博雅の災難(辣)
■四■
「―…」
―そんな博雅と猫との一部始終を遠巻きに見ていた者があった。
さきほど車座になって、博雅の相手探しをしていた宿直の幾人かである。
声こそ聞こえないが、博雅が猫に何かを話しかけているらしいことは充分に分かる距離に居た。
「―…」
「…」
宿直達は、小さな猫を大切そうに抱えて退室した博雅の背を無言で見送る。
「…見たか―」
宿直のひとりがつぶやいた。
言われた別の宿直達が小さくうなずいて口々に言う。
「ああ、見た。…何じゃ、あの幸せそうな顔は―?」
「ああ、あり得ない。完全に骨抜きの顔だった」
「何とも愛おしそうに抱いておりましたなあ…猫を。」
その男達の顔にはどこか、空しさすら浮かんでいる。
「一風変わったお人とは思うていたが―」
博雅の消えた廊下を呆然と見ながら、宿直の一人が首を振る。
「…博雅どののお相手は、猫か…」
目が真剣である。
「猫、なのかな…」
人の首はこれほどに曲がるのかと言うほど首をかしげた別の宿直も言う。
「どうりで姫との浮いた話も無いわけだよ」
「それは我々には言えぬよな…」
気の毒そうに、空恐ろしいものを見るように、宿直が言った。
「しかし―なあ、猫と閨床(ねやどこ)を、と言うても一体、どのように―?」
「…」
「―」
斜め上を見上げながら一人の宿直のつぶやいた一言に、他の宿直も一瞬、猫と―と考えそうになる。
―直後。
「…!!」
はっ、と我に返ると、声を潜めて息で怒鳴った。
「ぶ、無粋なことをお聞きなさるな!人それぞれと言うものじゃ!」
「そうじゃ、博雅どのには博雅どのの楽しみというか―…趣味がおありなのじゃ!」
「……猫と…でございますか…?」
「……っ」
こうなると思考の「ドツボ」である。
はまったが最後、出られない。
自分達でまいた種から生えて来たつるにぐるぐると足を取られた宿直達が眉をへの字に曲げて
首を振った。
「この話はもう無しじゃ。考えるほど頭痛がしてくる…」
「言わぬが花、知らぬが佛とはこのことですな……」
平安の世の都人は、どこまでも平和で、どこまでも愛らしく、底抜けに愚かである…。