奈落の城から脱出し、あれから何日も経ったというのに殺生丸は姫と
会話らしい会話をしていない。
ずっと不機嫌そうにむっつりと黙りこくったまま、森から森へと
歩いているのだった。
(どうしよう・・殺生丸様、やはり怒っているのかしら・・)
(だけど、私が御母堂様との不和の原因を作ったような気がするし・・
あの時はああするしかなかったのにね・・)
姫はちらと先頭を優雅に歩む殺生丸を見上げ、悲しそうにため息ひとつついた。
(まーったく、殺生丸様のなさることはこのごろますます理解しがたい。
半妖の娘と人間の小娘を助ける為にわざわざ危険をご承知の上で奈落の城に
乗り込むんだからもー・・それで、助けたら助けたでとは口もろくにお聞きにならない
のじゃからな〜ああ〜もう、やんなっちゃう!)
そんな彼女を糞忌々しそうににらみ付けるのは邪険だった。
「邪険、何ため息ついてるの?」
「え〜い、半妖のおまえさんにはわからん考え事じゃ!」
「へ〜、完全な妖怪ってそんなに偉いのね・・」
「わ、わ、やめんかい!お前さんがそんな目つきの時はろくなこと考えていないんじゃ!!」
「も〜邪険様、お姉さん、喧嘩しないで〜仲良くしようよ!」
(ああ、どいつもこいつもうるさい。邪険め、また余計な事を喋れば闘鬼神のさびにしてやる。覚悟しておけ。)
阿吽に乗ったりんと、その手綱をとる邪険、殺生丸のすぐ後ろを歩むがぎゃあぎゃあ言うの
を頭痛がする思いで聞いていた殺生丸は、忌々しそうにおおもとの原因を作った緑のしわくちゃ頭を
ぎろりと睨みつけて黙らせた。
(怖い目・・殺生丸様、そんなに私が憎い?)
(たくっ、半妖、半妖ってうるさいのよ、このちっちゃいのが)
邪険は阿吽の手綱を取り落としそうになるほど冷や汗をかき、姫は不機嫌そうにふんっと頭を反らした。
「殺生丸さま〜、りん、お腹が空いちゃった。何か食べ物を探しにいっていい?」
「あら本当。りんちゃんのお腹の音は正直ね〜」
姫はぐーっと鳴った連れの正直な音をおかしそうに言った。
「やかましいぞ、りん。こんな森にお前の食い物などあるものか。我慢せえ」
すかさず邪険が叱りの手を入れた。
「でも〜」
りんは不満そうにつぶやいた。
「でももへちまもあるか。ってあ〜、こりゃりん!」
せかせかと阿吽の背中を滑り落ちたりんは、あっという間に草を蹴散らして走り去ってしまった。
「邪険・・」
「放っておけ」
「は、はあ・・」
殺生丸の声がこころなしか優しくなったのは気のせいだろうか。
「お前は腹が空かんのか?何かしとめてきてはどうだ」
続いて彼は、りんの後をついていきたそうな顔をしている半妖の娘に声をかけた。
「あ、はい!」
パタパタと白絹の着物を翻してかけていく姫に、邪険は
「信じらんない!殺生丸様、甘やかせすぎじゃなかろうか」とひどく不満がっていたが。
「りんちゃん〜!うさぎか鳥か鹿でもしとめようと思うのだけれどどれがいい?」
「う〜ん、りんはお姉さんが捕ってきたものなら何でもいいよ!」
(なんていい子だ・・どこをどうやったら、あんな嫌味なちっちゃいのを殺生丸様が気に入っているのか理解できない!)
無邪気なりんにお花のような笑顔で頼まれ、すっかり気をよくした姫が
獣を探しにいこうと駆け出そうとしたときだった。
「キャーッ!!」
と絹を裂くような悲鳴があがり、きのこをみつけたりんの足下の地中から
子供の背丈ぐらいはある緑鬼の手がはいでてきた。
「おのれ、奈落、しょうこりもなく私の後をつけてきたか・・」
怒り狂った声と共に、冷気弾で分散した毒虫の一部が飛び上がるのが
駆けつけてきた殺生丸の目に映っていた。
「奈落め、つまらぬ土産を残したな・・、りんと下がっていろ」
闘鬼神をかちりと鳴らすと、殺生丸は、うるさい羽音を響かせて
再び緑鬼の手に結合した毒虫の集団をにらみつけた。