ドラコ・マルフォイはただただ杖を構えて、ぶるぶると震えていた。
「ドラコよ・・君には人を殺せぬ」
しばらくたって、ダンブルドアは状況が変転しないのを見計らったのだろう。
諭すように言った。
「お前に何がわかる!?」
その言葉に、マルフォイはかっとなって言い返した。
「わかるとも。君が今まで何をしていたか全てお見通しじゃ。
この一年、君はわしを殺そうとしていたが、だんだん自暴自棄になっていた。
失礼じゃが、君の試みは全て中途半端なものじゃったのう・・」
「僕は本気だぞ!だからこの一年、じっくりと準備してきたんだ!」
マルフォイは激しい口調でダンブルドアを威圧した。
「リーマス、右!」
「助かった、フェリシティー!」
誰かが激しく壁に衝突する音、聞き覚えのある声がハリー、、ダンブルドア、ドラコの
耳に入った。
マルフォイはぎくっとして後ろを振り返った。
「ルーピン教授、KCCのメンバーが来ているようじゃの」
ダンブルドアは茶のみ話でもしているように穏やかだった。
、ハリーの心は躍った。味方が近くまで来ているのだ。
形勢が逆転した。この不利な状況も長くは続かないと。
「わしは今、杖を持っておらず自衛できぬ。やっつけるのなら今が一番ふさわしい状況ではないのかな?」
ダンブルドアはドラコが、いつまでたっても新たな動きを見せないのに
気づいて優しく言った。
だが、マルフォイは、扉の向こうから聞こえてくるけたたましい叫び声や
金切り声に気をとられて手も足もでないようだった。
「なるほど・・援軍が来るまで怖くて行動できぬのじゃな」
ダンブルドアはふっと考えついたように言った。
「怖くない!」
マルフォイが唸り、油断なくダンブルドアの喉元に杖をつきつけた。
「そっちこそ怖いんじゃないのか?」
それはマルフォイが見せた精一杯の強がりだった。
「なぜそう思うのじゃ?ドラコよ。君には人を殺せぬのだよ。純粋無垢なものにとって
人を殺すことははるかに難しいものじゃ――それでは、気を安らかにして聞かせておくれ。
君の友達がくるまでの間。どうやってデスイーターの連中を潜入させたのかを。」
ここで、ダンブルドアは哀れみと憐憫の情を持って、どうするこども出来ないマルフォイに助け舟をだした。
「キャビネット棚だ」
マルフォイは何を考えたのだろう?杖こそおろさなかったが、急に苦々しく口を開き、侵入の経緯を話し始めた。
昨年、フレッド&ジョージにモンタギューがキャビネット棚に突っ込まれたこと、
その時に、モンタギューの奇妙な証言によって、外と学校を繋ぐ役割をしていたキャビネット棚の秘密に気づいたこと。
呪いのネックレスを服従の呪文にかかったロスメルタ、ケイティを介して送りつけようとして、失敗したこと、
スネイプは二重スパイだが、闇陣営側の人間であること、彼は手柄を横取りするために
自分に援助を申し出ていたこと、
今晩、ロスメルタが校長がホグズミードに来たことを知らせてきたことなどなど・・。
「そういうことじゃったのだな・・わしには想像もつかぬ手段じゃった・・しかし、ドラコよ、そろそろ時間切れになってきたのう」
難しい顔をして、真実を隅から隅まで聞き届けたダンブルドアは、下から聞こえる騒ぎや叫び声が迫力を増してきていることに
気づいていた。
ハリー、はもう少し頑張れば、この重苦しい時間が過ぎると思った。
扉の向こうでここに繋がる螺旋階段にまで、不死鳥の騎士団の援軍が押し寄せてきたのだ。
「もう少しすればKCCのメンバーや、騎士団のメンバーの誰かが
ここに来るじゃろう。騎士団のメンバーはともかく、KCCのメンバーは真っ先に、こうやって
わしに杖を向けている君を殺すじゃろう。そのように厳しい訓練を受けてきた者じゃからのう。
そうなる前に君の選択肢を話し合ってはどうかな?」
「選択肢なんかない!」
マルフォイは大声で叫んだ。
「その前に僕は校長を殺している!」
マルフォイの顔には冷や汗がにじみ、追い詰められた獣のような表情を連想させた。
「もうこけおどしはおしまいじゃ」
ダンブルドアの目に厳しい光が点った。
それは武器を持っていなくても、マルフォイを震え上がらせるのには充分だった。
「君には最初からわしを殺すつもりはなかった。なぜなら、本当に殺意があるならば
わしを武装解除したときに殺していたはずじゃ。方法論を
あれこれおしゃべりして、時間を潰すことはなかったのにのう・・」
「今、やらなければならないんだ!そうしなければ、僕は殺される!あの人が僕の家族までも殺してしまうんだ!」
マルフォイの目に一杯涙が溜まり、激しく動揺しはじめた。
「君の難しい立場はよく分かる」
ダンブルドアは全てを悟ったようだった。
「わしが今まで、君に何らかの処置を施さなかったのは、全てヴォルデモート卿に
気づかれぬ為じゃった。気づかれれば、君は殺されてしまうからのう」
「しかし、今、やっとお互いに話が出来る」
「何も被害はなく、誰も死ななかった。君は誰をも傷つけてはいない。
ドラコ・・今からでも遅くはない。わしが手を差しのべてしんぜよう」
「出来るわけないだろ」
マルフォイは涙声になっていた。
「誰にもあの人の野望は止められない。従わなければ殺される」
「ドラコ、正しい道に戻るのじゃ。我々は君を安全に匿うことが出来るのじゃ。
無論、君のご両親もじゃ。騎士団の者がお二人を迎えに行ってくれる。
ドラコ・・君は断じて殺人者ではない・・」
マルフォイはぴたりと涙をとめ、校長を見つめた。
「だけど、僕はここまでやりとげた。皆、僕にはできっこないと思っていた。
だが、今、校長の命を握っているのは僕だ。あんたは僕のお情けでかろうじて生きているんだ。」
マルフォイはそうのたまったが、心が揺れているようだった。
「いや、ドラコ、今、必要なのは君の情けではなくわしの情けなのじゃ」
ダンブルドアはさらにそう付け加え、マルフォイの心を揺さぶった。
マルフォイは無言だった。呆然として、杖腕がわずかに下がるのにも気づかない。
「ダンブルドアを追い詰めたぞ!」
その時だ。
階下に通じるドアがバーンと開けられ、四人のデスイーターがなだれ込んだ。
ハリー、は恐怖に顔がひきつった。
ルーピン、フェリシティー、不死鳥の騎士団は負けたのだ。
「ダンブルドアは武器がない!よくやった!」
一人の男が興奮したように叫んだ。
「さあ、ドラコ、遠慮せずにやっておしまい!!」
アレクトと呼ばれる女が勝ち誇ったように叫んだ。
だが、ドラコは杖をだらんと下げたまま、一歩も動こうとはしなかった。
「この子は動揺している、退け、俺がやる!」
フェンリールと呼ばれる狼男が、ずいと前に進み出た。
狼男特有の異様な体臭が鼻をついた。
血と汗が混じった悪臭だ。
「駄目だ!ドラコがやるように我々は命じられている!」
「いいや、俺がやった方が早くかたがつく。それに俺は腹が空いている。
うまいぞ・・ダンブルドア、まずはお前を頂いて、ホグワーツ生を頂こうか?
柔らかい子供の肉を逃すようなことを俺がすると思うか?」
狼男が爪を振りたて、唸り声を上げてじりじりと獲物をおいつめていった。
「馬鹿な真似はおよし!お前の腹なんてどうでもいいじゃないか!
さ、ドラコ、お前がやるんだよ、早く!」
アレクトが狼男をきつく制し、アミカスと呼ばれる男が聞く耳を持たない
狼男を杖で吹っ飛ばして黙らした。
ちょうどその時、屋上の扉がパッと開き、なんと、スネイプが乱入した。
は一瞬、これで助かったと思った。
思っていた人ではなかったが、なにはともあれ味方が到着したのだ。
スネイプが全てを解決してくれる――そう思った。
「スネイプ、困ったことになったんだ。ドラコが動揺しちまって、出来そうにない」
ずんぐりしたアミカスがわらにもすがる思いで言った。
「セブルス・・」
その声は、ハリーを酷く怯えさせた。
この殺伐とした瞬間に、そのかぼそい声の持ち主――ダンブルドアは懇願していた。
スネイプはずんずん前に進み出ると、ドラコを脇にやり、杖を剣のようにダンブルドアの顔に突きつけた。
彼の顔には激しい憎悪と嫌悪の情が浮かんでいた。
「セブルス・・何を・・」
ダンブルドアは今、初めて激しく動揺していた。
「アバダ、ケダブラ!!」
鋭い刃物のような光線がダンブルドアの心臓を貫いた。
ダンブルドアはその衝撃で激しく吹き飛ばされ、あっというまに城壁の
を飛び越えてまっさかさまに落ちていった。
はあまりの衝撃に、金縛り状態のまま、気を失っていた。
ハリーは喉から血が噴出すのではないのかと思うほど叫んでいた。
「逃げるぞ、ドラコ」
スネイプはまるで何事もなかったかのように、茫然自失としているマルフォイを引っ張って
駆け出した。
ハリーは世界が終わったかのような衝撃で、ぼんやりとスネイプと
マルフォイ、そしてデスイーターらが逃亡するのを見送っていた。
ふと、スネイプは屋上の暗い隅に置かれていたペガサスとバギーに目が留まり、
ドラコを先に助手席に放り込むと、自らも飛び乗り、馬を狂ったように鞭打ちして駆け出させた。
「逃がすか!」
ハリーはようやっと口が利けるようになって叫んだ。
彼は暗い隅から踊りだし、駆け出そうとする馬車に向かって、妨害呪文を放った。
ダンブルドアが殺されたことによって、呪文がとけたのだ。
妨害呪文は見事、バギーの車輪に命中し、
車輪の一つが砕け散った。
スネイプは慌てて鞭で馬の背をを叩いたが、馬は尻込みした。
その時だ。そのバリバリという衝撃音のせいで
一瞬、気を失っていたが目覚めた。
ハリーはとっくに、馬車に飛び移り、スネイプと取っ組み合いを始めていた。
彼女は一瞬、何のことだが状況がつかめなかったが、
目の前の取っ組み合いに全てを思い出すのに、時間がかからず
金切り声を上げ、両手をあげて突っ込んでいった。
ハリーはスネイプの首を絞めようとやっきになっており、も混戦に
応じて後ろからスネイプにつかみかかった。
マルフォイは二人の鬼のような形相に、どうすることもできずただただ三つ巴の
取っ組み合いを眺めていた。
だが、しかし、扉をぶち開けて逃げたはずの四人のデスイーターのうち、
一人がスネイプが来ないのに気づき、慌てて引き返してきた。
スネイプと激しい取っ組み合いをしていたハリーはそれに気づかない。
気づいたと時は遅かった。
後ろから狼男のグレイバックがハリーに飛びかかっていた。
ハリーはスネイプから引き離され、石の床に叩きつけられた。
一方、自由になったスネイプには手首を取られ、
折れるほど捻じ曲げられてしまい、手にした杖はあっけなくひったくられた。
「ドラコ、行くぞ!」
スネイプは彼の顔を引っかいて抵抗するをぶん殴って、気絶させ
助手席に放り込んだ。
それからスネイプは言うことを聞かない馬を激しく
鞭で叩いて駆け出させた。
「!!」
ハリーは狼男に馬乗りにされながら、むなしい叫び声をあげた。
「ドラコ、もし、おかしな真似をしたらただじゃすまんぞ」
スネイプは助手席をちらちら振り返って、気絶したままぴくりとも動かない
を気の毒そうに眺めやる生徒の姿を見て言った。
「これでホグワーツを脱出し、南に向かう」
スネイプは容赦なく馬の背を鞭で叩きながら言った。
しかし、その時だ。
城の屋上が爆薬によって、激しく吹き飛び、物凄い轟音がした。
漆黒の馬はその音に怯え、スネイプの静止を振り切って
ものすごい勢いで駆け下り始めた。
ドラコはスネイプにしがみつき、スネイプはコントロールを失い、もうどうにも収集がつかなくなった。
ペガサスは三人を殺すような勢いで、直下の禁じられた森まで暴走した。
それでも馬車はかろうじて原型をとどめたまま、大木の枝に引っかかり、
馬は鼻息もあらく自力で馬具を外し、鼻息荒く空のかなたへと姿を消した。
「早くここから出るのだ」
スネイプはぐらり、ぐらりと崩れかかる馬車からぼろぼろに
なって抜け出すと、地面に向けて杖を振った。
「お前が先に飛び降りろ!」
荒々しくドラコに命令すると、スネイプは壊れかかった
馬車の中からを救出し、抱きかかえた。
恐ろしい形相のスネイプに、ドラコは間髪いれずに
地面に出来た巨大な毛綿鴨のクッションめがけて飛び降りていた。
それから、自らもを抱きかかえたまま飛び降りて事なきをえた。
「ハーカー、ハーカー!」
スネイプはそれから、赤い痣がありありと残った顔でぴくりとも動かない
を揺さぶった。
「殴ってすまなかった・・起きてくれ・・」
スネイプは心底申し訳なさそうな顔で謝っていた。
蘇生呪文を唱えてみたものの、彼女は眉一つ動かさなかった。
「先生!火が!」
ドラコが禁じられた森の向こうで火の手が上がったのを確認して叫んだ。
「仕方ない、おぶっていくまでだ。ドラコ、奴らが追ってきたら手当たりしだいに殺してしまえ。情けは無用だ」
スネイプはドラコに手伝わせて、気絶しているの手を肩に回させると
持ち上げた。
「ハーカー・・こんな手荒なことはしたくなかった。闇の帝王の元へ素直についてきて欲しかった。」
きな臭い匂いの中を出来るだけ、走って逃げながら、スネイプは背中にかかる暖かい体温を感じて独白しはじめた。
「スリザリンにいれば、お前を危険な目に合わせはしなかった」
「母親の二の舞はしたくないのだ・・それが我輩のお前へのせめてもの償いだ」
「もうじき、全てが終わる。そうすればお前も全てを理解してくれるだろう」