あの人を思い出すのは今日のような粉雪がちらつく日だった。
輝くような銀髪を垂らし、二本の刀剣を携えた背丈の高い近寄りがたい雰囲気をかもしだす人を。
この半妖の私に衝撃的な言葉を放ち、ズタズタに心を切り裂いた人を。
「半妖など一族の恥さらしにすぎん」
そんな折、何でも願いをかなえてくれる四魂の玉の存在を知った。
完全な妖怪になり、再び殺生丸に振り向いてもらうために四魂の玉を
探しているのを奈落に嗅ぎつけられるまでそう時間はかからなかった。
「この険しい氷山に何の用です?半妖の者」
彼女は氷で作った矛を人間の若い城主の姿をした半妖の者に向けた。
「はじめまして姫様、お噂にたがわずお美しい方ですな・・何でもあなたは四魂の欠片を集めておられるとか。
この山に巣食う者が教えてくれました」
奈落は危険な目つきで自分をにらみつける彼女の機嫌を損ねぬよう、注意深く言葉を選んで話し始めた。
「またあの雑魚どもが喋ったのか・・お喋りめ。お情けでここに匿ってやってるというのに」
彼女は妖怪退治屋の追跡を逃れてきた妖怪が、このごろ自分に逆らうことばかりするので
ちっと舌打ちして忌々しそうに言った。
「そう怒らずとも、この奈落、今日はあなた様によい取引話を持って参上致しました」
「私の仕入れた情報によると、もうすぐここにかごめという巫女と犬夜叉という半妖の少年、
弥勒という法師が現れるでしょう。むろん、あなたが持っているその四魂の欠片の気配をかぎ付けてのことです。
犬夜叉は力ずくであなたから四魂の欠片を奪おうとするでしょう。何しろ
手のつけられない乱暴者でして。この奈落、あの者には何かと因縁が。
そこで頼みというのは、犬夜叉とその連れ、特に犬夜叉をあなた様の優れたお力でぜひとも始末して頂きたいのです。
そのお礼は私が今手元に持つこの四魂の欠片全てでいかがかでしょう?」
奈落はそう言い終わるや否や、懐から薄桃色に輝く四魂の玉のかなり大きな欠片を取り出して見せた。
「悪い取引ではないな」
かなり大きな欠片に目を奪われた姫はにんまりとした。
「いいでしょう、必ずや犬夜叉とその連れを手にかけて、その玉の欠片をもらいうけます」
「姫様は良い選択をなさいましたな」
奈落は相手がこちらの策に乗ってきたのでほくほくしていた。
「しかし、一つ気になることが・・本当にお前を信用していいのですね?どうも話が上手すぎる気がするようですが・・」
「もちろんでございます。あなた様には何一つ損のない取引・・この奈落は犬夜叉に恨みがあるだけでございます」
「それとこれをお持ちください。法師封じの物でございます。もっともあなた様のその魅力があれば
これは不要ですが、念には念をでございます。ここぞと言うときにお使い下され」
奈落は最後に毒虫の入った巣を差し出すと静かに立ち去った。
「だめだがや・・あんた達,、あの山に行くのは・・」
氷山直下の村では、四魂の玉を捜す巫女たちが通りすがりの老婆に足止めを食らわされていた。
「何故なの?おばあさん」
「あの氷山はしょっちゅう天候が悪くて、何人も遭難して死にかけとるし、何でも雪女が出るという噂だがや。
あの山に入った男どもが、神隠しにでもあったように消えちまった噂もあるさな」
「その雪女っつうのが、これまたこの世にまたとない美しいおなごじゃということだが、
おらぁ、まだ実際にあったことがないべ。会ったやつが羨まし・・いてて!」
老婆があの山に入って遭難したいという親不孝な息子の頬を思いっきり
つねって黙らせたので、それ以上詳しい情報を聞き出すことは出来なかったが
美しい女にめっぽう弱い弥勒は「是非、私が山の中に入って、その雪女が悪さを働かぬよう成敗してみせましょう」
と下心みえみえで宣言したので、かごめと犬夜叉と七宝はあきれ果ててこの不良法師を眺めるばかりだった。