その頃、朱雀殿の建物の影では、先ほどから
熱心に青龍七星士の兄弟に秘密の伝言を送る張宿の姿があった。
あまりに彼がその作業に熱中していた為、背後から足音を忍ばせてやってきた
の姿にも気がつかないほどだった。
「張宿、何してるの?もうすぐ儀式始まるわよ」
「わぁ、びっくりした!な、なんですか、さん、急に
おばけみたいに出てこないで下さいよ、僕、驚いて死ぬかと――」
「皆が、儀式がもうすぐ始まるから、あなたを探して一緒に来るように頼まれてね」
の声は氷のように冷たかった。
「でも、やはり、天帝の鏡は嘘をつかなかった」
「お前が本当に張宿なら、今更、彼を指し示す文字が浮き出るはずがない」
「すでに張宿は見つかっているんだからね」
「お前、何者だ――青龍の手先か?向こうは昔から間者(スパイ)を使うのが好きだからね」
「人のいい朱雀七星士の目はごまかせても、人に厳しい白虎七星士の目はだませないよ」
「今すぐ青龍殿に帰って、あの金髪の将軍に伝えなさい。お前たちの企みはこの白虎七星士、が
見破ったと」
「それが嫌なら、青龍の連中を捨ててどこへでも逃げるなり、この場で命を絶つなりするがいいわ。もう二度と私達の目の前に現れる
ないでちょうだい!」
彼女は、裏切り者を今の今まで見抜けなかった耐え難い怒りに身を震わせていた。
「い、嫌だ、そんなこと今更、出来ない!!僕には出来ない理由があるんだ!!」
その静かな怒りに圧倒された張宿の目に、はじめて、怯えるような表情が浮かんだ。
「何ですって?」
が剣を鞘から抜いて、振り返ろうとしたその時、張宿の笛が青く光だし
強い音を発した。
「おっそいな〜儀式始まったとんのにまだ、あいつと張宿、まだこーへんで」
朱雀殿で儀式の炎がぱちぱちと勢いよく燃え盛る中、配置についた翼宿はそわそわと
落ちつかなそうに呟いた。
「遅れてすみません、あの――さんなんですが、僕と来る途中でちょっと具合が悪くなって
隅のほうで座って見物したいと言ってるのでよろしいですか?」
その時、朱雀廟の扉が滑るように開かれ、ぜいぜいと苦しそうに息をする彼女を
支えて張宿が現れた。
「!そなた――本当に大丈夫なのか?」
皇帝、星宿やそれを見たほかの朱雀七星士達が心配そうに彼女に駆け寄ろうとしたが、
分厚い群青色の緞帳が垂れ下がったところに控えていた右大臣に
「陛下、もう儀式は始まっております、儀式の円陣から動いてはなりません」
「彼女の世話はそこに控えている女官に任せればよいでしょう」
とたしなめられたので留まった。
黒ラシャの上衣にピンクのシフォンの服を中に着込んだ、はとてもしんどそうで、静かに頭を垂れて頷いたため、
側にいた親切な女官達は、素早く脇を空けて、が壁にもたれて楽な姿勢に
なれるよう取り計らってくれた。
「祈りを!」
皇帝の力強い一声で、円陣に並んだ朱雀七星士達は一気に気をたかめた。
「四宮の天と四方の地――」
朱雀の巫女がおごそかに儀式召還の呪文を読み上げ始めた。
「天より我が元に降り立ちたまえ!」
最後の呪文を唱え終わると、美朱はすっと息を吸い込んで嬉しそうに
音を立てて燃え盛る炎の中に四神天地書を放り込んだ。
紅のすりきれた巻物は、あっという間になめるような炎に燃えつくされてしまい、
皆、その様子を固唾をのんで見守った。
「何も起こらない、なぜ?」
「なんでだ、何も出てこないぞ!」
美朱はぼんやりと、鬼宿は怒ったように言った。
張宿の木笛がそこで儀式失敗を喜ぶかのように奏でられ始めた。
「張宿?うっ―頭が痛い!」
その耳障りな甲高い音を聞いた美朱はぴくりと頭に衝撃が走るのを感じて
うずくまった。
「頭が―」
「頭が割れる―」
「い、痛いのだ――」
その笛の音に、次々と朱雀七星士達は膝をついて、やわらかい群青色の絨毯の上にくずおれた。
「失敗したんだよ、あんたらは朱雀を呼び出すのにね――」
張宿が笛を吹くのをすっとやめて、勝ち誇ったように笑った。
「あんた達、人が良すぎるんだよ――張宿の刺青にもまんまと引っかかったしね。
だが、人を簡単に信用しない白虎七星士のはそこまで甘くなかった。彼女はどたんばで
僕の正体を見抜いた。だから、僕は余計なことをしゃべると困るので、彼女にある術をかけて動けなくした」
「しばらく起きないだろうがね」
すると、うずくまっている人影をぬって綺麗な水の気を帯びた
短剣がぐんぐんと物凄いスピードで縫って、張宿の背後目掛けて飛んできた。
「うっ!」
短剣は見事に張宿の左肩に突き刺さり、彼は目を大きく見開いたまま、
その場に膝をついてうずくまった。
「お前のへなちょこな術なんかに負けるものか――なんとか打ち破ったわ!」
はまだ脱力感が残る肩を抑えながら、立ち上がって叫んだ。
「今や、烈火神炎!!」
笛の音が断ち切られたその刹那、翼宿は割れる頭を抑えて
何とか扇を振りかざした。
しかし、狙いは外れ、張宿の右肩の衣をかすっただけだった。
炎でやぶけた衣からは、本当の彼の印「亢宿」の文字がくっきりと浮き出て光っていた。
「くそっ、青龍七星、亢宿としてこのまま引き下がれるか――全員、別懇の曲
を聞くがいい!」
窮地に陥った彼は、急いで木笛を口に当て、荒々しくもどこか物悲しげな曲を
吹き始めた。
彼の笛が青い光を帯び、間近で彼の笛の音を聞いてしまった
翼宿は鋭い悲鳴をあげて吹っ飛ばされた。
他の皆も甲高い悲鳴を上げてうずくまっていた。