濯ロープで縛ろうとするのだが、
ロビンの手が邪魔になり上手くいかない。そうこうしているうちに、暴れるに、ナミは足をすくわれ転んだ。
ナミの上に、がチャンスとばかりにのしかかる。

 
”ゾローーーーーーー!”
チョッパーの慌てた大声が、響きわたる。

「ちっ!うるせぇな……なんだってんだ」
ミカン畑から眠そうなゾロがひょっこりと顔をだす。

が大変なんだ」
頭が考えるより早くゾロの体は動き、女部屋に飛び込んだ。
チョッパーの慌てぶりに他の三人も何事かとやや遠慮がちに女部屋を覗きこむが、憤怒をおさえきれないゾロに締め出された。
ゾロに続いて部屋に入ろうとするチョッパーも、なぜかゾロは邪魔だとばかりに首根っこをつかまえ、部屋の外に放り投げた。

「見るんじゃねェ!!!チョッパー、いいっていうまで入ってくるな」
ゾロの目に入るの姿は、ゾロを犯したときと同じ空気をまとっていた。
は、ナミの体にのしかかり、まるでサカリのついたネコのように腰をすりつけ、
ロビンの拘束に、フゥーフゥーと鼻息で威嚇し、両手は自分のおっぱいをぐにゅぐにゅともんでいる。
抑えつけるだけで縛り付ける力のない二人を見て、ゾロは、素早く、あられもない言葉が
の口から飛び出さないように、猿轡をかませる。
徐々に注射が効いてきたのか、の力が緩む。その隙を逃さず、ゾロがロビンに代わり、を羽交い絞めにした。

「さっさと、縛っちまえっ!ってっめー暴れんなっ!!」
三人がかりで、汗だくになりながら、なんとかを縛り上げた。
縛られたは、潤んだ瞳が懇願するようにゾロをみるかと思えば、狂気じみた唸り声をもらす。

三人は、くたびれて腰をおとした。
「ったく」
「……ゾロ、これっておかしいわよね?変よね?」
目の当たりにしたの様子に、ナミは信じられない顔で首をかしげる。

「色情狂とでもいうのかしら。さっきの続きを話してもよいかしら?」
「なんだよ。はっきり言え。何のことだよ」
「ええ、の足首に巻いてあったアンクレットは、足枷……娼婦の証。性奴の印なのよ。そうでしょ?剣士さん?」
「……」
「うそよ!こんな20にもならないようなわたしと同じ年頃の子が、そんな……そんな過酷なことしていたわけ……な……い」
「黙れ、ナミ!生き抜くためには、したくなくても、しなきゃならねェこともあるんだ!」
がつっと、こぶしが床におとされた。
ゾロの鋭い怒りに、ナミの口がとまる。ナミの脳裏に辛かった日々、アーロンに囚われていた頃がよぎる。

――そう、そうよ。したくなくても……しなきゃ生きていけないことなんか、ありすぎるほど……ある。
  わたしは、それを受け入れて……だって、そうなんだわ。

張り詰めた空気の中、ロビンがゆっくり話し出した。

「ある種の薬草を一定期間取り続けると、中毒になるわ。それが切れたとき、禁断症状を起こす。
このの状態はそれではないかしら?」
「禁断症状って、マジかよ」
「わかった!さっきチョッパーが言っていたわよね?薬切れ状態。
つまり、を正気に戻すには、そのお薬を手に入れるか……中和剤を手に入れるか……。
あんなことで縛り付けるほどの娼婦なんだから、組織があるはずね」
「あぁ、元締めがどうの子飼いがどうのいってたな」
「早くいわんかい!」
「さすが頭のいい航海士さんね。そういうこと」
にっこりと微笑むロビンと決意に目を燃やすナミの目前で、ゾロの脳裏には、の痴態が浮かんでいた。

――あんなに欲しい欲しいとねだった女の心は、薬のせいだってか?
  って、俺のチンコの立場はなんなんだよ?
  俺じゃなくても、よかったとか?……くそ眉毛でも?ルフィでも?ウソップ……チョッパーでもか?

ソロは、沸々と怒りがもたげてきた。メラメラとゾロの瞳が燃え上がる。
そんなゾロをみて、ナミは『かわいそうな初体験だったのかも』とほくそえんだ。
普段は、何を考えているのかわかりにくい男だが、今回だけはバレバレらしい。







2009/9/1


  

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