「なんやねん、こいつ一人だけ幸せそうに寝よって・・」

翼宿は今、機嫌が悪かった。

「ここまで俺がずーっと運んだんやぞ!あ〜もう疲れた、はよ寝たい〜!!」

背中におぶさった一人眠り続けるを尻目に、かなりお疲れが気味の彼は駄々をこね始めた。


「おい、軫宿!いったいいつになったらこいつ目ぇ覚ますんや?」

「まあまあ、翼宿・・あんたもまんざら嫌そうじゃなかったわよぉ」

「なんたって、ちゃん、女みたいに綺麗だもんね〜ちょっといろいろと想像してたんじゃないのぉ?

 こいつが女の子だったら、もっと良かったのにとかさぁ」

柳宿がにへらっと笑ってからかった。

「じゃっかましい!俺は女は嫌いなんや、それにをダシに変な想像すな!」

案の定、翼宿は真っ赤になって怒り出し、柳宿は「ほらぁ〜冗談いえるほど元気出てきたじゃない」

とさらに彼をからかうことに熱中し始めた。

「きっと、疲れがたまって倒れたんだよ。初めて助けてくれた時から、私が危ない時、いつも側にいて守ってくれたし」

その楽しい言い争いを聞いていた美朱は、両者をなだめるようにのフォローに回っていた。

「美朱・・それを言うと私の立場は・・」

星宿は、出番を一本に取られたことに苦笑いしていたが。




そしてしばらく歩き続け、山間の澄んだ清流近くに誰もいない水車小屋を見つけた朱雀七星士達は、

そこで睡眠を取る事にした。


「全く、えっらい長いこと寝てるで、人の苦労もしらんと。せやけど、こいつ・・戦ってる時は、ごっつい大人びた顔してんのに、なんや寝顔はあどけないなぁ」

「なんや毒気抜かれてしもたな・・」

雑魚寝している朱雀七星士達が寝静まったあとで、翼宿は布団にもぐりこみ、隣で寝息を立てる彼女をちょっと眺めていた。

「しっかし、こいつ、ほんまに男か?見れば見るほど女みたいに綺麗な顔してるやんか・・まあ、どっちかいえばあれやな・・星宿のたぐいやな」

翼宿はそこで、自分の中にむくむくと一つの疑問がわいてくるのを感じた。

「まあ今のうちにゆっくり休んどけや、なんやお前、ややこしい事情かかえてるさかいな」

彼はそこでふっと笑い、彼女の頭をくしゃっと撫でると、そのまま目を閉じて眠りにつきはじめた。


「あんた、さっきからうるさいのよっ!」

「なんやねん、うるさいな・・」

「なんで私はここに?というかここどこ?」

葉についた朝露がきらめく時、水車小屋で眠り続けていたと彼女の頭の上に手を乗っけて寝ていた翼宿は、柳宿が美朱に向かって枕を投げつ

ける音で目が覚めてしまった。






「なんやなんや・・お前、少華のとこでなんで混乱したか覚えとらんのか?」

「さぁ・・何で混乱したの自分でも全然覚えてないな・・なぜか軫宿の手を見ていたら急に暖かくなって眠気がおそってきて・・」


今、と翼宿は並んで歩き、あの時起こった不可解な出来事について喋っていた。


「ともかく翼宿、運んでくれてありがとう。けっこう重かった?」

はここで翼宿にくるりと向き直り、とっておきの笑顔で礼を言った。

「れ、礼なんかっ・・え、えーわい!お、お前、ほんま大丈夫やねんな?」

彼は突然のことにドギマギし、ぶっきらぼうに言った。

「ああ、もう大丈夫。皆、ずいぶん迷惑かけて悪かったな」

彼女がそう言うと、他の七星士達や美朱が、「気にするな」「ともかく目を覚ましてくれてよかった」

と暖かい声をかけてくれた。

「いーのよ、ちゃん。翼宿はすっごく運ぶの嬉しそうだったからぁ」

「え、ほんとに?」


「コラコラッ、そこひそひそしゃべんなや!」

柳宿がとっても嬉しそうにに耳打ちするのを、翼宿は真っ赤になってたしなめる中

七星士達は再び七人目の七星士を探して歩いていた。




やがて、小鳥が気持ち良さそうにさえずる森を抜けた一行は

鬼宿の故郷の村にたどり着いた。


鬼宿一家の厚意もあって、彼らはそこで食事と寝床をめぐんでもらうことにした。



夕闇があたりをすっかり支配するころ、たちはそれぞれ床につこうとしていた。


「美朱さん、柳宿、お休みなさい」

「じゃお休み皆」

「おう、しっかり休めや」


互いにお休みの挨拶を交わしてから、寝巻きに着替えた達は、粗末な木の三段ベッドの上にはい上がり、

うとうとと眠りに着き始めた。




一騒動が持ち上がったのは、皆おおかた寝静まってからだった。


美朱の不穏な動きを感じ取った星宿、翼宿、

それぞれ必死になって駆けつけてきた。


まず、星宿が森でコウモリに襲われていた美朱を見つけ、

剣を振り回して追っ払おうとしたが、コウモリは一度さっさと散っただけで

再び彼女に群がり始めた。


次に翼宿が「烈火神炎!」と鉄扇を取り出し

コウモリ目掛けて火炎放射をあびせたが、コウモリは灰になって燃えおちても

また周囲の木から下りてきて美朱を執拗に攻撃するのだった。


翼宿に引き続き、も宝剣を抜き、「流虎水」を放ったのだが、

やはり翼宿と同じく、大量の水流で追っ払っても追っ払っても、どこからともなく飛んできて

美朱を攻撃し続けるのだった。



「これやったら、なんぼやってもきりがないで!」

「うわっ、やめっ、痛いっ!」

!うわっ、くそっ、寄んなっ!」


もう一度技を放とうと鉄扇と宝剣を振り上げた、翼宿とを阻止するかのように

こうもりが襲ってきて、彼らの視界を遮った。




二人は苦痛にうめいて、彼らを襲い続けるこうもりから身を護ろうとうずくまった。美朱と星宿達も似たりよったりの状況だった。


「青龍七星士なのか?うっ、痛いっ!」

「これやったら動かれへんやんけ、うっ!」


こうもりは貪欲に彼らの腕や足にかみつき、血を吸い続けた。



そんな時、どこからともなくこうもりの不気味な羽音を破るかのように、澄んだ木笛の音が聞こえてきた。



その音を聞いたこうもり達は、錯乱状態に陥り、自らバタバタと近くの木々に激突していった。

「おい、、大丈夫かいな?」

「ああ、なんとか・・」

翼宿に腕をとられて、起こされたはおそるおそる立ち上がって辺りを見渡した。


「こいつ・・間違いない、青龍の者の手先だ」

ドサリと木の上から落ちた黒ずくめの大柄な男に、駆け寄ったは苦々しく言い放った。


その時、がさりと遠くの茂みをかきわけるような音がして、すらりとした青年が

木笛を片手にこちらにやってきた。



青年は美朱たちの姿を見ると安心したのか、急に力がぬけてくずおれた。

その腕には何と、朱雀七星士の証である赤い「張宿」の文字が浮き出ていた。



青年は自ら、自分が朱雀七星士で、お探しの張宿であることを名乗り、

そのまま気を失った。





夜が明け、七人目の七星士が見つかったたちは、名残惜しいながらも

鬼宿の村を出発し、懐かしい紅南国の宮殿に帰ることにした。


「お帰りなのだ!」

紅と金箔に彩られた紅南国の宮殿で迎えてくれたのは、宮殿で星宿に変身して

身代わりをつとめていた朱雀七星士、井宿だった。



その内々の晩餐の席では、再び、皇帝の座に戻った星宿のはからいで、慰労をねぎらう食事が振舞われた。

星宿の本当の身分を知らなかった軫宿、張宿、翼宿達は「どないしょ〜えらい口利いてもうた!」

とカチンコチンに固まっていたが、それも箸が進むにつれてなくなってきた。


は、星宿の高貴な顔立ち、国で最高級にあたる者の立ち居振る舞い、柳宿が恭しく様をつけて

呼ぶことから、うすうす皇族の出ではないかと見抜いていたので別段、驚きはしなかったが。


「このお酒、美味しいな!」

、お前、ちょっと飲みすぎなんちゃうんか?」


翼宿に突っつかれながら、次から次へと上品な味のぶどう酒を飲み干す

筆頭にに皆は、小型のテーブルぐらいの大きさの銀の盆に盛り付けられた普段絶対に味わえない、豪華絢爛な宮廷料理を

じっくりと味わっていた。


「我々が抱えている問題は鬼宿だけでないのだ。敵国に奪われた四神天地書も取り返さねばならん」

星宿が、皆の皿が半分に減るまで待ってから口を開いた。

「朱雀を呼び出す方法はあれに示されているのだ。向こうと直接争うことがないよう奪回するにはどうしたものか・・」

星宿はためいきをつきながら呟いた。

「私が倶東国に行って、鬼宿を迎えに行く!四神天地書のことは私に責任があるし・・」

この重い空気を打ち破ったのは朱雀の巫女その人だった。

「美朱・・何を申すのだ?」

彼は酷く驚いていた。

「私も反対だ。のこのこ乗り込んで、巫女にもしものことがあったらどうする?どんな酷い目に会わされるかわからないんだぞ!」

お酒で少し顔が赤くなったが、急に真顔になって進言した。


「お願い、、星宿、あなた達の気持ちはわかるけど――でも行かせて!」

「しかし――」

「美朱――」

星宿、の二人は巫女の熱心な思いに突き動かされて、言葉に詰まってしまった。


「おいらがついて行くのだ。ただし、今から向こうの鬼宿君とじっくりと段取りを相談するのだ」

そこで、朱雀七星士で最高の術師である穏やかな井宿が、この計画を提案したのだった。





満月が美しく輝くの宮殿内に、軽やかな少女の足音が聞こえる。


美朱だ。栗色の髪には黄色のリボンを結び、唇にはうすくリップを塗り、とっておきの

一張羅を着て回廊を駆けていた。


「あっ、美朱やで!」

翼宿が下の回廊を回ってきた彼女に気づいて言った。

「声をかけなくてもよい。やっと鬼宿に会えるのだ。二人だけにしてやろう」

おだやかな夜の宮殿内を翼宿とを伴って散策していた、皇帝はどこか寂しそうに微笑み、一人で角を曲がっていってしまった。

「普段は朱雀の巫女という役目に縛られてるけど、今は恋する普通の女の子か・・

 鬼宿はとても幸せだね。それに女の子は、誰かに恋している時が一番綺麗に見えるんだ」

は昔を思い返すように呟き、手すりに腰掛けて言った。

「お前、えっらい詳しいな・・俺には全然わからんわ」

「翼宿もきっと分かる時が来るよ」

はここで翼宿がどきりとするような笑みを浮かべて言った。

「そ、そんなもんかいな・・」

彼は急に真っ赤になり、それを隠す為につーんと横を向いて言った。

「と、ところで、お、お前、気ぃついたか?」「何を?」

翼宿が急に真面目な顔をして言うので、は身を乗り出して聞いた。

「皇帝はんと美朱と鬼宿の不可解な三角関係!」

彼はにやりとして、その場に響き渡るような馬鹿でかい声で秘密を教えた。

「おっと!」


殺気を感じて、はとっさにしゃがんだ。

強烈な怒りのパンチが頭上を飛び、それをもろに食らった翼宿が近くの壁にめりこんだ。


「デリカシーのない奴はほっといて参りましょ、星宿様」

そこにはパンパンと満足げに手を叩く藍色のお下げ髪の男性と、呆れ果ててたたずむ皇帝陛下その人がいた。

「柳宿、いいタイミングで毎回毎回どっからわくんだろ?」

一人恐怖に取り残されたは、二人が立ち去った方向をぼんやりと眺めていた。

「おのれは、また自分だけパンチを避けたやろ〜!!こらぁ〜、はよ助けんかい!」

翼宿の怒り声が、ひっそりと静まりかえった宮殿内にむなしく響いた。


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