はるか遠い昔、敵国から神座宝と想い人を護る為、命を落としたかのように
思われた白虎七星士、(・)はまだ生きていた。
あの時、彼女は敵を道連れにごおごおと逆巻く濁流に飛び込み、粉砕させた。
だが、命ともども敵を粉砕させることには成功したものの、その妖術の影響で彼女は永遠に消えることのない呪いを受け、
記憶の大半も破壊しつくされてしまった。
「婁宿、婁宿!」
彼女は最後まで護るべき白虎の巫女の名を呼ぶことなく、
一心に思いを寄せた同じ七星士の名を呼び続けながら、その姿を消したのだった。
あれから何年もの時が流れ、時代は紅南国と倶東国の朱雀、青龍の巫女をかけた戦へと流れていた。
は一人静かに馬をすすめ、異世界から来たという朱雀の巫女とその連れの朱雀七星士を探していた。
彼女は巫女に会い、この呪いと欠けた記憶を取り戻すことを朱雀に願うことを頼むつもりだった。
ある日、彼女は旅の空腹とお酒をもとめて、ふらりと一軒の定食屋に入った。
「酒とこの饅頭とこの鶏肉をくれ」
彼女は空いている粗末な机と椅子を並べただけの席にどっかと腰を下ろすと、定食屋の主人が
持ってきた深緑色のお品書きを見ててきぱきと食べたいものを注文した。
は女一人旅の為、黒の銀糸が刺繍してある男物の絹服をまとい、美しい濡れ羽色の黒髪
をひっつめにし、男装していた。
隣の席では「さあ・・食うぞ!」と大はしゃぎする異様な格好をした娘と
それをあきれて眺める藍色の髪の女性が同じく注文を待っていた。
酒をちびちびと舐め、彼女はやかましいなと思いながら
イライラと隣席の娘とその連れを眺めた。
(あの異界の服・・まさか!)
彼女は次の瞬間、はっとして、杯から手を離し、飲むのをやめた。
「ね〜え、あのカッコイイお客さん、さっきからずーっとあんたのこと見てるけど
もしかして、あんたに気があるのかな?」
薄桃色の絹服をまとった藍色の髪の女性が、さきほどからが
盃を手に持ったまま、ぼーっと連れの栗色の髪の娘を見ていることに
気づいてひそひそとしゃべった。
「えっ、まさかぁ――でもすごく綺麗な人だね・・」
栗色の髪をお団子に結んだ可愛らしい娘も、の端正な顔立ちにうっとりと見惚れていた。
「聞こえてますよ、そこのお綺麗な姉妹」
は思わずその様子に、旅の疲れも忘れてしまい、くすっと笑って
彼女達に向き直った。
「あらやだ、お客さん、あたしとこの子は姉妹じゃないのよ。
えー、でもそう見えます?それにあたしってそんなに綺麗かしら?」
藍色の髪のお下げ髪の女性は、でれでれと途端に表情を持ち崩し
そのはずみに振り上げた手が、真ん中から真っ二つに机を割ってしまった。
「さすが怪力女。あの机を一突きで・・いや、やはりあれは朱雀七星士の一人・・」
「あらら、やーねこの机、きっと根元からくさってたんだわ・・」
柳宿と呼ばれるその女性は、こわごわと机にひじを突きながら
こっちを見ていると「あんたがやったんでしょ!」とあきれたように
呟く朱雀の巫女を尻目に、おほほほと大げさに笑ってごまかしていた。